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第5話

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「フィンセント様!」



「ん?」



「あの、私ーーー‥‥」



 本当のことを言おうと、一度深呼吸して言葉を発しようとした時ーー・・



「お嬢様。」



「っひゃあ!!!!」



 急に後ろから声をかけられて、びっくりして肩が跳ねた。



「‥‥突然、申し訳ございません。」



「い、いいの。気にしないで、大丈夫。どうかしたの?」



 ヘンリーが心配そうに声をかけてくれた。



「はい‥‥王太子殿下の帰りの馬車が到着しましたので‥‥お呼びに。」



「そっか。もう帰る時間か。残念。」



『お楽しみは次回かな。』



 全然、残念そうじゃなく、むしろ勝ち誇ったような顔で口角が上がっている。



(お楽しみって!!)



 私の決意を馬鹿にするような”声”にムッとしてしまう。



(だめだ、これじゃあ、相手の思う壺だもの。)



「フィンセント様。」



「なんだ?」



 フィンセントは心底楽しそうに、今まで見た事ない笑顔を向けてきた。



「‥‥私の気持ちは変わりませんので。先ほどの話、どうか考えておいてください。」



「‥‥‥‥あぁ。分かった。考えるだけは、する。」



『本当に、考えるだけ‥‥な。』



「‥‥っ。」



「またな、”リリアーナ”」



 私は何も答えず、その場でフィンセントが居なくなるまで頭を下げた。

 その後、来てくれたユーリと一緒に自室に戻り、ソファーで寛ぐ。





 ・

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 ソファーに座って、ボーッと天井を見る。

 前世の住んでいたアパートと違って、豪華なシャンデリアや模様が書いてある。

 その模様を目で追いながら考えた。



(あの王子、腹黒ドSってことは知ってたけど、結構重症ね。性格悪すぎ。新しいおもちゃ見つけて楽しそうにしちゃって。16歳のくせに。私の8個も下のくせに!!絶対、思い通りに遊ばせてなんかやらないんだから。‥‥確かに?メインの攻略対象なだけあって、顔はめちゃくちゃかっこよかった。だけどさ、性格が歪みすぎじゃない??好きでもない、寧ろ嫌いな女で遊ぼうとするとか、どんだけ悪趣味なのよ。)



 沸々と怒りがこみ上げて来て、無意識に下唇を噛んでいた。



 すると、扉のそばで控えていたヘンリーが徐に近づいて来て、片膝を付く。



 思ったよりも近い影に気づいて、ヘンリーの方を見ると、ヘンリーはソッと、無意識に噛み締めていた唇をなぞって辛そうに悲しそうに眉を寄せていた。



「‥‥ヘンリー?」



「申し訳ありません、あまりにもきつく噛みしめるので‥‥傷が‥‥出来てしまうかと‥‥。」



「あぁ‥‥ごめんなさい、ありがとう。」



『お嬢様‥‥何をそんなに悩んでいるのか‥‥いや、悩むのは当たり前か。この世界に来て、たったの数日しか経っていないんだから。まだ、混乱しているのかもしれない。いや、それよりも、あのクソ王太子に何か言われたのかもしれない。』



 いつもとは違う、真面目な優しい”声”が聞こえて来て、本当にこの人は”リリアーナ”が好きなんだなってほっこりした。



(でも、中身は違うのはいいのかな?俺のリリアーナを返せよ!とか、ならないのかな?)



 フィンセントのことは忘れて、変にジッとヘンリーの顔を見て考えてしまった。



『っ!!お嬢様が俺のことを見つめていらっしゃる‥‥!なんという眼福。神様、有難うございます。』



「ヘンリー、少し、聞きたいのだけれど‥‥」



「なんでしょうか?」



 相変わらず顔色は一つも変えずにすぐに返答が来る。

 これ、考えてること丸わかりだよって伝えたら、どうなるのかな?



 そんな意地悪が頭をよぎるが、そこはしないでおこう、と結論づけた。



「あのね、あなたは、”リリアーナ”が大好きじゃない?」



「‥‥はい。」



「その”リリアーナ”がもうこの世界にいないのに、それは平気なの?私のことが憎いとか、体を返せとか、思わないの?」



「‥‥その様なことは決して思いません。」



『少なくとも俺は、”リリアーナ”様の顔が好きなだけだからなぁ。人間性とか性格とかは別にして考えてた。』



「あ、そうなんだ。」



(顔か‥‥。芸能人の熱烈なファンみたいなものか。それでここまでめちゃくちゃ溺愛できるのも凄いな。でも、それもリリアーナは分かってたんだろうな。顔だけだったって。この世界には、リリアーナ自身を好きな人っているのかな?もしもいないなら‥‥それはとても寂しかっただろうな‥‥。)



 なんだか、しんみりと考え込んでしまった。



 強制異世界転移をさせられたけど、こんなに味方のいない環境はとてもキツイと思う。

 リリアーナが心の声を聞けたのかは、分からないけれど、もしも聞けていたのなら頭がおかしくなっても仕方ないのかも。



(いや、私巻き込むのおかしいけど!世界を変えたいって気持ちは、少しだけ分かるかもしれない。)



 ・

 ・

 ・



 その日の夕食時、一人で食堂で食べていると、前触れなく、ガチャリと扉が開いたと思ったら、颯爽と兄のアーノルドが入って来て、私を見て足を止めた。



「‥‥あぁ、居たのか。」



『‥‥また絡まれたらめんどくさいな。夕食は後でにするか。』



(まぁ、案の定、嫌われてるわよね。)



「お、お兄様、わたし、もう食べ終わったのでごゆっくりとお食べになってください。」



 内心、初めて会った兄妹に淡い期待をしていたが、やはり、嫌われている様だったので早々に退散することにする。



「‥‥そうか。」



 少しだけ意外だったのか一瞬、驚いた顔をしつつ、私の言葉に納得し、食事が用意されている席に優雅に座った。



「‥‥では、お先に失礼いたします。」



 軽く口元を拭いて、俯きがちに席を立った。



『‥‥なんだ?いつもの様にキャンキャン煩くされると思ったが‥‥やはり、倒れたというのは本当だったのか?』



(‥‥倒れたことさえも、嘘だと思ってたのね。だから、誰も会いに来なかったのか。)



 本当に、この世界にはリリアーナを好いている人はいないのだろう。

 少しだけまた、胸がチクっと痛くなった。



 食堂を出て、自室に戻る時、不意に月が目に入って来た。

 導かれる様に、中庭に出る。

 昼間の暑さよりも幾分か過ごしやすくなった東屋へ足を向けた。



「お嬢様、こちらを。」



 いつの間に持って来たのか、ヘンリーは薄手のストールを手渡して来た。



「‥‥ありがとう。」



 それを受け取って、東屋のベンチに座って空を見上げた。



(いま、私の体はどうなってるのかな。やっぱり、リリアーナが入ってるのかな。それとも、あっちは入るの失敗して私、死んじゃってるのかな。)



 連絡する手段なんか無い。



 青の満月になるのは150年も先。



 もう、私はこの嫌われた世界で、嫌われた人たちとどうにかこうにかやっていかなきゃなんだよね‥‥。



「‥‥ずっと、寂しかったね。リリアーナ。」



 体を乗っ取られたと言っても過言では無い相手でも、この状況はさすがに同情する。



「少しでも、そっちで楽しんでくれてたらいいな。それに、出来れば私の代わりに、親孝行もしてもらいたいな。麻奈にも、いいお姉ちゃんでいてほしいな。‥‥って、聞こえてるわけないか。‥‥はぁ。」



 膝の上の手を見つめていると、ポタ‥‥と雫が落ちた。



「あれ、ハハ。なんで泣いてんだ?」



 一度落ちると止め処なく落ちてくる。

 こんな日は、いつもお母さんと電話したり、テレビ電話したりしていた。

 友達は多い方ではなかったが、親友と言える友達もいた。



 親友とも、二度と会えないんだ‥‥。



 由香里の結婚式、見に行きたかった‥‥。

 祝辞、やりたかったなぁ‥‥。

 乾杯でもいいけど。



 とにかく、ちゃんとお祝いしたかった‥‥。



「‥‥っ。ふ。う‥‥。うぅ。ぐす‥‥」



 これが、ホームシックってやつなんだろうか。

 例え、地球上にいたなら、電話できるのに。世界が違うとか、どーゆーことよ。どうやって連絡しろってのよ。私の大切な人達に、なんでお別れさえさしてくれないのよ‥‥。



 悔しくて、寂しくて、一人がとてつもなく怖く感じて。



 ストールを頭から被って声を殺して泣いた。
















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