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プロローグ 兄アーサー視点

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「父上、母上。ただいま戻りました――? どうしたのですか? そんなにも暗い顔をして?」

 今日は家督継承に関する修行の一環として、単独で公務を行う日。そのため与えられていた仕事を済ませて戻ると、屋敷の中には暗く重い雰囲気が漂っていた。
 普段は明るい、父と母。他貴族からはよく『明るいオーラが放たれている』とお褒めの言葉をいただく、レイザリア子爵邸。それらが今は正反対の空気を醸し出していて、2人はまるでホラーハウスのような場所で、無言で立っていたのだ。

「「………………」」
「出発前まではいつも通りだったのに、俺が居ない間に何があったのですか……? それに、マノンはどうしたのです?」

 純粋。清廉潔白。そんな言葉が誰よりも似合う、最愛の妹。マノンはいつも真っ先に出迎えくれるのに、いつまで経っても来てくれない。
 こんなことは、初めてだ。

「……今は…………午後7時過ぎ。今日は平日だから、マノンはとっくに帰ってきていますよね? 父上母上、事情の説明をお願い致します」

 あの子は2か月前に、通っている学院でのクラスメイト――セガデリズ侯爵家の嫡男ロビン様と婚約し、休日は婚約者と過ごすため帰りは午後7時ごろになっていた。だが学院がある日は放課後一緒に過ごすことはなく、毎日午後5時には戻ってきているのに。
 一体、どうなっているんだ?

「…………アーサー……。わたしはな……。今日ほど、自分が情けないと思ったことはないよ……」
「…………わたくしもよ……。ロビン様に…………あの子にあんなことをされて、なにもできないだなんて……。親失格だわ……」

 3度目の質問でようやく2人は反応をし、そうして不穏な言葉を揃って口にしたのだった。

 あの子、それはマノンのこと。
 いつもは必ず笑顔で出迎えてくれるマノンが、未だに現れない。
 ロビン様に、あんなことをされて。

 それはつまり、マノンとロビン様の間に何かがあったということだ。

「……ロビン様とマノンは相思相愛で、悪いことは何も起きるはずはなかったのだけれど…………起きたから、こうなっている。父上、母上。何があったのですか?」
「………………あのな、アーサー」

 そうなったのはきっと、口に出したくもない内容だったからだろう。父上は十数秒近い沈黙のあと唇を強く噛み、こんな声を絞り出したのだった。

「今日の昼休みにマノンは、大勢の前で婚約を破棄されてしまったのだよ……。しかも、ありもしない罪を捏造されてな……」

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