《勇者》兼《魔王の嫁》

いとま子

文字の大きさ
3 / 35

3.起き抜けの混乱

しおりを挟む
「――……思い出した」

 目覚めたベッドの上で天井を眺めながら、勇者ルーチェはぼそりと呟いた。
 ざっと視線を巡らせた部屋は、シンプルだが洗練された豪華な部屋であり、昨夜、ルーチェが散々痴態をさらした部屋だった。

「くそッ!」

 ルーチェの記憶が徐々に蘇ってくる。

『勇者ルーチェよ、私の嫁になれ』

 その魔王の発言後、ルーチェの意識は途切れ、再び意識を取り戻したときにはベッドの上で組み敷かれていたのだ。

(……え!? よ、嫁……!? 魔王の? ってか、ベッドの上で、俺は……魔王と!)

 蘇った羞恥はやがて怒りへと変わり、じわじわと身体の奥底からマグマのように込み上げてきた。
 なぜ魔王があんな行動に出たのか意味が分からない。『嫁になれ』という魔王の言葉も思い出したものの、なぜそういう話になるのかまるで理解ができない。
 身体を起こすと気怠さは若干あるが、怪我は治っている。ルーチェは情けないと思いながらもベッドから起き上がる。

「……? はっ!?」

 一糸も纏っていなかった。
 ルーチェは外気に触れ、ようやく自分が服を着ていないことに気づいた。

(感覚が鈍ってんのか、寝ぼけてんのか、なんか魔法でもかけられてんのか? とにかく今まで気付かなかったとはな、しっかりしねえと)

 ルーチェは乱暴に頭をかき、身体を確かめる。
 手首には昨夜のものであろう拘束された跡が残り、情けない声を上げ続けていたためか喉が少し痛い。あとは異常なし。
 屈辱ではあるが、しかし現在、身体の自由が奪われているわけではない。

(拘束されてないのは幸いだな。驚異と思われてないのは癪だが……。気持ちを切り替えて、置かれてる状況を冷静に判断しなくちゃな。まずは魔王に会わねえと)

 ひとまず着るものを探そうと、ルーチェは改めて部屋の中を見渡す。
 客室だろうか、豪華な部屋だ。天蓋つきのベッドに、装飾のなされたテーブルや椅子、クローゼット。暖炉の上には絵画が飾られ、カーテンの隙間からのぞく窓ガラスは大きい。
 過ごすには不自由のない部屋だが、ルーチェが身につけていた剣や持ち物、衣服は見当たらない。
 クローゼットを開ける。服は見つかったが、ルーチェのものではなかった。中には伝統衣装のような煌びやかな正装から、執事の制服、質素なシャツとズボン、そしてなぜかドレスまである。

「……サイズが合ってるっていうのが怖いな」

 袖を通したルーチェは引きつった笑みを浮かべる。体型にぴったり合ったドレスはレースやフリルがふんだんにあしらわれたピンク色だ。着ておいてなんだが、もちろん似合うわけがない。
 ドレスを脱ぎ捨て、伝統衣装もどけ、質素なシャツとズボン、ジャケットを選ぶ。
 次に何か武器はないかと部屋の中を探し回る。机の引き出しやクローゼットを片端から開けていく。装備していた剣は取られたのは仕方がないが、手ぶらで敵陣にいるのは危険すぎる。
 やがてルーチェは、ドレッサーの引き出しの中から銀食器のセットを見つけた。何もないよりはましだろうと、数本を懐にしまう。
 準備はこれくらいでいいだろう。ドアノブに鍵はかかっていないようだ。耳を澄ませるが物音も聞こえない。ルーチェは意を決して外へと続く扉を開ける。
 隙間からゆっくりと顔をのぞかせると、目の前に影が見えた。敵かとルーチェは身構えたが、その姿を見た途端、目を見開き、固まった。

「……にん、げん?」

 目の前にいるのは明らかに同年代の、人間の男だった。魔王のような角も牙もない。身に纏う黒い燕尾服は執事のそれだ。魔王、魔族たる姿ではない。
 男は壁にもたれかかり、目をつぶったまま動かない。耳を澄ませば寝息が聞こえて、たまにむにゃむにゃ寝言を言っている。どうやら居眠りをしているようだ。ふわふわと毛先のカールした髪が、日向ぼっこをする猫を彷彿させる。
 平和そうな寝顔に、ルーチェは混乱した頭で考える。

(……もしかして、今までの出来事は全部夢だったのか? ここは魔王の城じゃなくて、ハイリヒの城に泊まってただけで。……なんだー、だったら妙にリアルな夢だったなー。しっかし、魔王に襲われる夢とか、すげー悪夢だったな。いや、むしろ魔王に対する敵愾心が増したことに感謝すべきかもなー。なんだー、そうだったのかー)

 ルーチェは納得したようにうんうんと何度も頷き、部屋から出る。すると突然、執事はばっと目を覚まし、身を起こすとルーチェをまじまじと見つめた。 
 しばらく執事はそのままで、ルーチェは居たたまれない。

「な、なんなんだ……?」

 いきなりのことで戸惑うルーチェの前で、ようやく彼ははっとし、深々と頭を下げた。すぐに顔を上げると、冬の早朝のような爽やかな笑みを浮かべた。

「おはようございますっ。お目覚めですか。申し訳ありません、えっと……瞑想していて」
(いや明らかに寝てただろ)

 執事は照れたように笑っている。

「昨晩はよく眠れたでしょうか」
「ま、まあ……?」

 悪夢を見たことがよく眠れたのかはさて置き。
 ルーチェの返事に、「それはよかったです」と執事は頷いた。

「それで、お身体は大丈夫でしょうか?」
「か、身体?」
(そうだ、この身体の異変はどう説明すればいいんだ。手首の痕も、喉の痛みも、鮮明な記憶も……。全部、魔王との悪夢みたいな交わりの証拠じゃないのか……!)

 青ざめるルーチェに、執事は笑いながら追い討ちをかける一言を放った。

「不調や要望がありましたら、何なりとお申し付けください。魔王様に丁重にもてなすよう言われておりますので」

 魔王。
 その言葉に現実を突きつけられる。ルーチェは愕然とした。

(ただの悪夢じゃなかったのか……? じゃあ、目の前にいる、明らかに人間に見える彼も、魔族なのか……?)

 ルーチェは疑いのまなざしで目の前の執事を見つめる。よく見ると耳の先が尖がっている。エルフ族の特徴だ。しかし魔王を倒しに来た勇者であるルーチェに向かって襲ってくるような真似はせず、ルーチェの態度に首をかしげながらも一切敵意のない笑顔を向けている。

「……君は、いったい」
 
 執事ははっとし、
「申し送れました。わたくしはレイル。この城で執事をやっております。今は一応、ルーチェ様専属ですっ」

 敵であるはずのレイルだが、ルーチェに向かって、変わらず爽やかな笑顔を見せる。わけが分からない。まだ分からないことがある。

(レイルはさっき、『魔王様に丁重にもてなすように言われた』とか言わなかったか?)
「体調もよろしいようですね。何も質問がないようでしたら、お腹がすいていらっしゃると思いますので、今から食堂のほうへと案内いたしますが――」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」

 ルーチェは慌てた。質問ならありすぎて何から聞けばいいか分からないぐらいだ。

「何がどうなってるか俺にはさっぱりなんだ。状況が全く理解出来てない。はじめからちゃんと説明してくれ!」
「は、はじめから、と言われましても……」

 レイルは眉を下げ困惑した表情を浮かべる。

(詳しいことまでは分かってないのか、それとも話すこと自体禁じられてるのかもしれないな。やっぱここは元凶である魔王に直接聞くしかないみたいだが)
「……じゃあ、魔王の居場所を――」

 と、ルーチェが尋ねようとしたところで、長い廊下の向こう側から話し声が聞こえてきた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる

七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。 だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。 そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。 唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。 優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。 穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。 ――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。

冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる

尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる 🌟2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟 ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。 ――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。 お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。 目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。 ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。 執着攻め×不憫受け 美形公爵×病弱王子 不憫展開からの溺愛ハピエン物語。 ◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。 四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。 なお、※表示のある回はR18描写を含みます。 🌟第10回BL小説大賞にて奨励賞を頂戴しました。応援ありがとうございました。 🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください! ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

攻略対象に転生した俺が何故か溺愛されています

東院さち
BL
サイラスが前世を思い出したのは義姉となったプリメリアと出会った時だった。この世界は妹が前世遊んでいた乙女ゲームの世界で、自分が攻略対象だと気付いたサイラスは、プリメリアが悪役令嬢として悲惨な結末を迎えることを思い出す。プリメリアを助けるために、サイラスは行動を起こす。 一人目の攻略対象者は王太子アルフォンス。彼と婚約するとプリメリアは断罪されてしまう。プリメリアの代わりにアルフォンスを守り、傷を負ったサイラスは何とか回避できたと思っていた。 ところが、サイラスと乙女ゲームのヒロインが入学する直前になってプリメリアを婚約者にとアルフォンスの父である国王から話が持ち上がる。 サイラスはゲームの強制力からプリメリアを救い出すために、アルフォンスの婚約者となる。 そして、学園が始まる。ゲームの結末は、断罪か、追放か、それとも解放か。サイラスの戦いが始まる。と、思いきやアルフォンスの様子がおかしい。ヒロインはどこにいるかわからないし、アルフォンスは何かとサイラスの側によってくる。他の攻略対象者も巻き込んだ学園生活が始まった。

婚約破棄を提案したら優しかった婚約者に手篭めにされました

多崎リクト
BL
ケイは物心着く前からユキと婚約していたが、優しくて綺麗で人気者のユキと平凡な自分では釣り合わないのではないかとずっと考えていた。 ついに婚約破棄を申し出たところ、ユキに手篭めにされてしまう。 ケイはまだ、ユキがどれだけ自分に執着しているのか知らなかった。 攻め ユキ(23) 会社員。綺麗で性格も良くて完璧だと崇められていた人。ファンクラブも存在するらしい。 受け ケイ(18) 高校生。平凡でユキと自分は釣り合わないとずっと気にしていた。ユキのことが大好き。 pixiv、ムーンライトノベルズにも掲載中

処理中です...