悪い男は愛したがりで?甘すぎてクセになる

奏井れゆな

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7.ホストのスキル

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 昨日の夕方、堂貫とまともに対面したことがはじめてであれば、話したこともはじめてだ。あのとき交わした会話は、智奈の認識からすると、厳密に云えば約束とは違う。何かあれば相談相手になってくれる人がいる、とそんな気持ちで安心して、けれど、そうするときは本当に切羽詰まったときだと思っていた。
 片方で、堂貫には約束という気持ちがあって、なお且つ、積極的に智奈に関わろうという意思があったのだろうか。
 そうだとしたら、なぜ、そこまで智奈をかまうのだろう。
 ――ううん、ちょっと待って。
 智奈ははたと気づいた。
「あの、堂貫オーナーはわたしが……その、ホストクラブに通ってるのを知ってるってことですか」
 そうでなければ、“約束”した当日、たまたまシンジが悪事を働いた日に智奈を助けるなど、そんな芸当ができるはずはない。もしくは、尾行していたか。いずれにしろ、堂貫はイメージどおりに行動は早い。
「いい目の付け所だ。まあ、おれの手前、堂貫がホスト通いを批難することはないだろうけど、なぜちゃんとしたホストか調べてから行かないんだって責められるかもしれない」
「……そんなこと調べられるんですか?」
「どうだろう。少なくとも、夜の街の初心者には難しいだろうな」
 キョウゴは丸切り無責任なことを吐いた。無自覚に智奈が躰を引くと、キョウゴはおもしろがって笑う。笑われてもしかたないくらい自分は無知だ。智奈は反省を込めてため息をついた。
「とりあえず、ロマンチックナイトに行くのはやめます」
「そうしてくれ。なんなら、おれのところに来る?」
「……え?」
「ホストクラブの話。HeLeartヘラートは、癒やしのヒールと心のハートの英文字を合わせた造語だ。チャラチャラした雰囲気じゃないし紹介制でしか入れないから、客層はほぼセレブになる」
「無理です。セレブじゃないから」
「おれは『ほぼ』って云っただろう。おれが連れていけば、なんの問題もない」
 智奈はとんでもないとばかりに首を横に振った。
「あの、堂貫オーナーには云いましたけど、わたしは犯罪者の娘なんです。だから、セレブじゃないってこと以上に問題になります」
 キョウゴは、智奈のことを詳しくは聞かされていないらしい。そう思って云ってみたのに。
「犯罪と云っても、人殺しじゃないだろう」
 キョウゴは驚きもせず、あっさりしたものだ。人殺しではないと云ったところをみると、きっと知らされていたのだ。ただ大したことないと考えているだけで。
 会社ではあんなに敬遠され、友人たちとの連絡も途絶えかけている。ひょっとしたら感覚がおかしいのは同僚や友人で、智奈はなんの気兼ねも必要ないのかもしれない。一瞬、そんなふうに思ってしまった。
 夜の街に住むキョウゴは、昼の世界よりも犯罪に近いところにいるから、智奈のことを異種扱いしないのだ。現に、コージを潜入させるとか、シンジの智奈に対する犯罪未遂とか、至って冷静に対応している。そんなキョウゴを知っているから、堂貫も智奈のことを問題視しなかったのだ。
「人殺しじゃありません。でも、フロント企業と関わっていたから、巡り巡って不幸にしている人はいるかもしれません」
 キョウゴは黙して、じっと智奈を見つめる。なぐさめを欲しがっているように見えたかもしれない。そう気づくと、智奈はごまかすように笑ってみたけれどうまくいかなくて、顔はきっと引きつっている。
「大丈夫で……」
「重い? 怖い?」
 キョウゴは智奈をさえぎって、重ねて問う。
 父がしていたことに関連して不幸になったり、迷惑を被ったりした人がいるのなら懺悔するべきだ、という気持ちはある。重責で、その重さが怖くもある。けれど、いまのキョウゴの『怖い』は種類が違う気がした。
「重いです。でも、怖いってなんのことですか?」
 キョウゴは呆れたように首を横に振った。
「フロント企業に関わっていたからには、危ない連中に絡まれるかもしれない。そこは考えてなかったみたいだ」
 考えていなかったことはない。けれど。
「父が死んで――わたしには何も危ないことはありませんでした」
「警察が動いていたから下手なことはできない。そっちが一段落して、いま、様子見してるとしたら?」
 智奈は無意識に右手でつくった握りこぶしを左手で包みこみ、それを守るように胸もとに引き寄せた。
「……わたしは何も知りません」
 囁くような声で云う智奈を見て、キョウゴは降参したように軽くホールドアップした。
「悪い。おれが怖がらせたみたいだ」
「大丈夫……」
「――じゃないはずだ。おれが助けてやろうか」
「……え?」
「というより、おれはきっときみにとって魔除けになれる。おれのところに来るよりは、おれがきみのところに行ったほうが手っ取り早いな」
 キョウゴが何を云わんとしているのか、智奈はついていけていない。
 続けて、「いい考えだろう?」と問われたときにうなずいてしまったのは、その声音トーンがいざなうようで逆らえなかったのだ。たぶん、ホストならではという、キョウゴのスキルに智奈は簡単になびいてしまった。
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