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第十章 勝利者

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マーギラは語る。

『王太子としての地位を捨てたマーギラわたしは、伯爵領へむかう道中、弟に毒を盛られたと気づきました。王位継承権第一位の私は常に毒殺される可能性もあったので毒の知識がありました。
死の間際に、この毒は何の毒か、ひらめいたものの、後の祭り。
死は免れませんでした。

次の生へと意識が移るまでの間、私は多くのものを見ました。

それは、未来、過去、現在。時間と空間は一緒くたにわたしの意識に突風のように吹き荒れました。
すべてがそこに凝縮され、無数に分岐した過去と未来を同時に体験したのです。膨大な情報量でした。
自意識が溶け込み、私は我を失うかと思いました。

この体験は……、そうですね、未来から来た如月悠真の言葉を借りるなら、臨死体験、とでも称せるものではないでしょうか』

とうとうと語るマーギラ。
俺は黙って耳を傾ける。
彼は俺で、俺は彼。

彼が語る言葉が、まるで手に取るように俺はよく理解できた。

『最期を迎える直前の私の望みは、妻と幸せに生きること。そのために王位さえも捨てたのです。
この価値観。
あなたにもなじみやすいものでしょう。
如月 悠真。
今のあなたが求めてやまない価値観と同じものだ。
妻と子と穏やかに生きれれば満足。
私の本質は如月悠真そのものなのですよ』

―― 未来が分かったのなら、その価値観を求めて動き出せばいいじゃないか。一旦、死を選ぶ必要なんてどこにある!

薄々分かっていながら問う俺に、マーギラは首を横に振った。

『私がわたしのままでは、非業の死は回避できない。私の望みは叶わない。そう定められていたのです。

生まれ変わった私は、愛する人が一人で子を産み、一人で育てる苦労を目の当たりにしました。
子どもの私には何もできなかった。
かつての妻、今は母である、たった一人の女性さえ助けることができない無力さに、腹が立ちました。
感情ばかり先走り、何もできないことにいら立ち、そして、彼女を目の前で失った。
あの時は、まるで、私が母であり妻である女性を見殺しにしたかのような気分でした』

目を伏せたマーギラが自嘲する。

『私には、元から幸せな人生の記憶がない。どうしても、恨みや怒りに引っ張られてしまいやすいのです。

隠し切れない恨みは私に野心をもたらします。
なにせ、この肉体は正統なる王位継承の流れを持っているのですから。

隠し切れない野心は公爵によって勘付かれ、公爵の手先であるゾーラに殺され、摘み取られます。
人を呪う者はやはり呪われた人生しか望めないのですよ、如月 悠真。

歴史の表層は変わらない。大局に大きな変化をもたらすことはできない。私たちはちっぽけな存在だ。

できることは、足掻き、求め、欲したうえで、歴史の奥に潜む、一人間としての人生をどう生きるかということだけ』

―― なぜだ。すべてを知っているなら、それは正しい道を歩けるということだろう。答えを知っているなら、間違えないように生きられるものじゃないか。

問えば、マーギラのどう答えるか瞬時に分かる。それほどまでに俺と彼は繋がっている。
親切なマーギラは当たり前に答えた。

『ふふっ、それほどのまでに私の恨みが大きかったのですよ。

弟が必要以上に私を警戒したように。
私は必要以上に弟を恨んでしまったのです。それは、おしとどめることができない感情となり、私を飲み込み、私を悪魔に変えてしまう。

私が私のままであれば、八方ふさがりなのです。
 
ですが、そんな私にも唯一道がありました。
転生最中、見せつけられた無数の未来のなかで、たった一つ、生きる道が。

それがあなたになること。
如月 悠真。
私は、生き残るために、あなたになる必要があったのです。

その人生を通して、理想の人生像を具体的に体感し、実感を持って幸福とはなにか、を知る必要があったのです。

その人生体験こそが、唯一無二の私を幸福な生へと導く北極星になるのです。
恨みや呪いではたどり着けない未来へ、幸福な人生経験だけが私を導いてくれるのです。

どうせ未来で死ぬ運命なら、それを覆すために、死を代償に転生を果たすのも悪くないでしょう。

この肉体は、スピア国直系の血を引き、魂もまた正当な王家のものだ。
二十四家、秘密結社、スピア国、王家。
私を害す者たちを欺き、私は私の望みを叶えるために、死を選んだのです。

時空を超え、幸福な王位簒奪者になるために!!」






失っていた意識を取り戻した時、部屋の中央にあった陣は消えていた。

マーギラの記憶が俺と統合され、事情はすべて理解できた。

十八歳のあの日、遅効性の服毒自殺を試み、意識が遠のくギリギリで、解毒薬を飲む。
この方法も、マーギラからオーウェンに生まれ変わる間に見出した。

この時代には無かった解毒薬を生み出したのも、この小部屋に陣とオーウェンの肉体が揃い、出生の秘密を知るという鍵をもって、記憶の扉が開くように仕掛けることも、すべてだ。

俺はオーウェンであり、如月悠真であり、マーギラ・スピアでもある。

俺は求めるすべてを得るために起き上がった。

前を向き、歩き出す。振り返る余地はない。
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