そんなの、知らない 【夫人叢書①】

六菖十菊

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相対良知の果実

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転校した高校時代は友人はいなかった。
両親がいなくなり一人暮らしの侑梨は孤独だった。
人が怖かった。
何度か付き合いたいと告白されたこともあるが、
理解不能だった。
侑梨の何を見てそう思うのか。
親の愛さえ受けられなかった侑梨が
誰の愛を貰えるだろう。

風邪を引いて熱を出しても誰にも頼れなかった。
三者面談も一人。
お正月も一人。
両親がいる時からさほど変わりはない。
けれど、本当にいなくなった時の心の寂しさは
侑梨の想像以上だった。

高校生になっても侑梨は生理が来なかった。 
自分は病気だろうかと言う不安と、このまま死んでもいいと心のどこかで思っていた。
不安よりも虚無感と安心感が占めた。
だから高校2年の夏に生理が来た時は
微かな絶望を感じた。
自分が母親になる姿を想像できない。
死ぬまでに何度血を流すのか。
それ以上に自分の子どもを愛せる自信がない。
……自分が愛することも愛されることも想像さえ出来ないのだからそんな心配は杞憂だと思った。

──初恋の人は笑顔の優しいお兄さんだった。
櫂は──侑梨を女子高校生だと子供扱いした。
けれど侑梨がいたら幸せだと言ってくれた。
冗談の様に言われたのに何故か信じられた。
そうであればと心が願った。
その笑顔に恋をした。
だから彼から笑顔が消えた時、侑梨の初恋は終わった。
代わりに共犯者的な気持ちになった。
愛した人に置いていかれた人。
助けられなかった自分。
父が死んだ時、唯一侑梨が心を許せたのは彼だけだった。
彼と連絡が取れない状態になって自分の気持ちの疚しさに気づく。
結局自分は彼に心の傷を、寂しさを埋めて欲しいだけではないのだろうか。
──そんな自分を一層嫌いになった。

だから父の死んだ真相を知りたいと思った。
それ以外に侑梨にはすることが無い。
目標や夢のない侑梨に生きたい理由なんて皆無だった。
父の死の真相を知れば死んでいい理由を貰える気がした。彼は侑梨にとっての神の様に思えた。
ジーノは侑梨にとって唯一〈死んでいい理由〉を贖罪をくれる人だった。

──なのに──
櫂もジーノも侑梨を愛してくれた。
侑梨も愛してしまった。
子どもも授かったかもしれない。
……あんなに子どもを愛せる気がしなかったのに、
愛する人の子だと思うと愛しさが募る。
それなのにジーノは堕胎を勧める。
男の人にとってそんなモノなのだろうか?
櫂もジーノの子でも構わないと言ってくれたけれど、
不安でしかない。そもそもあの歪んだ提案を受け入れてくれそうもない。
侑梨のように親に愛されない子どもになって欲しくない。
──先月の生理は今までになく苦しかった。
夫人の看病に救われた。
ジーノに犯されて櫂にも会えなくて精神的にボロボロだった。
夫人が侑梨を玩具の人形の様に愉しんでいるのは分かっている。けれど、それでも救われたのは事実。

……独りで立たなければ、誰かに頼って生きようとするから寄り辺がなくなれば不安になる。
分かっているけれど、これまで独りで立ってきた。
その生に意味を見出せなかった。
愛した人から愛されなかった侑梨にとって
愛したジーノや櫂からの拒否は死刑宣告と同義だ。

ジーノが日本から離れたいのは侑梨の子どもを狙っていると言っていた。
本当にそんな事があるのだろうか?
櫂も夫人は危険だと感じていた。
私が思っている以上に夫人は恐ろしいのかもしれない。
けれど、だからといって日本を離れるのは恐怖でしかない。
櫂も……もう会えないかもしれない……。
ネットで検索すると妊娠検査薬の使用可能日は雛祭りを過ぎて数日経ってからだ。

『女の子よ』
夫人の言葉をデタラメと思えない。
もし、デタラメだったとしても〈いつか〉はいつか来る。
『子どもは堕した方がいい』
あの言葉が頭から離れない──
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