そんなの、知らない 【夫人叢書①】

六菖十菊

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相対良知の果実

133_櫂_

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「──子どもがいるのか?」
自然と腕の力を弱めていた。
「分からないわ。けれど夫人にそう言われたわ」
ここで夫人の名前が出たことに合点が行く。
理由は分からないが夫人が絡んでいる。
マウロが子どもを堕ろせと言った。
何があったんだ。
「ジーノは夫人が子どもを欲しがっているからイタリアに行こうって。……行きたくないと言ったら堕ろそうと言われたわ」
夫人の意図は分からないが、
マウロは夫人に勝てないと踏んだ。
「なぜイタリアに行きたくないんだ?」
「──何故、貴方も彼も私の不安を分かってくれないの?愛してると言ってくれても本当は征服させたいだけなの?征服させる為に彼は私を犯した。子どもを作ろうとした。そして今度は堕ろせ……って」
大粒の涙が溢れる。
堰をきった様に話す。
「貴方も私が全てだと言ったのに、手を離す。もし今、離さなくても彼との子どもがいる私なんて疎ましくなる。強欲で淫らな私より聡明で愛に溢れた沙織さんが欲しくなる」
「侑梨、沙織は尊敬しているし大切なパートナーだが
俺と沙織に男女の関係は無い」
「──その関係にも嫉妬している私なんて疎ましいでしょう?」
……どう言えば伝わる?
侑梨心の傷を埋めなければ血は流れ続け心が死んでしまう。
「──俺も行けばイタリアに行くのか?」
「ごめんなさい」
倒れ込む様に土下座をする様に項垂れる。
「貴方に自分を偽らせてイタリアに行っても恐怖しか感じない。今二人とイタリアに行っても私は恐怖しか感じない……夫人のところへ行くわ。私が頼れるのは夫人しかいない……」
全身が悪寒に晒される。
正気かと思う。
自分から悪魔に身を捧げるつもりなのか?
マウロの感情は理解できるが、夫人の思いや考えは理解できない。
夫人に侑梨を預けるのは、まるで畏れの対象に供物を捧げる様な気持ち悪さがある。
「侑梨‼︎俺とマウロを信じてくれ」
心の焦点が合わない。
どこかズレている。
「取り敢えず妊娠しているかもしれないのなら、部屋に戻ろう。ここは冷える」
「いいえ大丈夫よ。もう帰るわ」
「ダメだ返せない」
この状況で返せない。
「……私は貴方を捨てるのだから帰るのは道理だわ」
「──侑梨はマウロも捨てるのか?」
「貴方たちがそう思うならそれでいいわ」
「そして夫人に拾って貰おうとしている──けれど夫人は気紛れな人だ。夫人に捨てられたらどうするんだ?」
「その時は──」
何かを言いかけたが押し黙る。
だが俺には侑梨が修司さんを思い浮かべた気がした。
「──その時は櫂には迷惑かけないから安心して」
もう──限界だ。
その口から呪いの様な悲しい言葉を紡がせたく無い。
その澱みを全部吸い出せたらいいのに。
侑梨の唇を舌で開かせ喰むように唇を重ねる。
「やっ!」
抵抗する侑梨を無視する。
セックスで征服したマウロと精神的に征服した夫人。
侑梨は嫌だと言いながらも支配されたがっている。
愛と征服の違いが分からない。
マウロの征服欲が愛に変わっても違いが分からない。
……俺にも……違いが分からない。
「侑梨、お前をマウロにも夫人にも……修司さんにも絶対に渡さない」
『女は信じたい方を信じるのよ』
──俺の気持ちが征服欲か愛かは侑梨が決めればいい。
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