そんなの、知らない 【夫人叢書①】

六菖十菊

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相対良知の果実

132_櫂_

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侑梨と会うことをマウロに話すべきだろうか?
悩むまでもなく、これは俺と侑梨の問題だ。
侑梨の携帯に電話をかける。
電話に出たのはマウロだった。
予想してない状況に一瞬声が止まる。
「ごめん。この携帯は今は僕が持ってる」
申し訳なさそうに言うが不信感しかない。
何故侑梨から携帯を奪っている?
「侑梨に変わってくれ」
「答えは出たのかい?」
「ああ」
「──そう」
「彼女は今──とてもナイーブだ。答えを聞かせて貰えないか?」
侑梨から携帯を取り上げ、精神的にも支障をきたしているということか?何故だ?
「直接侑梨と話す」
無言がマウロの苦悩を表している。
「──君がどんな決断をしたのか分からないけれど、侑梨には君が必要だ」
──だが、お前も必要なんだろう?
「OK。君の指定した場所に彼女を連れて行くよ。2人で話してくれ」
内容が内容だ。プライベートが守られる場所がいい。
「では、俺のマンションに」
「OK」


その日の仕事を終わらせマンションで侑梨を待つ。
──思えば侑梨がマンションに来るのは初めてだ。
これが最初で最後だと思うと少し片付けたい気になるが行動に移せない。
ウイスキーを飲みながら待つ。
侑梨はどんな顔をして来るのだろうか?
泣きそうな、切なそうな表情だろうか。
……それでももう心は動かない。
あの条件は俺には絶対に無理だ。
チャイムが鳴る。
侑梨を泣かせたくはない。
淡々と話そう。


扉の前に立つ侑梨を見て拍子抜けした。
──なんというか──どこか冷めた雰囲気だ。
悪びれがないというか、どこか壁を感じる。
『彼女は今ナイーブだ』
……何があったんだ?
飲み物を勧めるが断られる。
ソファに横続きに座る。
淡々と言おうと思っていたのになんだか言い出しにくい。あんな条件を出した侑梨側に非があるはずなのに、
なんだか悪いことをしている気分だ。
「侑梨。本当に俺とマウロが欲しいのか?」
確認したかった。
嘘だと言って欲しかった。
「ええ」
伏せ目がちに答える。
「そうか」
暫しの沈黙が訪れたが切り出す。
「俺はその条件は無理だ」
「わかったわ」
席を立ち玄関に向かおうとする。
「侑梨!」
「私を捨てるのならもう用はないでしょう?」
冷めた目をする侑梨に違和感を覚える。
どうしたんだ?
「……マウロとなにかあったのか?」
一瞬、身体を強張らせたが何事もなかったかの様に
玄関へと向かおうとする。
「俺が捨てたんじゃない。侑梨が俺を捨てたんだ」
侑梨の足が止まった。
「──俺よりマウロを取った」
「そんなことないわ!貴方が私を捨てたのよ!」
「侑梨、選べ」
両手首を握る。
「苦しくても選ぶんだ。俺かマウロか。お前が選べ!」
何度も被りを振る。
「選ぶのは私じゃない‼︎」
侑梨が泣きながら叫ぶが何度も繰り返す。
「侑梨が選ぶんだ。今は苦しくても選ぶことに価値がある。自分の選択を誇れる人生を歩め!」
「私は選択した!恥も外聞も捨てて貴方とジーノが欲しいと!これは櫂にとって選択とは言えないの?」
「それなら侑梨の選択に賛同できない俺を、お前から捨ててくれ」
「──分からない!結果は一緒だわ。貴方は私の前から消える」
「一緒じゃない。マウロは残った奴じゃなく、お前が選んだ相手だと誇れる。今は分からなくても意味がある」
力無くヘタリ込む侑梨の腕を離せずにいる。
「……一緒だわ。貴方は私を捨てる。沙織さんもいる。きっとジーノも私を捨てるわ」
腹ただしいほど伝わらない。
こんなにも愛しているのに。
「侑梨の思うように愛せば俺の愛を信じるのか?」
「マウロは侑梨の願いを受け入れた。それでもヤツが信じられないのに?」
……そう。何故だ?
侑梨の自己肯定感が低いのは前からだが、今は更に
おかしい。愛を乞いつつ拒絶する。
「なぜ、マウロを信じられない?」
「……なぜ、俺を欲しいと願いながら拒絶する?」
「──怖いからよ」
「──何が怖い?」
「全てよ」
「具体的に」
「分からないわ……ただ漠然的に全てが怖い」
「俺が信じられない?」
「私より常識が大事なんでしょう?」
「……ならマウロは信じられるのか?」
言葉に詰まる。
何故だ?ヤツと何があったんだ?
は侑梨を愛してる」
「貴方も私を愛していると言ったけれど、最後は私以外の理由を選んだ……ジーノも信じられない」
マウロを激しく問い詰めたい。
何があったんだ⁈
こんな状態の侑梨をヤツには渡せない。
「ごめんなさい。最後まで困らせて」
侑梨が立ち上がろうとするが腕を離さない。
「櫂……離して」
「──私が貴方を捨てれば、貴方は楽になるのよね。
なら……これで終わりにしましょう。さよなら」
ダメだ。腕の力が抜けない。
「櫂、離して」
「俺だけでは倖せに出来ないのか?」
「もう……私自身分からないわ」
「マウロと何があった?」
「なにも」
「嘘だ」
少し前の侑梨なら、きっと俺が断ってもその傷を埋める為に更にマウロを愛した。けれど、今の侑梨は俺だけでなくマウロさえ信じていない。何故だ?
「……信じられないからよ」
「──何故?」
「櫂、やめて」
「マウロは侑梨を愛している」
「愛されてないわ」
「どうしてそう思う?」
「お願いだからやめて」
思い出したくないように傷ついた顔をする。
侑梨の手首を掴む指に涙が落ち濡れる。
「なぜ傷ついてる?」
「──堕ろせって」
震える声で言う侑梨の言葉が信じられなかった。
「子どもを堕ろせってジーノに言われたからよ……」


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