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08. 暗雲
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あれから一週間は過ぎただろうか。ガシュウはフレアに会えずにいた。
いつもの場所に占いの店を開き、ちょこんと座って待っているのだが、フレアがやってくる気配はなかった。
ガシュウの占いの店はいつもは気まぐれに場所を変えているのだが、フレアがいつ来るかも知れずこの場にとどまっていた。客も来ないこの場所で毎日店を開きフレアを待っていた。
『明日会ったら食事のお礼をしよう』
当たり前のようにそう思っていた。お礼の品を贈る金もなく、お礼の手紙を書ける学もない。あらためて、直接ありがとうと伝えることがガシュウのお礼だった。ささやかで、何でもないことだった。そう思っていた。
フレアが来ない。
一緒に食事をした次の日からフレアは占いの店に来なくなった。こんなことになるなんて。
当たり前のようにフレアと会ってお喋りのできる日々が続くのだとノーテンキに考えていた自分が愚かしい。
不安が胸につのる。
フレアが来るのではないかと、めったに人の通らないこの路地裏で人が来るのを待つ。
何をするでもない時間に頭によぎるのはキスをされたこと。
キスに浮かれていた気持ちはすっかり落ち込んでしまい、今は胸の奥底が痛むだけだ。
フレアにキスをされたその理由は。
「お別れ、って意味だったのかな…」
そう考えると納得がいくように思えた。ガシュウなんかにわざわざキスをするのだ。お別れの挨拶だったのだろう。そういう意味なのだろう。きっとフレアにはもう二度と会えないのだろう。
考えれば考えるほど、ガシュウの瞳には涙がたまってしまう。
夕暮れで暗くなり始めた頃、誰も来ないことをまた確認すると、ガシュウは店をたたんで、家路につく。
フレアは騎士の義務として、貧乏人に親切にしていただけなのだろう。けど、ガシュウはフレアとお喋りするのは楽しかった。
そう、楽しかったのだ。
一緒に食事することもキスすることも望まないから、何も望まないから、フレアとまた会いたい。また喋りたい。
きっともう遅い。
恋をするって、こんな感情なのだろうか。
「おかえり、ガシュウ」
「ポフ。ただいま」
元気がなく暗い表情のガシュウをポフは心配した。
「騎士さまは今日も来なかったの?」
「来るも来ないも、初めからガシュウと会う約束なんてしていないからね。騎士さまが来ないのは当たり前の事なんだよ」
ガシュウはシーツを重ねた鳥の巣へ潜り込んでしまった。
「近頃ずっとそんな調子だね」
「疲れてるだけ。騎士さまは関係ないよ」
そういうとガシュウはもぞもぞと鳥の巣の奥へ奥へと潜っていく。
ポフは小さく息を吐くと、硬い表情をしてガシュウに話しかけた。
「ガシュウ。今、話していいかな?」
ポフのあらたまった声にガシュウはビクリと跳ねた。のそのそとシーツから顔だけ出す。
「…なに?」
「少し、真面目な話」
「…うん」
ガシュウは体を起こすと、鳥の巣から出てきて床に座った。ポフもガシュウの正面に座った。
ポフの真剣な表情に、ガシュウは身を小さくした。こういう時のポフは随分と大人に見える。実際、歳の離れた弟だがガシュウよりもしっかりしている。
「ガシュウ、僕ね。…やっぱり働くことにするよ」
ポフの話にガシュウは慌てた。
「ダ、ダメだよ。ポフはまだ小さいんだから、そんなことしなくていいんだよ。それに、ガシュウと違って勉強ができるんだからね。何度も言ってるじゃない。ポフは働かないで勉強に集中してほしい」
物心ついた頃から施設にいたガシュウと違い、ポフは両親と育ち学校へ通う普通の生活をしていた子供だった。不幸な事故で両親を亡くして施設へ来たが、その頃から勉強はかかさずしている。
「勉強して良い学校に入って良い仕事につければガシュウに楽をさせてあげられると思っていたんだ。だけど、勉強すればするほど現実が見えてくる。そもそも学費はどうするの?入学が出来たとして、その後にかかってくる費用はどうするの?今日の晩ご飯に困るほどの生活をしているのに」
「ポフ…。あのね。学校が決まればガシュウがなんとかするからね」
「なんとかするって、どうするの?借金するの?こんな生活じゃ信頼が低いからどこも貸してはくれないよ?だからって、闇金に手を出してほしくない」
「…あの。ポフ。なんとかするからね。ポフは心配しなくて大丈夫だからね」
「ガシュウは現実が見えてないよ」
頭をガンと殴られたようなショックを受けた。ポフの言うことは正しい。
ガシュウはポフを愛している。愛があればなんとかなると思って今まで生活してきた。貧乏でも愛さえあれば楽しく暮らせると思っていた。
現実が見えていない。確かにそうなのだ。現実を突きつけられるのは、怖い。
「ガシュウ。責めているわけじゃないんだよ。泣かないで」
ポロポロと流してしまった涙が情けなかった。護ってあげなきゃいけない弟にこんなことを言わせてしまった上に、こちらが慰められてしまっている。
いつまでも夢みたいなことを考えてその日暮らしでフワフワ生きていてはいけない。自分がしっかりしなくてはいけない。ポフの未来がかかっている。その時が来ていた。
厳しい現実を生きる前に、楽しい夢を見させてくれたのかな。
ガシュウはフレアの顔を思い浮かべた。
「大丈夫。ポフ。大丈夫だから。本当だよ」
ガシュウはポフの頭をやさしく抱き込んだ。
ガシュウはポフのために生きている。ポフのためなら何でもしよう。そう決めていた。
いつもの場所に占いの店を開き、ちょこんと座って待っているのだが、フレアがやってくる気配はなかった。
ガシュウの占いの店はいつもは気まぐれに場所を変えているのだが、フレアがいつ来るかも知れずこの場にとどまっていた。客も来ないこの場所で毎日店を開きフレアを待っていた。
『明日会ったら食事のお礼をしよう』
当たり前のようにそう思っていた。お礼の品を贈る金もなく、お礼の手紙を書ける学もない。あらためて、直接ありがとうと伝えることがガシュウのお礼だった。ささやかで、何でもないことだった。そう思っていた。
フレアが来ない。
一緒に食事をした次の日からフレアは占いの店に来なくなった。こんなことになるなんて。
当たり前のようにフレアと会ってお喋りのできる日々が続くのだとノーテンキに考えていた自分が愚かしい。
不安が胸につのる。
フレアが来るのではないかと、めったに人の通らないこの路地裏で人が来るのを待つ。
何をするでもない時間に頭によぎるのはキスをされたこと。
キスに浮かれていた気持ちはすっかり落ち込んでしまい、今は胸の奥底が痛むだけだ。
フレアにキスをされたその理由は。
「お別れ、って意味だったのかな…」
そう考えると納得がいくように思えた。ガシュウなんかにわざわざキスをするのだ。お別れの挨拶だったのだろう。そういう意味なのだろう。きっとフレアにはもう二度と会えないのだろう。
考えれば考えるほど、ガシュウの瞳には涙がたまってしまう。
夕暮れで暗くなり始めた頃、誰も来ないことをまた確認すると、ガシュウは店をたたんで、家路につく。
フレアは騎士の義務として、貧乏人に親切にしていただけなのだろう。けど、ガシュウはフレアとお喋りするのは楽しかった。
そう、楽しかったのだ。
一緒に食事することもキスすることも望まないから、何も望まないから、フレアとまた会いたい。また喋りたい。
きっともう遅い。
恋をするって、こんな感情なのだろうか。
「おかえり、ガシュウ」
「ポフ。ただいま」
元気がなく暗い表情のガシュウをポフは心配した。
「騎士さまは今日も来なかったの?」
「来るも来ないも、初めからガシュウと会う約束なんてしていないからね。騎士さまが来ないのは当たり前の事なんだよ」
ガシュウはシーツを重ねた鳥の巣へ潜り込んでしまった。
「近頃ずっとそんな調子だね」
「疲れてるだけ。騎士さまは関係ないよ」
そういうとガシュウはもぞもぞと鳥の巣の奥へ奥へと潜っていく。
ポフは小さく息を吐くと、硬い表情をしてガシュウに話しかけた。
「ガシュウ。今、話していいかな?」
ポフのあらたまった声にガシュウはビクリと跳ねた。のそのそとシーツから顔だけ出す。
「…なに?」
「少し、真面目な話」
「…うん」
ガシュウは体を起こすと、鳥の巣から出てきて床に座った。ポフもガシュウの正面に座った。
ポフの真剣な表情に、ガシュウは身を小さくした。こういう時のポフは随分と大人に見える。実際、歳の離れた弟だがガシュウよりもしっかりしている。
「ガシュウ、僕ね。…やっぱり働くことにするよ」
ポフの話にガシュウは慌てた。
「ダ、ダメだよ。ポフはまだ小さいんだから、そんなことしなくていいんだよ。それに、ガシュウと違って勉強ができるんだからね。何度も言ってるじゃない。ポフは働かないで勉強に集中してほしい」
物心ついた頃から施設にいたガシュウと違い、ポフは両親と育ち学校へ通う普通の生活をしていた子供だった。不幸な事故で両親を亡くして施設へ来たが、その頃から勉強はかかさずしている。
「勉強して良い学校に入って良い仕事につければガシュウに楽をさせてあげられると思っていたんだ。だけど、勉強すればするほど現実が見えてくる。そもそも学費はどうするの?入学が出来たとして、その後にかかってくる費用はどうするの?今日の晩ご飯に困るほどの生活をしているのに」
「ポフ…。あのね。学校が決まればガシュウがなんとかするからね」
「なんとかするって、どうするの?借金するの?こんな生活じゃ信頼が低いからどこも貸してはくれないよ?だからって、闇金に手を出してほしくない」
「…あの。ポフ。なんとかするからね。ポフは心配しなくて大丈夫だからね」
「ガシュウは現実が見えてないよ」
頭をガンと殴られたようなショックを受けた。ポフの言うことは正しい。
ガシュウはポフを愛している。愛があればなんとかなると思って今まで生活してきた。貧乏でも愛さえあれば楽しく暮らせると思っていた。
現実が見えていない。確かにそうなのだ。現実を突きつけられるのは、怖い。
「ガシュウ。責めているわけじゃないんだよ。泣かないで」
ポロポロと流してしまった涙が情けなかった。護ってあげなきゃいけない弟にこんなことを言わせてしまった上に、こちらが慰められてしまっている。
いつまでも夢みたいなことを考えてその日暮らしでフワフワ生きていてはいけない。自分がしっかりしなくてはいけない。ポフの未来がかかっている。その時が来ていた。
厳しい現実を生きる前に、楽しい夢を見させてくれたのかな。
ガシュウはフレアの顔を思い浮かべた。
「大丈夫。ポフ。大丈夫だから。本当だよ」
ガシュウはポフの頭をやさしく抱き込んだ。
ガシュウはポフのために生きている。ポフのためなら何でもしよう。そう決めていた。
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