上 下
258 / 358
第十章 レッドアラート!

第258話 ミスルからの亡命者

しおりを挟む
 ――十月十六日。革命発生から七日目。

 ブンゴ隊長たちは、ウーラの町から南へ延びる街道にいた。
 ここはミスルのアマジク地方へ通じる街道で、国境を見張っているのだ。

 ケッテンクラート三台、六輪自動車タイレル一台、人員二十名が張り込んでいた。

 ミスル王都で革命が起こったとはいえ、ブンゴ隊長が担当している場所は、遠く離れている。

 隣国で政変が起こったことに、隊員たちは、あまり実感がわかず、ノンビリとした雰囲気が漂っていた。

 今は、昼食中である。

「隊長。何食ってるんですか?」

 ブンゴ隊のベテラン隊員が、ブンゴ隊長に話しかけた。
 ブンゴは、機嫌良く返事をする。

「ハチミツトーストッスよ!」

 ブンゴは、蜂蜜がたっぷりかかったトーストを口に運んだ。
 バターたっぷり、蜂蜜たっぷりのハチミツトーストは、アンジェロが考案し、レシピをブンゴに与えたのだ。

 シメイ伯爵領で販売しているお弁当『オークの釜飯』が、名物として話題になった。
 自分の所にも何か名物が欲しいと、ブンゴはアンジェロにねだったのである。

 そこで、出てきたのが『ハチミツトースト』である。

 ブンゴは、ハチミツトーストをウーラの町の名物にしようと頑張っているが、何せ蜂蜜が高価なため、あまり普及していない。

 ベテラン隊員は、蜂蜜がしたたるトーストを美味そうに頬張るブンゴを見て、顔をしかめた。

「うへっ……それメチャクチャ甘いヤツですよね?」

「この甘さがイイんスよ!」

「いやあ~。俺は無理ですわ~」

 ブンゴ隊は、ゆるゆると昼食時間を過ごしていた。

 しかし、見張りの兵士が大声を上げる。

「敵影! 敵影!」

 見張りの兵士は、ケッテンクラートの荷台に立ち、ミスル王国との国境線を指さす。
 ブンゴたちは、昼食を切り上げて、すぐに戦闘態勢に入った。

「射撃準備!」
「盾持ち! 前へ出ろ!」
「オラ! 早くしろ!」

 ブンゴ隊は、あっという間に迎撃態勢を整えた。

 ブンゴは、国境線に目をこらす。
 人影が見える。
 人数はそれほど多くない。
 十数人程度だろう。

(何か様子がおかしいッス……)

 ブンゴは違和感を覚えた。
 敵兵にしては、歩くスピードが遅いし、隊列を組まずバラバラすぎる。

「待つッス! あれは……敵じゃないッス!」

 近づいてくる人影は、ミスルから脱出した人々だった。
 先頭の男性たちは、鎧を身につけ、剣や槍で武装しているが、後に続く女子供はミスルの民族服を着ているだけだった。

 全員の顔や服が、土埃で汚れていた。

 一団は、ブンゴたちの前にたどり着くと力尽きたのか、倒れるように座り込んだ。

「水ッス! 食料も配るッス! 怪我人にはポーションッス!」

 ブンゴ隊は、大慌てでミスル人の一団を介護した。

 水を飲ませ、温かいスープを配り、パンを食べさせる。
 すると、それまで顔色の悪かった人々に血色が戻った。

 一団のリーダーらしき男性が立ち上がり、ブンゴに挨拶を始めた。

「お助けいただき大変感謝いたします。私は、ミスル王国のベルイブセン男爵です」

「ブンゴッス! あ、騎士爵ッス!」

 ベルイブセン男爵は、四十代後半、黒髪で口元にヒゲを生やしている。
 手の爪の間は血が乾きドス黒く汚れ、鎧のあちこちに新しい傷がついていた。

 激しい戦闘をくぐり抜けてきたのだと、ブンゴは察した。

 ベルイブセン男爵は、自分たちの身の上を話した。

 自分たちは王都から脱出してきた貴族と家族で、途中何度か貴族狩りにあった。
 戦闘になり、何とか切り抜けて逃げてきた……と。

「最初は、王都の北へ逃れたのですが街道が封鎖されておりました」

「ああ、それでぐるっと迂回して、こっちへ来たッスか?」

「ええ。最近、アマジク地方で、グンマー連合王国と交易が盛んになっていると聞いておりましたので、ひょっとしたら思いまして……。しかし、途中で脱落者も出ました。戦闘で死亡した者も……」

「それは、大変だったッスね!」

 ブンゴは、改めて一団の身なりを見て納得した。
 貴族なのに服が汚れ、あまり身なりがよろしくないのは、厳しい逃避行だったからだと理解した。

 キャランフィールドから、『ミスル王国で政変が起きた!』と連絡が来た時、それはブンゴたちにとって、どこか他人事で、現実感がわかなかった。

 だが、目の前でこうして必死に逃げてきた人々を見ると、嫌でも現実だと思い知らされる。

「ブンゴ騎士爵。領主殿に、お取り次ぎ願いたい」

「領主は王様ッス。アンジェロ陛下ッス」

「では、代官殿は?」

「私ッス! ウーラの町の代官ッス!」

「私たちは、貴国に亡命を希望いたします!」

「ぼ……亡命……ッスか?」

「いかにも!」

 ブンゴは、どうして良いかわからず途方に暮れた。
 どう考えても、自分の手に余る事態だ。
 だが、この人たちを放り出すわけには行かない。

 ケッテンクラートと六輪自動車タイレルに分乗させて、ウーラの町へ連れ帰ることにした。

 ブンゴの乗るケッテンクラートには、四人のミスル人が同乗した。
 その中に、二人の子供がいた。

 二人の子供は、ケッテンクラートが走り出しても、はしゃぐことなく静かにしている。
 ブンゴは二人の子供に話しかけた。

「元気ないッスね? どうしたッスか?」

 兄らしき男の子が、グッと歯を食いしばった。

「……」

 やがて、妹らしき女の子が、寂しそうにポツリとつぶやいた。

「お父さんとお母さんが、死んじゃったの……」

「あっ……ッス……」

 ブンゴは、自分の迂闊さを呪った。

 自分が得ていた情報から判断すれば、親を失った子供がいてもおかしくない状況だ。
 だが、気が回らず余計な質問をしてしまった。
 それも子供相手に。

 耐えがたい沈黙が続いた。
 ケッテンクラートのキャタピラ音だけが、荒れ地に響いた。

 運転をするベテラン隊員は、グッと口を真一文字に結んで、真っ直ぐ前を見て運転することしか出来なかった。

 ブンゴは腰にぶら下げたマジックバッグから、作り置きのハチミツトーストを取り出した。

「これ、食べるッス!」

 二人は、無言でハチミツトーストを受け取ると、機械的に口に運んだ。
 甘い蜂蜜と芳醇なバターの香り。

 ハチミツトーストを口にした二人の子供は、一口目に驚きを、二口目からは、その甘さに笑顔と涙がこぼれた。

 子供なりに気を張っていただろう。
 その緊張の糸が切れたのだ。

 女の子は、泣き出した。

「ふえええ! 美味しいよお! お母さん! お母さん!」

 男の子は、目に涙をためながら歯を食いしばり、女の子に怒鳴った。

「泣くな!」

「おかあさーん! おかあさーん! おかあさーん!」

「泣くなってば!」

 ブンゴは、無言で二人の子供の背中をさすり泣き止むまであやした。

 運転をするベテラン隊員は、グッと口元に力を入れて、ほんの少しアクセルを開けスピードを上げた。

 ――ケッテンクラートは、ひたすら荒れ地を走った。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

おかしくなったのは、彼女が我が家にやってきてからでした。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,256pt お気に入り:3,851

最初に私を蔑ろにしたのは殿下の方でしょう?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,741pt お気に入り:1,958

堅物監察官は、転生聖女に振り回される。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:142pt お気に入り:147

ロリコンな俺の記憶

大衆娯楽 / 連載中 24h.ポイント:3,436pt お気に入り:15

片思いの相手に偽装彼女を頼まれまして

恋愛 / 完結 24h.ポイント:3,940pt お気に入り:19

運命の番を見つけることがわかっている婚約者に尽くした結果

恋愛 / 完結 24h.ポイント:15,529pt お気に入り:261

私、のんびり暮らしたいんです!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:35pt お気に入り:2,253

異世界の路地裏で育った僕、商会を設立して幸せを届けます

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:78pt お気に入り:3,036

冷徹執事は、つれない侍女を溺愛し続ける。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:213pt お気に入り:177

処理中です...