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09. 不機嫌な騎士

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 フレアは苛立っていた。
 配属が変わり、街の見回りから王宮の警備に回された。どちらにせよ、騎士としては下の方の仕事だった。

 フレアは騎士軍の仲間と上手くやれていなかった。上官へのご機嫌取りも同期との馴れ合いも面倒だった。そんな態度だからいつしか孤立し出世コースからは外れていた。

 フレアは出世に興味がなかった。さらには騎士になることも不本意だった。上流家庭である家族の見栄のために半ば強制的に騎士になった。おかしなものだ。その家族とやらはもういないのだ。
 ただ惰性的に騎士の職を続けている。

 街の見回りはそれなりに息抜きできたが、王宮の警備はひたすらに暇だった。しんと静まりかえった広い廊下をただ歩くだけ。たまにすれ違う大臣たちに恭しく礼をするくらいしかやることがない。不審者を見つけたら捕らえるのが仕事だが、まず、王宮への不法侵入をすること自体が難しい。王宮の警備などあってもなくても対して変わらない。そんな仕事を押し付けられている。

 ガシュウはどうしているだろうか。

 退屈なフレアはガシュウのことをたびたび考える。

 急な配属変更だったため、ガシュウに事情を説明できていない。フレアが家路につく時刻はもう遅く、何度か占いの場所を訪れてはみたがガシュウがいたことはなかった。

 もう一月は会えていない。

 早くガシュウに会いたい。
 会って、話して、また触れたい。

 まったく何を考えているんだが。フレアは頭をふった。こんな気持ちになるなんて、馬鹿げている。自分の感情を否定しながらもフレアの口もとは緩んでいた。

 その時。

「この裏切り者!」

 怒鳴り声がフレアの耳に飛び込んできた。大きな音をたてながら言い争いは続いている。フレアは瞬時に声の方へ駆け出した。
 声の発生源はとこぞの官僚の部屋だった。重厚な扉を無遠慮に開けた。

 宮廷の制服をまとった官僚が4~5人の男に襲われていた。

「助けてくれ!」

 官僚は頭から血を流し羽交い締めにされている。襲っている男はフレアを睨み付けた。

「ただの警備か、そいつは殺せ」

 王宮は広く、特にこの部屋は奥まった静かな場所にある。騒ぎに気づいているのはフレアだけだろう。応援を呼びに行く時間も隙はない。

 フレアは弱くはないがこの人数を素手で相手に出きるほど優秀でもなかった。フレアは真剣を抜いた。





 事情聴取が行われた。
 官僚を襲ったのは秘書だった男とその部下たちだった。彼らはスパイだった。国家機密の書類を手に入れるために長年に渡り王宮に仕えいて信頼を築いていたが、バレてしまい暴力沙汰になったらしい。なにがどうバレたのか、なんのためのスパイだったのか、詳しいことはフレアは聴かされなかった。騎士であるフレアには関係ないことだった。官僚を護り国家機密を護ったということで今度表彰されるらしい。フレアには興味のないことだった。4人殺した。

 実行犯の一人が生き残った。重傷だが命に別状はなく、の男から自称聴取が行われている。他の男たちはフレアが殺した。

 手加減は出来なかった。フレアの命にも関わることだった。スパイは死んだ。
 フレアも無傷ではすまなかったが、治療室での処置だけで対応できた。深刻な傷はなかった。それでも受けた傷は痛んだ。

 フレアも自称聴取されたが、ただの警備兵が職務を全うしただけなのですぐに解放された。フレアはすぐに帰り支度をした。この血に染まった軍服を早く脱ぎたかった。

 更衣室のシャワーで汚れを流し、私服に着替えて王宮を出た。外はもう暗く、人通りもまばらだ。

 フレアは苛立っていた。
 人を殺した興奮と、後味の悪さが体中を支配していた。黒い靄が腹の中に渦巻いている。

 行き場のない熱情を抱えたままフレアは風俗街へ向かった。何かを発散しなければ壊れてしまいそうだった。

 人の通りが少なくなった路地裏を通りすぎようとした時だ。

「お兄さん。一晩どうですか?」

 男が声をかけてきた。風俗街で男が男に声をかけてくるのは、この辺りはそういう場所だからだ。フレアは女に興味がなかった。

「ちょっとね。お話だけでもどうですかお兄さん」

 道端で声をかけてくるような胡散くさい男にフレアは構う気はなかったが、その声に聞き覚えがあり足を止めた。フレアは振り返り男の方を見た。ボロボロのローブを羽織り深くフードをかぶっている。

 まさか。いや、そんなはずはない。だけど。

「お前…!」

 フレアはローブの男のフードを掴むと乱暴におろした。フードを外すと、まず目に飛び込んできたのは真っ白い髪。それからこけた頬。白目が広くギョロリとした瞳。

「…ガシュウ」

 今一番会いたかった男。こんな場所でこんな風には絶対に会いたくなかった。

「えっ?あなた様はあたしをご存じなんでしょうか?」

 名を呼ばれたガシュウはキョトンとしてフレアを見上げていた。相変わらず間が抜けている。

「わからないか?俺だ。フレアだ」

「えっ…」

 ガシュウは目を見開いてフレアの顔をまじまじと覗き込むと、急に青ざめた表情をして踵を返し逃げ出した。
 フレアは反射的にガシュウの腕を捕まえて無理やり振り返らせた。両肩をがっちり掴み逃げられないようにして向き合った。
ガシュウはバツが悪そうに下を向いてしまった。
 フレアとガシュウの間には気まずく張りつめた空気が流れた。

「…久しぶりだな」

 こんな状況で、言うことは他にあるだろうに、フレアは場違いな再会の挨拶を口にしていた。ガシュウの肩がぴくりと揺れた。

「…騎士さま。いつもは宮廷騎士の制服姿でしたからね。その。気がつきませんでした。それにまた会えるなんて思わなくて…いえ、そうじゃなくて…私服も素敵ですね。ははは…」

 ガシュウはフレアから視線をそらし、所在なさそうに両手を握っている。

「こんなところで何をしているんだ」

「その。あの。ちょっと商売を…」

「商売?俺を誘ってどうするつもりだった?」

「いえ。騎士さまだと分かっていたら、お声がけはしませんでした。そんな…おこがましい…」

「この場所で男に声をかける意味をわかってやっているのか?俺じゃなかったら知らない男についていくつもりだったのか?」

「…あの…いえ…」

「こんなこと、いつもやっているのか?」

 肩を掴んだ指に力が入る。
 ガシュウは小さな声で言葉を濁すばかりだったが、ついぞ黙ってしまった。わずかに震えている。

 憤りを感じる。腹の底から怒りが沸いてくる。ただでさえ今日は殺しをやっていて胸くそが悪いのに、それを越える最悪な出来事だ。

 裏切られた。そう感じた。
 裏切りもなにも、はじめから信頼関係など無い。フレアが勝手に好意を寄せていただけだ。そうだ、他人を信頼しないと決めていたのになぜ信頼してしまったのか。フレアは自分を憎々しく思った。

 殺しの興奮がおさまらない。裏切られた気持ちがおさまらない。父も母も俺を愛さなかった。お前も結局金のためにそういうことをする人間だった。腹の底が煮えたぎる。もうどうなってもいい。

 フレアはガシュウの腕を掴むと強引に歩き始めた。ガシュウは急に引っ張られて驚いたが、不安そうしながらもフレアについて行った。

 フレアには鬼気迫る雰囲気があり、恐ろしくて、どこに行くのか声をかけることがガシュウには出来なかった。
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みんなの感想(1件)

きり
2024.02.19 きり

ガシュウ君のウブさにときめきが止まりません。続きを座して待ちます…!!

解除
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