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第三章 もういちどあなたと
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ソニアの顔が真っ赤に染まっていく。
握っていた果実をむく手も止まったまま動かなくなった。
きゅっと口元を結ぶソニア。
タイラーは少し腰をかがめて、彼女の顔を覗き込んだ。
「なにを、突然……、今、ここで……」
たどたどしい声音が震えている。
恥じらうソニアを見つめて、目を細める。
タイラーはもう一度息を吸う。甘い吐息で彼女にささやく。
「好きだ。どうか、俺と、つきあってほしい」
初めて告白した。相手に言葉で伝えた。
ソニアが思う以上に恥ずかしがってくれたからかもしれない。心音は極めて涼やかだった。
ソニアが目線を斜めに落とす。髪一束はらりと流れ落ちた。握る果実に力がこもる。くしゅっと表面が割れて果汁が飛ぶ。浮き上がる雫が指先を濡らした。
その濡れた指先が癖で髪へとのびようとした。
タイラーはそっとクレアの手首に指先を這わす。彼女の無意識に動く手がとまった。
手首に触れた指先をもって、代わりに彼女の髪を紅色する耳へとかけてあげた。
ソニアの両目がキュッと閉じられる。
髪を後ろへ流してあげると、露になった首筋がのぞく。人肌は朱に染まっていた。
ちゃんと言葉で伝える。大事なことだと肚に染みる。
アンリにもちゃんと言ってあげればよかった。
『好きだ、愛している、つきあってほしい』
彼女から申し出たとしても、伝えられるチャンスはあったはずだ。過去は変えられない。後悔は先に立たない。
ちゃんと真面目に想っている……ソニアには、伝わってほしいとタイラーは切に願う。
ゆっくりと目を開けたソニアが、おずおずとタイラーの顔を見つめてくる。
「どうして……、今さら……」
「言わないと、伝わらない。伝えないと、後悔する。それだけかな……」
「後悔……、あるの」
ぽつりとつぶやくソニアに、タイラーは苦笑いする。
「さっき、坂を登りながら気づいたんだ。ソニアは亡くなった恋人の話は嫌かい」
ソニアは頭を左右に振る。
「……嫌じゃないよ」
震える声が返ってきた。瞳がうっすらと潤んでいる。
「俺は、アンリにちゃんと伝えていなかった。彼女を好きで、想っていて、愛しているって。言葉で伝えていなかった。プロポーズする以前の問題だった」
俺はソニアが手にしている果実を彼女の指先を開き、ポロリと手のひらに落とした。それをテーブルの上に直に置く。
「俺は、俺が思うよりずっと子どもだったんだなと歩きながら、痛感した」
ソニアの手を撫でる。嫌な男からされたら、ゾウムシが這うように気持ち悪いことらしい。
「気持ち悪いかい」
静かに問うと、ふるふると頭を振った。
「よかった」
彼女の手に残る果汁を指の腹でぬぐい、舐める。
「ちゃんと伝えないといけないと思った。
ソニアは、俺より若い。俺がちゃんとしてないと君が不安になるだろう。
現に、君は僕に他に恋人がいるのではないかと疑っていたようだったし。
アンリの時のように相手任せにしてはいけないと思ったんだ。
ソニアは年下の女の子だ。
そもそもアンリにだって、そうしていればよかったんだけど、俺がまだ幼かったんだよ。
ソニアにはちゃんとしたい。そう坂を登りながら、思った」
「タイラーが、大人に見える」
「えっ? 俺、大人じゃないのか、ソニアから見たら。おっさんだろ」
「そうなんだけど、あの……」
「そっか……。果物をむいてなんてお願いしていたら、そりゃあ子どもみたいだよな」
「あっ、まあ……そういう、わけじゃ……」
「いいよ。いいよ。男なんて、女から見たら、いつまでも子どもみたいなもんだ」
「ごめん、そういうことじゃ……本当に……」
「いいよ。ねえ、それより、返事……くれる」
ソニアが、照れくさそうにタイラーを見つめる。
「タイラーがね。誠実な人だと分かったの」
「そう?」
「誰かをそれだけ大切にしていた人なら、きっと、私も、大切にしてくれるかなって……思った」
「うん、大切にする」
「これからも、大切にしてほしい、なっ……」
タイラーは椅子の際まで寄った。足を前に投げ出し、ソニアの手を握ったまま、彼女の太ももの上に置いた。ソニアが少し前へ身体を傾けてくる。足にのせていた果実が転げ落ちて行く。
二人はかまわず、互いだけを意識していた。
頬を彼女のこめかみに寄せた。ソニアの背がすっと伸びる。頬に触れる箇所が、こめかみから耳へとうつる。耳朶に口元を寄せ、さわさわと柔らかいスカイブルーの髪の香りを吸い込んだ。
麗しい、という単語が浮かび、解けた。
互いの頬をすり合わせ、ぬくもりが欲しくなった。手を離し、脇をすくいあげるように腕を彼女の背に回す。
彼女の手は肩に添えられ、背へと撫でるようにおりてくる。
力を込めれば、容易にソニアを抱き寄せられた。
その時、タイラーは気づいていなかった。
ソニアの膝を転げ落ちた果実が、ぽてぽてと転がって行った先に、人影が近寄っていたことを。
人の気配を感じるより、タイラーは目の前のソニアでいっぱいになっていた。
人影は、足元へ寄ってきた果実をひょいと持ち上げて、手の内で転がしてから口を開く。
「ソニア、タイラー。いったい、ここで、なにをしているのかな」
呆れるような静かな声が響き、反響する。
途端に、タイラーは我に返る。
声の主を察して、ソニアからがばっと身を離した。
振り向けば、立っていた。
転がった果実を握りしめ、複雑な表情を浮かべるシーザーが!
握っていた果実をむく手も止まったまま動かなくなった。
きゅっと口元を結ぶソニア。
タイラーは少し腰をかがめて、彼女の顔を覗き込んだ。
「なにを、突然……、今、ここで……」
たどたどしい声音が震えている。
恥じらうソニアを見つめて、目を細める。
タイラーはもう一度息を吸う。甘い吐息で彼女にささやく。
「好きだ。どうか、俺と、つきあってほしい」
初めて告白した。相手に言葉で伝えた。
ソニアが思う以上に恥ずかしがってくれたからかもしれない。心音は極めて涼やかだった。
ソニアが目線を斜めに落とす。髪一束はらりと流れ落ちた。握る果実に力がこもる。くしゅっと表面が割れて果汁が飛ぶ。浮き上がる雫が指先を濡らした。
その濡れた指先が癖で髪へとのびようとした。
タイラーはそっとクレアの手首に指先を這わす。彼女の無意識に動く手がとまった。
手首に触れた指先をもって、代わりに彼女の髪を紅色する耳へとかけてあげた。
ソニアの両目がキュッと閉じられる。
髪を後ろへ流してあげると、露になった首筋がのぞく。人肌は朱に染まっていた。
ちゃんと言葉で伝える。大事なことだと肚に染みる。
アンリにもちゃんと言ってあげればよかった。
『好きだ、愛している、つきあってほしい』
彼女から申し出たとしても、伝えられるチャンスはあったはずだ。過去は変えられない。後悔は先に立たない。
ちゃんと真面目に想っている……ソニアには、伝わってほしいとタイラーは切に願う。
ゆっくりと目を開けたソニアが、おずおずとタイラーの顔を見つめてくる。
「どうして……、今さら……」
「言わないと、伝わらない。伝えないと、後悔する。それだけかな……」
「後悔……、あるの」
ぽつりとつぶやくソニアに、タイラーは苦笑いする。
「さっき、坂を登りながら気づいたんだ。ソニアは亡くなった恋人の話は嫌かい」
ソニアは頭を左右に振る。
「……嫌じゃないよ」
震える声が返ってきた。瞳がうっすらと潤んでいる。
「俺は、アンリにちゃんと伝えていなかった。彼女を好きで、想っていて、愛しているって。言葉で伝えていなかった。プロポーズする以前の問題だった」
俺はソニアが手にしている果実を彼女の指先を開き、ポロリと手のひらに落とした。それをテーブルの上に直に置く。
「俺は、俺が思うよりずっと子どもだったんだなと歩きながら、痛感した」
ソニアの手を撫でる。嫌な男からされたら、ゾウムシが這うように気持ち悪いことらしい。
「気持ち悪いかい」
静かに問うと、ふるふると頭を振った。
「よかった」
彼女の手に残る果汁を指の腹でぬぐい、舐める。
「ちゃんと伝えないといけないと思った。
ソニアは、俺より若い。俺がちゃんとしてないと君が不安になるだろう。
現に、君は僕に他に恋人がいるのではないかと疑っていたようだったし。
アンリの時のように相手任せにしてはいけないと思ったんだ。
ソニアは年下の女の子だ。
そもそもアンリにだって、そうしていればよかったんだけど、俺がまだ幼かったんだよ。
ソニアにはちゃんとしたい。そう坂を登りながら、思った」
「タイラーが、大人に見える」
「えっ? 俺、大人じゃないのか、ソニアから見たら。おっさんだろ」
「そうなんだけど、あの……」
「そっか……。果物をむいてなんてお願いしていたら、そりゃあ子どもみたいだよな」
「あっ、まあ……そういう、わけじゃ……」
「いいよ。いいよ。男なんて、女から見たら、いつまでも子どもみたいなもんだ」
「ごめん、そういうことじゃ……本当に……」
「いいよ。ねえ、それより、返事……くれる」
ソニアが、照れくさそうにタイラーを見つめる。
「タイラーがね。誠実な人だと分かったの」
「そう?」
「誰かをそれだけ大切にしていた人なら、きっと、私も、大切にしてくれるかなって……思った」
「うん、大切にする」
「これからも、大切にしてほしい、なっ……」
タイラーは椅子の際まで寄った。足を前に投げ出し、ソニアの手を握ったまま、彼女の太ももの上に置いた。ソニアが少し前へ身体を傾けてくる。足にのせていた果実が転げ落ちて行く。
二人はかまわず、互いだけを意識していた。
頬を彼女のこめかみに寄せた。ソニアの背がすっと伸びる。頬に触れる箇所が、こめかみから耳へとうつる。耳朶に口元を寄せ、さわさわと柔らかいスカイブルーの髪の香りを吸い込んだ。
麗しい、という単語が浮かび、解けた。
互いの頬をすり合わせ、ぬくもりが欲しくなった。手を離し、脇をすくいあげるように腕を彼女の背に回す。
彼女の手は肩に添えられ、背へと撫でるようにおりてくる。
力を込めれば、容易にソニアを抱き寄せられた。
その時、タイラーは気づいていなかった。
ソニアの膝を転げ落ちた果実が、ぽてぽてと転がって行った先に、人影が近寄っていたことを。
人の気配を感じるより、タイラーは目の前のソニアでいっぱいになっていた。
人影は、足元へ寄ってきた果実をひょいと持ち上げて、手の内で転がしてから口を開く。
「ソニア、タイラー。いったい、ここで、なにをしているのかな」
呆れるような静かな声が響き、反響する。
途端に、タイラーは我に返る。
声の主を察して、ソニアからがばっと身を離した。
振り向けば、立っていた。
転がった果実を握りしめ、複雑な表情を浮かべるシーザーが!
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