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第1話 生贄 ミシュリーヌ視点

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「……サンドラ殿、すまぬ……」
「サンドラ様、申し訳ございません……」
「「「「「……申し訳ございません……」」」」」
「「「「「申し訳ございません……」」」」」

 この国の中心にある『リーザリッタの森』の、中央にある大きな祭壇。その周りでは殿下や妃殿下を始めとした、様々な方がわたしに頭を下げてくださっていました。

「「「「「国のために……。申し訳ございません……」」」」」
「「「「「我々のために……。申し訳ございません……」」」」」

 そんな皆様のお顔と声音に含まれる感情は、感謝が4割くらいと罪悪感が6割ほど。
 自分が代わりにと名乗り出たいけれど、王族は性質上生贄にはなれないし、その他の方々は生贄になるのはどうしても怖くて動き出せない。そんな思いから、このような比率になっていました。

「「「「「サンドラ様……。もうしわけ、ございません……」」」」」
「「「「「申し訳、ございません……」」」」」
「殿下、妃殿下、皆様も、お気になさらないでください。誰だって死ぬのは怖いですし、なにより、わたしはランダムな抽選によって選ばれたのです。誰かを怨むなどの暗い感情は、一切抱いてはおりませんよ」

 正直に言うと、死ぬのは怖い。死にたくない。もっと生きて、色んなことを経験したい。死ぬことを考えると、涙が出てくる。手足はまるで、氷のように冷たくなっている。気を抜くとすぐに声も身体も震え始めるほどで、今すぐこの場から逃げ出したくなります。
 でもそうしたらローナが殺されてしまうし、たとえ上手くローナと一緒に逃げられたとしても、誰かがわたしの変わりに生贄を務めないといけなくなってしまう。
 誰かが犠牲にならないといけないのだから、それならわたしが引き受けないといけない。平等な条件で選ばれたのなら全うするべきで、その尻拭いは家族がするべきなのです。

「わたし一人の命で国が守れるなら安いものです。それに生贄になった者は英雄視され、その名は語り継がれていきます。歴史に名を残せるのですから、悪くはありませんね」

 少しでもこの場の空気が軽くなればと微笑み、そうしていると午後6時ちょうどになりました。竜神様に生贄を差し出す時間となったため、わたしはひとりで祭壇に上がります。
 ここにある大きな魔法陣に載ると、竜神様のもとへと――この国から災いを取り除いてくださる存在がいる世界へと、転移するそうです。

「「「「「…………」」」」」
「「「「「…………」」」」」

 わたしは皆さんの視線を受けながら階段を上って、念のため皆さんに見えるように笑みを浮かべたあと、魔法陣の上に立ち――

「ぁ」

 ――立つと同時にわたしの身体は七色の光に包まれ、その直後に視界が暗転。同時に不思議な浮遊感がやって来て、そんな奇妙な時間が5秒ほど続いた頃でしょうか。
 パッと視界が回復して…………気が付くとわたしは、豪奢な空間――王城内にある『王の間』に酷似した場所に、立っていたのでした。

((……ここが、竜神様がいらっしゃる世界。そして、わたし――っっ))

 背後で、誰かが動く気配がしました。
 わたしは竜神様の生贄として、この場所を訪れました。ということは後ろにいらっしゃるのは、竜神様です……。

 これから死ぬんだ。どうやって殺されるの? 食べられてしまうの? 死ぬときは痛くない? 苦しまずに死ねるの? 死になら一瞬で死んでしまいたい。

 そんな思いが一瞬のうちに湧き出てきて、わたしは身体を震わせながら恐る恐る振り向きます。すると正面には大きな玉座があって、その前には真っ赤な髪を腰まで伸ばしたツリ目の男性が立っていました。

((こちらの方が……。竜神、様……))

 一見すると、人間と変わらない。『性格がきつそうな人』という印象を感じる、目付きが鋭い20代半ばの美しい男性に見えます。
 でも、人ではない。そこにいらっしゃるのは、人知を超えた、存在……。

「お、お、お……。おは、おは、おは……。お、おはつ、おは、つに……」

 死を目前にしていることと、神様と呼ばれる存在の御前であること。それらによって、口がまったく回らなくなってしまい――

「ぇ……?」

 ――著しく混乱してしまっていたわたしは、おもわず唖然となってしまうのでした。
 なぜ、ならば……。


「君が、今代の『贄』か。大丈夫だ、安心してくれていい。こちらに君の命を奪う意思はないのだからな」


 竜神様が、目の前までいらっしゃって……。鋭い目を、優しく細めてくださったのですから……。
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