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勇気と決断編
episode465
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「何か考え事をしていたようですが、どうかしたのですか?」
「あ、うん。お風呂に入りたかったんだけど、昨日ヴィヒトリ先生が、今日一日我慢しなさいって言ってて。でも身体とか綺麗にしたいし、どうしようかなーって」
「私がお手伝いして差し上げますよ?」
「だ、ダメなのっ!」
「ふふ、それは残念ですね。では、リトヴァを呼んできますから、彼女に手伝ってもらうといいでしょう」
「うん、そうする!」
キュッリッキが嬉しそうに返事をすると、アルカネットは再びキュッリッキを振り向いて、慌てる姿をにこやかに見つめながら近寄ると、おでこに優しくキスをした。
「お風呂ですっきりしたら、必ず食堂へ降りてくるんですよ。少しでもいいから朝食をいただくように」
「はーい」
「では呼んできます」
アルカネットは名残惜しそうにしながらも部屋を出て行った。
ハウスキーパーのリトヴァを呼びに出たところで、ちょうど廊下の向こうからリトヴァが歩いてきた。
「あら、ちょうどようございました。アルカネット様、副官のヘイディ少佐がお見えになっておりますわ」
「おや…なんの用でしょう」
思いっきり迷惑そうに眉間を寄せる。
「詳しいことは仰っておりませんでしたが、すぐお目にかかりたいと申しておりました」
「……そうですか、判りました。ああ、それと、今すぐリッキーさんの入浴の介添えをしてあげてください。怪我のせいで、一人では不便そうなので」
「承りました」
にこやかに頷くと、リトヴァは小さく会釈をしてキュッリッキの部屋へ向かった。
リトヴァを見送り、アルカネットは玄関ロビーへ足を向ける。
「閣下!」
よく見慣れた副官のヘイディ少佐が、泣きそうな顔で椅子から立ち上がる。
「何か用でも?」
階段をおりながら、突っ慳貪ともとれる口調で促すと、ヘイディ少佐は気にした風もなく頷く。こういう上官の態度には、もう慣れっこなのだ。
「逆臣軍との戦争の件で、我々魔法部隊へも報告書やら始末書やらが、てんこ盛り状態です閣下」
「そんな事務的なことは、あなたが適当に処理すればいいだけのことでしょう。何のための副官です」
「雑務処理担当みたいなことを言わないでください閣下っ!」
適当でも処理できる程度の雑務は既に取り掛かっているが、長官であるアルカネットが決済せねばならない案件が山積みなのだ。いくら副官でも手に余る。事務処理をするだけが仕事ではないのだ、副官の任務は。
それに、今頃は元ソレル王国首都アルイールの王宮に仮設された本営で、総帥以下、大将や特殊部隊の長たちが首を揃えているはずである。
私服に着替えて自宅でくつろいでいる場合か、とヘイディ少佐はツッコミたくてしょうがない。いや、すでに目つきだけがそうツッコミを入れていた。
「すぐに支度なさってください。あがっている報告書に目を通していただいて、アルイールへ向かいましょう。総帥閣下との会議が午後にあるそうですから」
「あなたを代理にしますから、代わりに行ってきてください」
「無茶言わないでくださーーーーい!!」
キュートな顔を怒りで真っ赤にして、ヘイディ少佐は屋敷中に轟く大声で怒鳴った。
世界広しといえど、アルカネットに面と向かって怒鳴れるのは、ベルトルドとヘイディ少佐くらいなものだ。
近辺にいたメイドたちが、何事かと物陰で様子を見ている。
涼やかな表情をぴくりともせず、副官を見おろすアルカネットと、ウサギのように頬がちょっとぷっくりと丸い、可愛い顔を真っ赤にして、アルカネットを睨みながら見上げている、ヘイディ少佐の組合せがなんともおかしい。
「とにかく閣下の我が儘も、今回ばかりはダメです! 今すぐ着替えて出仕なさってください」
「リッキーさんを一人にするわけには、いかないのですよ」
誰だっけそれ?と、ヘイディ少佐は小さく首をかしげた。そして「ああ」と思い出す。
「召喚士様のことですか? 出兵前の式典の時にお披露目なさった」
「そうですよ」
途端、アルカネットの相好が優しく崩れて、ヘイディ少佐は目を真ん丸くした。
(ウソッ、閣下のこんな顔、初めて見た……)
「彼女は今、心にとても酷い傷を負っているのです。雑務なんかのために、一人にしておくわけにはいかないでしょう」
金髪が綺麗な、とても華奢な美少女だったなあと、ヘイディ少佐は頭に思い浮かべた。
「でしたら、その召喚士様も一緒にお連れしてはどうですか?」
何気なく言ったつもりだった。テコでも動かない理由がその召喚士の少女ならば、一緒にくればいいだけのことだと。
何か天啓でも受けたような顔で副官の顔をまじまじと見つめると、アルカネットは深々と頷いた。
「そうしましょう」
「へ?」
ヘイディ少佐はポカンと口を開けて固まった。
「あ、うん。お風呂に入りたかったんだけど、昨日ヴィヒトリ先生が、今日一日我慢しなさいって言ってて。でも身体とか綺麗にしたいし、どうしようかなーって」
「私がお手伝いして差し上げますよ?」
「だ、ダメなのっ!」
「ふふ、それは残念ですね。では、リトヴァを呼んできますから、彼女に手伝ってもらうといいでしょう」
「うん、そうする!」
キュッリッキが嬉しそうに返事をすると、アルカネットは再びキュッリッキを振り向いて、慌てる姿をにこやかに見つめながら近寄ると、おでこに優しくキスをした。
「お風呂ですっきりしたら、必ず食堂へ降りてくるんですよ。少しでもいいから朝食をいただくように」
「はーい」
「では呼んできます」
アルカネットは名残惜しそうにしながらも部屋を出て行った。
ハウスキーパーのリトヴァを呼びに出たところで、ちょうど廊下の向こうからリトヴァが歩いてきた。
「あら、ちょうどようございました。アルカネット様、副官のヘイディ少佐がお見えになっておりますわ」
「おや…なんの用でしょう」
思いっきり迷惑そうに眉間を寄せる。
「詳しいことは仰っておりませんでしたが、すぐお目にかかりたいと申しておりました」
「……そうですか、判りました。ああ、それと、今すぐリッキーさんの入浴の介添えをしてあげてください。怪我のせいで、一人では不便そうなので」
「承りました」
にこやかに頷くと、リトヴァは小さく会釈をしてキュッリッキの部屋へ向かった。
リトヴァを見送り、アルカネットは玄関ロビーへ足を向ける。
「閣下!」
よく見慣れた副官のヘイディ少佐が、泣きそうな顔で椅子から立ち上がる。
「何か用でも?」
階段をおりながら、突っ慳貪ともとれる口調で促すと、ヘイディ少佐は気にした風もなく頷く。こういう上官の態度には、もう慣れっこなのだ。
「逆臣軍との戦争の件で、我々魔法部隊へも報告書やら始末書やらが、てんこ盛り状態です閣下」
「そんな事務的なことは、あなたが適当に処理すればいいだけのことでしょう。何のための副官です」
「雑務処理担当みたいなことを言わないでください閣下っ!」
適当でも処理できる程度の雑務は既に取り掛かっているが、長官であるアルカネットが決済せねばならない案件が山積みなのだ。いくら副官でも手に余る。事務処理をするだけが仕事ではないのだ、副官の任務は。
それに、今頃は元ソレル王国首都アルイールの王宮に仮設された本営で、総帥以下、大将や特殊部隊の長たちが首を揃えているはずである。
私服に着替えて自宅でくつろいでいる場合か、とヘイディ少佐はツッコミたくてしょうがない。いや、すでに目つきだけがそうツッコミを入れていた。
「すぐに支度なさってください。あがっている報告書に目を通していただいて、アルイールへ向かいましょう。総帥閣下との会議が午後にあるそうですから」
「あなたを代理にしますから、代わりに行ってきてください」
「無茶言わないでくださーーーーい!!」
キュートな顔を怒りで真っ赤にして、ヘイディ少佐は屋敷中に轟く大声で怒鳴った。
世界広しといえど、アルカネットに面と向かって怒鳴れるのは、ベルトルドとヘイディ少佐くらいなものだ。
近辺にいたメイドたちが、何事かと物陰で様子を見ている。
涼やかな表情をぴくりともせず、副官を見おろすアルカネットと、ウサギのように頬がちょっとぷっくりと丸い、可愛い顔を真っ赤にして、アルカネットを睨みながら見上げている、ヘイディ少佐の組合せがなんともおかしい。
「とにかく閣下の我が儘も、今回ばかりはダメです! 今すぐ着替えて出仕なさってください」
「リッキーさんを一人にするわけには、いかないのですよ」
誰だっけそれ?と、ヘイディ少佐は小さく首をかしげた。そして「ああ」と思い出す。
「召喚士様のことですか? 出兵前の式典の時にお披露目なさった」
「そうですよ」
途端、アルカネットの相好が優しく崩れて、ヘイディ少佐は目を真ん丸くした。
(ウソッ、閣下のこんな顔、初めて見た……)
「彼女は今、心にとても酷い傷を負っているのです。雑務なんかのために、一人にしておくわけにはいかないでしょう」
金髪が綺麗な、とても華奢な美少女だったなあと、ヘイディ少佐は頭に思い浮かべた。
「でしたら、その召喚士様も一緒にお連れしてはどうですか?」
何気なく言ったつもりだった。テコでも動かない理由がその召喚士の少女ならば、一緒にくればいいだけのことだと。
何か天啓でも受けたような顔で副官の顔をまじまじと見つめると、アルカネットは深々と頷いた。
「そうしましょう」
「へ?」
ヘイディ少佐はポカンと口を開けて固まった。
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