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第4話 同時刻~別室~ 父・モアメッド視点

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「ねえ貴方、よかったわね。アリスの初恋の人が、公爵様で」

 今頃あの子は、どんな話をしているのだろうか? じっくりと空白を埋めるといい――。
 ファズエルス様がいらっしゃられた時の、アリスの弾けるような満面の笑み。その姿を思い出しながら、テーブルでコーヒーを飲んでいた時だった。対面に座っていたエルナが、上機嫌で盛大に頬を緩ませた。

「二人は相思相愛で、結婚は確定的っ。雲の上の存在、筆頭公爵家と強い関係を結べるのよっ! こんなにも嬉しいことはないわっ!」
「……エルナ。そういう喜び方はやめなさい」

 我々は、貴族。わたし達がそうであったように打算政略結婚は当たり前で、パイプ作りは非常に重要なことだ。
 しかしながら今は、そこを喜ぶ時ではない。今現在は、我が子の成就を喜ぶべき時なのだ。

「あら。ちゃんと、あの子の幸せも喜んでいるわよ。その上で、そちらを喜んでいるのよ」
「……そのようには見えないが、まあいい。…………覚悟はしていたが――。いざその時が近づくと、引き留めたくなるものだな」

 結婚は確実に行われ、そうなるとあの子はファズエルス公爵家に嫁ぐ。この屋敷を去ってしまう。
 無論会おうとすればいつでも会えるのだが、ずっと傍にいた子がいなくなる。それはやはり、寂しいものなのだ。

「あなた!? まさか反対するつもりではないわよね!? せっかくのチャンスをぼうにふ――」
「反対はせんよ。反対など、するはずがない。あの子はこの日のために、必死になって頑張ってきたのだからな」

 家の評判。相手の評判。それらを考え、どこにも迷惑がかかぬよう、我武者羅に知識を蓄えた。業界内外で『新鋭』として一目置かれる程の、優れた次期会頭となったのだ。
 父親の我が儘で、その努力を無になどできはしない。

「そう。それを聞けて、安心したわ」
「……エルナ。お前は最近、ますます――今日はおめでたい日だ、やめておこう。穏やかな気持ちで、あの子を見守って――」
「旦那様!! 大至急お伝えしたい事がございます!!」

 鼻から大きく息を抜いていたら、家令ルイが酷く慌ててやって来た。

「……ただ事ではないようだな。何があったのだ?」
「そ、それが……。だ、旦那様……。し、信じられないことが、起きておりまして……」

 常に冷静沈着な『友』が、ここまで狼狽するワケ。それは、この上なく得心するものだった。


「『アリス様と10年前、エプリスヒの森で交わした約束を果たしに参りました』。と仰られる方が、いらっしゃったのでございます!!」

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