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断罪の六重奏 6
しおりを挟む浴室に繋がる脱衣場に入ると、エルーシャはくるりと振り返る。目に飛び込むのは、静かな所作でドアを閉じるファルクスの姿。
体をこちらに向けて自分を見詰めるエルーシャに、少し不思議そうに首を傾げてからファルクスはコツコツと距離を詰める。
「どうかしましたか? エル?」
「何でもないわ」
「何でもないと言う顔ではないかと思いますが……もしかして拗ねてます?」
「っっ!」
そっとファルクスの右手が、エルーシャの頬を優しく撫でる。
エルーシャの頬が少し朱に染まるのを見て、ふわっと笑みをファルクスが浮かべる。
「まぁ、確かに拗ねたくなる気持ちは解ります。適切な距離、適切な関係を維持するのは骨が折れますからね。好いている相手を、好いているとは思わせない風に装え、などと厳命されてればね……もう少しで終わりだと思いますから頑張って下さい。我が愛しき姫君。勿論、俺も我慢しますよ」
苦笑して言うファルクスを見て、瞼を閉じて彼の撫でる手を頬を寄せるエルーシャ。ファルクスの人差し指の少し上でシャランとイヤリングが揺れた。
二人は相思相愛なのだが、ランプロス家にいる間は甘い雰囲気や、それに通ずる関係性を匂わす様な行為を徹底的に控えていた。あくまでも令嬢と執事と言う隠れ蓑を被り、日常を過ごしていた。お互いに異性の噂があった時は、ジリジリするほど焦り、嫉妬していた。これは皇帝からの勅命だから、仕事だから他に心を傾ける事はないと言い聞かせていた。
「……」
無言で猫の様にファルクスの手にすり寄るエルーシャを困った様に、でも微笑ましそうに見詰める。ファルクスは、そっと屈みこみ顔をエルーシャの耳元に近付いて囁きかける。
「……帰還しましたら嫌ってくらい構い倒しますから覚悟しておいて下さい」
ファルクスは顔を離す前に、寄せた唇をエルーシャの耳たぶへとチュッとリップ音を発ててキスを一つ贈る。
エルーシャの耳にいつもよりも一オクターブ低い声音が入った瞬間、びくりと身体が震える。
その様子を満足そうに見入りながら、ファルクスは指先をするりと移動させる。耳元に付いているイヤリングも弄ぶかの様に人差し指でつついて言う。
「さぁ、アクセサリーを外しましょうか。お嬢様」
瞼を上げてエルーシャは、ファルクスを見た。
「……ええ。分かったわ」
気持ちが落ち着いたのか、エルーシャの瞳に不満気な色は見当たらない。ふっと小さく笑い、ファルクスが提案する。
「そのネックレスは、留め金が特殊ですから私が外して差し上げます。後ろを向いて下さい」
エルーシャは言われた通りにしながら、自身の耳たぶに付いたイヤリングを外していく。カチャカチャと背中で留め金の音を聞きながら、大振りなネックレスの重みが首回りから無くなるのをエルーシャは感じた。
「ふぅ……」
重みが消えたと同時に、吐息を無意識にエルーシャは漏らしていた。
「お疲れのご様子ですから、お休み前にマッサージをヴィオラに頼んでおきましょうか」
ファルクスが苦笑しながら、外したネックレス留め金を嵌め、エルーシャの正面に回り込み言った。
「ええ、そうね……はい、イヤリング」
エルーシャはファルクスの手のひらの上にイヤリングを乗せる。
コンコンコンと扉がノックされる音が耳に入ってくる。
「お嬢様、着替えをお持ちしました」
ヴィオラの声がドアの向こうから聞こえてきた。エルーシャはそれに反応にして返事をする。
「どうぞ」
かちゃりとドアが開いて、着替えを抱えたヴィオラが入室した。
「それでは、お嬢様、ご用命が有りましたらお呼び下さい」
ファルクスは口元に笑みを浮かべて、一礼してそこを後にしたのだった。
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