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モナルダ大陸戦争開戦へ編
episode385
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遅めの朝食を食べ終わったあと、キュッリッキはフェンリルとフローズヴィトニルと一緒に、宿の庭にある楡の木の木陰で涼んでいた。
暑い季節がことのほか苦手なようで、フェンリルとフローズヴィトニルは腹ばいになって、冷たさを感じる地面をちょっとずつ移動しながら涼んでいる。そんな二匹の姿がおかしくて、キュッリッキは笑いをかみ殺しながら見ていた。
宿にはビリーヤード台とチェス盤が置いてあったが、キュッリッキはその手のゲームはやったことがなかったし、興味もなかった。カーティスとルーファスはビリヤードで勝負事、メルヴィンとシビルはチェスで暇つぶしをしていたので、1人こうして庭で涼んでいるのである。
「こちらでしたか、リッキーさん」
宿の警備で庭にも配置されたダエヴァたちの多くの敬礼が向けられる中、この暑い真夏の中でも、きっちり黒い軍服を着込んだアルカネットが、汗一つかかない涼やかな笑顔で歩いてきた。
「………アルカネットさん顔色悪いよ? 隈も出てるし」
傍らに座ったアルカネットの顔を、心配そうに覗き込む。
「ちょっと寝不足なんです」
苦笑を浮かべて、アルカネットはキュッリッキに身体を向ける。
「私のことよりも、リッキーさんこそ大丈夫ですか? 昨夜は何もされなかったですか?」
「なんにもされてないよ」
キュッリッキは慌てて手を振って否定する。
「アタシまた昔のこと思い出して泣いちゃったから……それで、ベルトルドさん慰めてくれたの」
「昔の……」
「ベルトルドさんって、なんだかお父さんみたいな感じが時々するの。父親なんてどんなものかも知らないのにね。――でもきっとこんな感じなのかな~って思ったりして」
はにかむ様に言うキュッリッキを、アルカネットは痛ましそうに見つめる。
「昔一度だけ両親にね、会いに行こうとしたことがあって、その時のことを思い出したら悲しくなっちゃったの。それで泣いちゃった……」
途端にしゅんっと悲しげに顔を伏せたキュッリッキを、アルカネットはたまらずぎゅっと抱きしめた。
「そんな辛いことは、もうお忘れなさい」
優しく何度も何度もキュッリッキの頭を撫でながら、アルカネットは抱きしめる手に力を込めた。
「あなたの心に今も大きく残る悲しみを、私は全部取り除いて差し上げたい。あなただけが何故、こんなに辛い思いを味わわなければならないのでしょうか……惨すぎます」
アルカネットは腕の力を緩めて少し身体を離すと、キュッリッキの顔を覗き込むように見つめた。
キュッリッキはアルカネットの紫色の瞳を見つめ返しながら、ほんの僅か困惑するような表情を浮かべた。
これまでにも感じていたことだが、アルカネットの優しい言葉や瞳は、自分ではない誰か他の人物に向けられているような気がしていた。そこまであからさまではないが、その誰かとキュッリッキを、重ね合わせているような。そんな違和感のようなものを感じることがある。
そして何故だかそのことは、とくにアルカネットへ向けて、けして口に出してはいけない。そんなふうにも感じていた。
「アルカネットさんも寝不足になるほど寝付けない悩みがあるんだったら、アタシも悩み聞いてあげるよ!」
話題を反らそうと、キュッリッキはわざとらしく明るい口調で身を乗り出した。
アルカネットは僅かに驚いた表情を浮かべたが、すぐに穏やかに優しく微笑んだ。
「では、悩みというか、お願いをしてもいいですか?」
暑い季節がことのほか苦手なようで、フェンリルとフローズヴィトニルは腹ばいになって、冷たさを感じる地面をちょっとずつ移動しながら涼んでいる。そんな二匹の姿がおかしくて、キュッリッキは笑いをかみ殺しながら見ていた。
宿にはビリーヤード台とチェス盤が置いてあったが、キュッリッキはその手のゲームはやったことがなかったし、興味もなかった。カーティスとルーファスはビリヤードで勝負事、メルヴィンとシビルはチェスで暇つぶしをしていたので、1人こうして庭で涼んでいるのである。
「こちらでしたか、リッキーさん」
宿の警備で庭にも配置されたダエヴァたちの多くの敬礼が向けられる中、この暑い真夏の中でも、きっちり黒い軍服を着込んだアルカネットが、汗一つかかない涼やかな笑顔で歩いてきた。
「………アルカネットさん顔色悪いよ? 隈も出てるし」
傍らに座ったアルカネットの顔を、心配そうに覗き込む。
「ちょっと寝不足なんです」
苦笑を浮かべて、アルカネットはキュッリッキに身体を向ける。
「私のことよりも、リッキーさんこそ大丈夫ですか? 昨夜は何もされなかったですか?」
「なんにもされてないよ」
キュッリッキは慌てて手を振って否定する。
「アタシまた昔のこと思い出して泣いちゃったから……それで、ベルトルドさん慰めてくれたの」
「昔の……」
「ベルトルドさんって、なんだかお父さんみたいな感じが時々するの。父親なんてどんなものかも知らないのにね。――でもきっとこんな感じなのかな~って思ったりして」
はにかむ様に言うキュッリッキを、アルカネットは痛ましそうに見つめる。
「昔一度だけ両親にね、会いに行こうとしたことがあって、その時のことを思い出したら悲しくなっちゃったの。それで泣いちゃった……」
途端にしゅんっと悲しげに顔を伏せたキュッリッキを、アルカネットはたまらずぎゅっと抱きしめた。
「そんな辛いことは、もうお忘れなさい」
優しく何度も何度もキュッリッキの頭を撫でながら、アルカネットは抱きしめる手に力を込めた。
「あなたの心に今も大きく残る悲しみを、私は全部取り除いて差し上げたい。あなただけが何故、こんなに辛い思いを味わわなければならないのでしょうか……惨すぎます」
アルカネットは腕の力を緩めて少し身体を離すと、キュッリッキの顔を覗き込むように見つめた。
キュッリッキはアルカネットの紫色の瞳を見つめ返しながら、ほんの僅か困惑するような表情を浮かべた。
これまでにも感じていたことだが、アルカネットの優しい言葉や瞳は、自分ではない誰か他の人物に向けられているような気がしていた。そこまであからさまではないが、その誰かとキュッリッキを、重ね合わせているような。そんな違和感のようなものを感じることがある。
そして何故だかそのことは、とくにアルカネットへ向けて、けして口に出してはいけない。そんなふうにも感じていた。
「アルカネットさんも寝不足になるほど寝付けない悩みがあるんだったら、アタシも悩み聞いてあげるよ!」
話題を反らそうと、キュッリッキはわざとらしく明るい口調で身を乗り出した。
アルカネットは僅かに驚いた表情を浮かべたが、すぐに穏やかに優しく微笑んだ。
「では、悩みというか、お願いをしてもいいですか?」
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