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第十章 レッドアラート!
第258話 ミスルからの亡命者
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――十月十六日。革命発生から七日目。
ブンゴ隊長たちは、ウーラの町から南へ延びる街道にいた。
ここはミスルのアマジク地方へ通じる街道で、国境を見張っているのだ。
ケッテンクラート三台、六輪自動車タイレル一台、人員二十名が張り込んでいた。
ミスル王都で革命が起こったとはいえ、ブンゴ隊長が担当している場所は、遠く離れている。
隣国で政変が起こったことに、隊員たちは、あまり実感がわかず、ノンビリとした雰囲気が漂っていた。
今は、昼食中である。
「隊長。何食ってるんですか?」
ブンゴ隊のベテラン隊員が、ブンゴ隊長に話しかけた。
ブンゴは、機嫌良く返事をする。
「ハチミツトーストッスよ!」
ブンゴは、蜂蜜がたっぷりかかったトーストを口に運んだ。
バターたっぷり、蜂蜜たっぷりのハチミツトーストは、アンジェロが考案し、レシピをブンゴに与えたのだ。
シメイ伯爵領で販売しているお弁当『オークの釜飯』が、名物として話題になった。
自分の所にも何か名物が欲しいと、ブンゴはアンジェロにねだったのである。
そこで、出てきたのが『ハチミツトースト』である。
ブンゴは、ハチミツトーストをウーラの町の名物にしようと頑張っているが、何せ蜂蜜が高価なため、あまり普及していない。
ベテラン隊員は、蜂蜜がしたたるトーストを美味そうに頬張るブンゴを見て、顔をしかめた。
「うへっ……それメチャクチャ甘いヤツですよね?」
「この甘さがイイんスよ!」
「いやあ~。俺は無理ですわ~」
ブンゴ隊は、ゆるゆると昼食時間を過ごしていた。
しかし、見張りの兵士が大声を上げる。
「敵影! 敵影!」
見張りの兵士は、ケッテンクラートの荷台に立ち、ミスル王国との国境線を指さす。
ブンゴたちは、昼食を切り上げて、すぐに戦闘態勢に入った。
「射撃準備!」
「盾持ち! 前へ出ろ!」
「オラ! 早くしろ!」
ブンゴ隊は、あっという間に迎撃態勢を整えた。
ブンゴは、国境線に目をこらす。
人影が見える。
人数はそれほど多くない。
十数人程度だろう。
(何か様子がおかしいッス……)
ブンゴは違和感を覚えた。
敵兵にしては、歩くスピードが遅いし、隊列を組まずバラバラすぎる。
「待つッス! あれは……敵じゃないッス!」
近づいてくる人影は、ミスルから脱出した人々だった。
先頭の男性たちは、鎧を身につけ、剣や槍で武装しているが、後に続く女子供はミスルの民族服を着ているだけだった。
全員の顔や服が、土埃で汚れていた。
一団は、ブンゴたちの前にたどり着くと力尽きたのか、倒れるように座り込んだ。
「水ッス! 食料も配るッス! 怪我人にはポーションッス!」
ブンゴ隊は、大慌てでミスル人の一団を介護した。
水を飲ませ、温かいスープを配り、パンを食べさせる。
すると、それまで顔色の悪かった人々に血色が戻った。
一団のリーダーらしき男性が立ち上がり、ブンゴに挨拶を始めた。
「お助けいただき大変感謝いたします。私は、ミスル王国のベルイブセン男爵です」
「ブンゴッス! あ、騎士爵ッス!」
ベルイブセン男爵は、四十代後半、黒髪で口元にヒゲを生やしている。
手の爪の間は血が乾きドス黒く汚れ、鎧のあちこちに新しい傷がついていた。
激しい戦闘をくぐり抜けてきたのだと、ブンゴは察した。
ベルイブセン男爵は、自分たちの身の上を話した。
自分たちは王都から脱出してきた貴族と家族で、途中何度か貴族狩りにあった。
戦闘になり、何とか切り抜けて逃げてきた……と。
「最初は、王都の北へ逃れたのですが街道が封鎖されておりました」
「ああ、それでぐるっと迂回して、こっちへ来たッスか?」
「ええ。最近、アマジク地方で、グンマー連合王国と交易が盛んになっていると聞いておりましたので、ひょっとしたら思いまして……。しかし、途中で脱落者も出ました。戦闘で死亡した者も……」
「それは、大変だったッスね!」
ブンゴは、改めて一団の身なりを見て納得した。
貴族なのに服が汚れ、あまり身なりがよろしくないのは、厳しい逃避行だったからだと理解した。
キャランフィールドから、『ミスル王国で政変が起きた!』と連絡が来た時、それはブンゴたちにとって、どこか他人事で、現実感がわかなかった。
だが、目の前でこうして必死に逃げてきた人々を見ると、嫌でも現実だと思い知らされる。
「ブンゴ騎士爵。領主殿に、お取り次ぎ願いたい」
「領主は王様ッス。アンジェロ陛下ッス」
「では、代官殿は?」
「私ッス! ウーラの町の代官ッス!」
「私たちは、貴国に亡命を希望いたします!」
「ぼ……亡命……ッスか?」
「いかにも!」
ブンゴは、どうして良いかわからず途方に暮れた。
どう考えても、自分の手に余る事態だ。
だが、この人たちを放り出すわけには行かない。
ケッテンクラートと六輪自動車タイレルに分乗させて、ウーラの町へ連れ帰ることにした。
ブンゴの乗るケッテンクラートには、四人のミスル人が同乗した。
その中に、二人の子供がいた。
二人の子供は、ケッテンクラートが走り出しても、はしゃぐことなく静かにしている。
ブンゴは二人の子供に話しかけた。
「元気ないッスね? どうしたッスか?」
兄らしき男の子が、グッと歯を食いしばった。
「……」
やがて、妹らしき女の子が、寂しそうにポツリとつぶやいた。
「お父さんとお母さんが、死んじゃったの……」
「あっ……ッス……」
ブンゴは、自分の迂闊さを呪った。
自分が得ていた情報から判断すれば、親を失った子供がいてもおかしくない状況だ。
だが、気が回らず余計な質問をしてしまった。
それも子供相手に。
耐えがたい沈黙が続いた。
ケッテンクラートのキャタピラ音だけが、荒れ地に響いた。
運転をするベテラン隊員は、グッと口を真一文字に結んで、真っ直ぐ前を見て運転することしか出来なかった。
ブンゴは腰にぶら下げたマジックバッグから、作り置きのハチミツトーストを取り出した。
「これ、食べるッス!」
二人は、無言でハチミツトーストを受け取ると、機械的に口に運んだ。
甘い蜂蜜と芳醇なバターの香り。
ハチミツトーストを口にした二人の子供は、一口目に驚きを、二口目からは、その甘さに笑顔と涙がこぼれた。
子供なりに気を張っていただろう。
その緊張の糸が切れたのだ。
女の子は、泣き出した。
「ふえええ! 美味しいよお! お母さん! お母さん!」
男の子は、目に涙をためながら歯を食いしばり、女の子に怒鳴った。
「泣くな!」
「おかあさーん! おかあさーん! おかあさーん!」
「泣くなってば!」
ブンゴは、無言で二人の子供の背中をさすり泣き止むまであやした。
運転をするベテラン隊員は、グッと口元に力を入れて、ほんの少しアクセルを開けスピードを上げた。
――ケッテンクラートは、ひたすら荒れ地を走った。
ブンゴ隊長たちは、ウーラの町から南へ延びる街道にいた。
ここはミスルのアマジク地方へ通じる街道で、国境を見張っているのだ。
ケッテンクラート三台、六輪自動車タイレル一台、人員二十名が張り込んでいた。
ミスル王都で革命が起こったとはいえ、ブンゴ隊長が担当している場所は、遠く離れている。
隣国で政変が起こったことに、隊員たちは、あまり実感がわかず、ノンビリとした雰囲気が漂っていた。
今は、昼食中である。
「隊長。何食ってるんですか?」
ブンゴ隊のベテラン隊員が、ブンゴ隊長に話しかけた。
ブンゴは、機嫌良く返事をする。
「ハチミツトーストッスよ!」
ブンゴは、蜂蜜がたっぷりかかったトーストを口に運んだ。
バターたっぷり、蜂蜜たっぷりのハチミツトーストは、アンジェロが考案し、レシピをブンゴに与えたのだ。
シメイ伯爵領で販売しているお弁当『オークの釜飯』が、名物として話題になった。
自分の所にも何か名物が欲しいと、ブンゴはアンジェロにねだったのである。
そこで、出てきたのが『ハチミツトースト』である。
ブンゴは、ハチミツトーストをウーラの町の名物にしようと頑張っているが、何せ蜂蜜が高価なため、あまり普及していない。
ベテラン隊員は、蜂蜜がしたたるトーストを美味そうに頬張るブンゴを見て、顔をしかめた。
「うへっ……それメチャクチャ甘いヤツですよね?」
「この甘さがイイんスよ!」
「いやあ~。俺は無理ですわ~」
ブンゴ隊は、ゆるゆると昼食時間を過ごしていた。
しかし、見張りの兵士が大声を上げる。
「敵影! 敵影!」
見張りの兵士は、ケッテンクラートの荷台に立ち、ミスル王国との国境線を指さす。
ブンゴたちは、昼食を切り上げて、すぐに戦闘態勢に入った。
「射撃準備!」
「盾持ち! 前へ出ろ!」
「オラ! 早くしろ!」
ブンゴ隊は、あっという間に迎撃態勢を整えた。
ブンゴは、国境線に目をこらす。
人影が見える。
人数はそれほど多くない。
十数人程度だろう。
(何か様子がおかしいッス……)
ブンゴは違和感を覚えた。
敵兵にしては、歩くスピードが遅いし、隊列を組まずバラバラすぎる。
「待つッス! あれは……敵じゃないッス!」
近づいてくる人影は、ミスルから脱出した人々だった。
先頭の男性たちは、鎧を身につけ、剣や槍で武装しているが、後に続く女子供はミスルの民族服を着ているだけだった。
全員の顔や服が、土埃で汚れていた。
一団は、ブンゴたちの前にたどり着くと力尽きたのか、倒れるように座り込んだ。
「水ッス! 食料も配るッス! 怪我人にはポーションッス!」
ブンゴ隊は、大慌てでミスル人の一団を介護した。
水を飲ませ、温かいスープを配り、パンを食べさせる。
すると、それまで顔色の悪かった人々に血色が戻った。
一団のリーダーらしき男性が立ち上がり、ブンゴに挨拶を始めた。
「お助けいただき大変感謝いたします。私は、ミスル王国のベルイブセン男爵です」
「ブンゴッス! あ、騎士爵ッス!」
ベルイブセン男爵は、四十代後半、黒髪で口元にヒゲを生やしている。
手の爪の間は血が乾きドス黒く汚れ、鎧のあちこちに新しい傷がついていた。
激しい戦闘をくぐり抜けてきたのだと、ブンゴは察した。
ベルイブセン男爵は、自分たちの身の上を話した。
自分たちは王都から脱出してきた貴族と家族で、途中何度か貴族狩りにあった。
戦闘になり、何とか切り抜けて逃げてきた……と。
「最初は、王都の北へ逃れたのですが街道が封鎖されておりました」
「ああ、それでぐるっと迂回して、こっちへ来たッスか?」
「ええ。最近、アマジク地方で、グンマー連合王国と交易が盛んになっていると聞いておりましたので、ひょっとしたら思いまして……。しかし、途中で脱落者も出ました。戦闘で死亡した者も……」
「それは、大変だったッスね!」
ブンゴは、改めて一団の身なりを見て納得した。
貴族なのに服が汚れ、あまり身なりがよろしくないのは、厳しい逃避行だったからだと理解した。
キャランフィールドから、『ミスル王国で政変が起きた!』と連絡が来た時、それはブンゴたちにとって、どこか他人事で、現実感がわかなかった。
だが、目の前でこうして必死に逃げてきた人々を見ると、嫌でも現実だと思い知らされる。
「ブンゴ騎士爵。領主殿に、お取り次ぎ願いたい」
「領主は王様ッス。アンジェロ陛下ッス」
「では、代官殿は?」
「私ッス! ウーラの町の代官ッス!」
「私たちは、貴国に亡命を希望いたします!」
「ぼ……亡命……ッスか?」
「いかにも!」
ブンゴは、どうして良いかわからず途方に暮れた。
どう考えても、自分の手に余る事態だ。
だが、この人たちを放り出すわけには行かない。
ケッテンクラートと六輪自動車タイレルに分乗させて、ウーラの町へ連れ帰ることにした。
ブンゴの乗るケッテンクラートには、四人のミスル人が同乗した。
その中に、二人の子供がいた。
二人の子供は、ケッテンクラートが走り出しても、はしゃぐことなく静かにしている。
ブンゴは二人の子供に話しかけた。
「元気ないッスね? どうしたッスか?」
兄らしき男の子が、グッと歯を食いしばった。
「……」
やがて、妹らしき女の子が、寂しそうにポツリとつぶやいた。
「お父さんとお母さんが、死んじゃったの……」
「あっ……ッス……」
ブンゴは、自分の迂闊さを呪った。
自分が得ていた情報から判断すれば、親を失った子供がいてもおかしくない状況だ。
だが、気が回らず余計な質問をしてしまった。
それも子供相手に。
耐えがたい沈黙が続いた。
ケッテンクラートのキャタピラ音だけが、荒れ地に響いた。
運転をするベテラン隊員は、グッと口を真一文字に結んで、真っ直ぐ前を見て運転することしか出来なかった。
ブンゴは腰にぶら下げたマジックバッグから、作り置きのハチミツトーストを取り出した。
「これ、食べるッス!」
二人は、無言でハチミツトーストを受け取ると、機械的に口に運んだ。
甘い蜂蜜と芳醇なバターの香り。
ハチミツトーストを口にした二人の子供は、一口目に驚きを、二口目からは、その甘さに笑顔と涙がこぼれた。
子供なりに気を張っていただろう。
その緊張の糸が切れたのだ。
女の子は、泣き出した。
「ふえええ! 美味しいよお! お母さん! お母さん!」
男の子は、目に涙をためながら歯を食いしばり、女の子に怒鳴った。
「泣くな!」
「おかあさーん! おかあさーん! おかあさーん!」
「泣くなってば!」
ブンゴは、無言で二人の子供の背中をさすり泣き止むまであやした。
運転をするベテラン隊員は、グッと口元に力を入れて、ほんの少しアクセルを開けスピードを上げた。
――ケッテンクラートは、ひたすら荒れ地を走った。
応援ありがとうございます!
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