1 / 9
プロローグ
許嫁
しおりを挟む
赤、青、黄色、緑に彩られた光の束が一対の向かい合う男女を照らしている。
二人のすぐ側には、ステンドグラスのはめ込まれた窓があり、陽の光が透けて、そこに描かれた女神の絵を美しく輝かせていた。
愛と美の女神ヴィーナス、またの名をアフロディーテ。
ここ私立聖夢学園の新校舎には、
中庭を見渡せる2階の渡り廊下にあるこのステンドグラスの前で、誰にも見られることなく愛の告白をすることが出来れば、恋が成就するという言い伝えがある。
私、と女の方が先に口を開いた。
最近の流行を取り入れた聖夢学園の制服が良く似合う、栗色の髪を肩まで伸ばした子リスのような女の子だ。
向かい合う男の方は、じっと押し黙ったまま、彼女の言葉を待った。
流行を追いすぎて着こなすのが難しいと噂される聖夢学園の制服をさらりと着こなし、爽やかな面立ちに程よく厚みのある身体と背の高い二枚目だ。
二人が向かい合って並ぶ姿は、まるで一枚の絵のように見えた。
「⋯⋯私、富瀬くんのことがずっと好きでした。
私と⋯⋯付き合ってくれませんか?」
女子生徒は、その小さな肩を震わせながら、祈るように目を瞑って下を向いた。
ステンドグラスの女神アフロディーテが二人を色彩豊かな光で包み込む。
一瞬の間。
告白された男子生徒が嬉しそうな笑みを浮かべて答えた。
「ありがとう。君の気持ちは嬉しいよ。
でも、俺……」
しかし、彼の言葉は、突然の闖入者によって遮られた。
「奏也」
涼やかで凛とした女の声だった。
その瞬間、空に雲がかかり、ステンドグラスから放たれていた色彩豊かな光のベールが取り払われた。
顕れたのは、頬を赤らめた女子生徒とは反対に、やや青ざめた男子生徒の顔。
彼が声のした方へと顔を向けると、
つられて女の方もそちらへ視線をやる。
そこには、中庭からこちらを見あげる仁王立ち姿の女子生徒の姿があった。
その時、雲間から一筋の陽の光が差し込み、中庭に立っていた女子生徒を照らした。
彼女は、天然のスポットライトを浴びながら、腰まで伸ばした黒髪をひと房手で払った。
それは、まるで絹のように艶めき、聞こえるはずのないハープの音色を奏でているかのようだった。
彼女もまた、同じ聖夢学園の制服を着ているというのに、まるで違う服を身に付けているようだ。
陶器のように白い肌、すらりと伸びる手足、メリハリのある身体つき、そして、二階から見ても判るほどにはっきりとした目鼻立ちは、彼女がそんじょそこらの美人ではないことを告げていた。
何より特別で高貴なオーラが彼女にはあった。
見る者をそれだけで圧倒させるような存在感を放っている。
「奏也、帰るわよ」
黒髪の美女は、先程よりも強い口調で命令するように言い放った。
それを聞いた男子生徒は、少しバツが悪そうに隣にいる女子生徒へ向き直ると、さっと頭を下げる。
「ごめん。君の気持ちには、答えられない。
俺には、許嫁がいるんだ」
「え⋯⋯」
それだけ言うと、男子生徒は、困惑した表情の彼女を一人そこへ残し、その場を立ち去った。
〝許嫁〟という時代錯誤な言葉が女子生徒の頭の中で反芻される。
それが所謂〝婚約者〟であるという考えに至った時には、中庭でちょうど彼が黒髪の美女の元へ駆け寄るところだった。
「と、富瀬くんっ⋯⋯!」
思わず二階の手すりを両手で掴み、身を乗り出すように声を上げると、黒髪の美女が横目でちらとこちらを伺うのが分かった。
何だろう、と思う間もなく、黒髪の美女が奏也の耳元に口を近付けて何かを囁く。
すると⋯⋯
「⋯⋯っ!」
次の瞬間、女子生徒は、声にならない叫び声を上げて、自分の口を手で覆った。
中庭では、奏也が黒髪の美女に口付けをしているところだった。
彼女は、女子生徒が二階から自分を見ていることに気付いていて、わざと奏也にキスをさせたのだ。
私に見せつけるように。
「ひどい⋯⋯」
女子生徒の目に涙が浮かぶ。
それは、すぐに悲しみの色から怒りの色へと変わり、女子生徒は、爪が手のひらに食い込むほど強く手を握りしめた。
「私のこと、ばかにして⋯⋯絶対に許さない⋯⋯っ!!」
女子生徒の焦げ茶色の瞳に、強い怒りの炎が宿っていた。
二人のすぐ側には、ステンドグラスのはめ込まれた窓があり、陽の光が透けて、そこに描かれた女神の絵を美しく輝かせていた。
愛と美の女神ヴィーナス、またの名をアフロディーテ。
ここ私立聖夢学園の新校舎には、
中庭を見渡せる2階の渡り廊下にあるこのステンドグラスの前で、誰にも見られることなく愛の告白をすることが出来れば、恋が成就するという言い伝えがある。
私、と女の方が先に口を開いた。
最近の流行を取り入れた聖夢学園の制服が良く似合う、栗色の髪を肩まで伸ばした子リスのような女の子だ。
向かい合う男の方は、じっと押し黙ったまま、彼女の言葉を待った。
流行を追いすぎて着こなすのが難しいと噂される聖夢学園の制服をさらりと着こなし、爽やかな面立ちに程よく厚みのある身体と背の高い二枚目だ。
二人が向かい合って並ぶ姿は、まるで一枚の絵のように見えた。
「⋯⋯私、富瀬くんのことがずっと好きでした。
私と⋯⋯付き合ってくれませんか?」
女子生徒は、その小さな肩を震わせながら、祈るように目を瞑って下を向いた。
ステンドグラスの女神アフロディーテが二人を色彩豊かな光で包み込む。
一瞬の間。
告白された男子生徒が嬉しそうな笑みを浮かべて答えた。
「ありがとう。君の気持ちは嬉しいよ。
でも、俺……」
しかし、彼の言葉は、突然の闖入者によって遮られた。
「奏也」
涼やかで凛とした女の声だった。
その瞬間、空に雲がかかり、ステンドグラスから放たれていた色彩豊かな光のベールが取り払われた。
顕れたのは、頬を赤らめた女子生徒とは反対に、やや青ざめた男子生徒の顔。
彼が声のした方へと顔を向けると、
つられて女の方もそちらへ視線をやる。
そこには、中庭からこちらを見あげる仁王立ち姿の女子生徒の姿があった。
その時、雲間から一筋の陽の光が差し込み、中庭に立っていた女子生徒を照らした。
彼女は、天然のスポットライトを浴びながら、腰まで伸ばした黒髪をひと房手で払った。
それは、まるで絹のように艶めき、聞こえるはずのないハープの音色を奏でているかのようだった。
彼女もまた、同じ聖夢学園の制服を着ているというのに、まるで違う服を身に付けているようだ。
陶器のように白い肌、すらりと伸びる手足、メリハリのある身体つき、そして、二階から見ても判るほどにはっきりとした目鼻立ちは、彼女がそんじょそこらの美人ではないことを告げていた。
何より特別で高貴なオーラが彼女にはあった。
見る者をそれだけで圧倒させるような存在感を放っている。
「奏也、帰るわよ」
黒髪の美女は、先程よりも強い口調で命令するように言い放った。
それを聞いた男子生徒は、少しバツが悪そうに隣にいる女子生徒へ向き直ると、さっと頭を下げる。
「ごめん。君の気持ちには、答えられない。
俺には、許嫁がいるんだ」
「え⋯⋯」
それだけ言うと、男子生徒は、困惑した表情の彼女を一人そこへ残し、その場を立ち去った。
〝許嫁〟という時代錯誤な言葉が女子生徒の頭の中で反芻される。
それが所謂〝婚約者〟であるという考えに至った時には、中庭でちょうど彼が黒髪の美女の元へ駆け寄るところだった。
「と、富瀬くんっ⋯⋯!」
思わず二階の手すりを両手で掴み、身を乗り出すように声を上げると、黒髪の美女が横目でちらとこちらを伺うのが分かった。
何だろう、と思う間もなく、黒髪の美女が奏也の耳元に口を近付けて何かを囁く。
すると⋯⋯
「⋯⋯っ!」
次の瞬間、女子生徒は、声にならない叫び声を上げて、自分の口を手で覆った。
中庭では、奏也が黒髪の美女に口付けをしているところだった。
彼女は、女子生徒が二階から自分を見ていることに気付いていて、わざと奏也にキスをさせたのだ。
私に見せつけるように。
「ひどい⋯⋯」
女子生徒の目に涙が浮かぶ。
それは、すぐに悲しみの色から怒りの色へと変わり、女子生徒は、爪が手のひらに食い込むほど強く手を握りしめた。
「私のこと、ばかにして⋯⋯絶対に許さない⋯⋯っ!!」
女子生徒の焦げ茶色の瞳に、強い怒りの炎が宿っていた。
10
あなたにおすすめの小説
逃げたい悪役令嬢と、逃がさない王子
ねむたん
恋愛
セレスティーナ・エヴァンジェリンは今日も王宮の廊下を静かに歩きながら、ちらりと視線を横に流した。白いドレスを揺らし、愛らしく微笑むアリシア・ローゼンベルクの姿を目にするたび、彼女の胸はわずかに弾む。
(その調子よ、アリシア。もっと頑張って! あなたがしっかり王子を誘惑してくれれば、私は自由になれるのだから!)
期待に満ちた瞳で、影からこっそり彼女の奮闘を見守る。今日こそレオナルトがアリシアの魅力に落ちるかもしれない——いや、落ちてほしい。
婚約破棄を伝えられて居るのは帝国の皇女様ですが…国は大丈夫でしょうか【完結】
繭
恋愛
卒業式の最中、王子が隣国皇帝陛下の娘で有る皇女に婚約破棄を突き付けると言う、前代未聞の所業が行われ阿鼻叫喚の事態に陥り、卒業式どころでは無くなる事から物語は始まる。
果たして王子の国は無事に国を維持できるのか?
【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね
江崎美彩
恋愛
王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。
幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。
「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」
ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう……
〜登場人物〜
ミンディ・ハーミング
元気が取り柄の伯爵令嬢。
幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。
ブライアン・ケイリー
ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。
天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。
ベリンダ・ケイリー
ブライアンの年子の妹。
ミンディとブライアンの良き理解者。
王太子殿下
婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。
『小説家になろう』にも投稿しています
『二流』と言われて婚約破棄されたので、ざまぁしてやります!
志熊みゅう
恋愛
「どうして君は何をやらせても『二流』なんだ!」
皇太子レイモン殿下に、公衆の面前で婚約破棄された侯爵令嬢ソフィ。皇妃の命で地味な装いに徹し、妃教育にすべてを捧げた五年間は、あっさり否定された。それでも、ソフィはくじけない。婚約破棄をきっかけに、学生生活を楽しむと決めた彼女は、一気にイメチェン、大好きだったヴァイオリンを再開し、成績も急上昇!気づけばファンクラブまでできて、学生たちの注目の的に。
そして、音楽を通して親しくなった隣国の留学生・ジョルジュの正体は、なんと……?
『二流』と蔑まれた令嬢が、“恋”と“努力”で見返す爽快逆転ストーリー!
貧乏人とでも結婚すれば?と言われたので、隣国の英雄と結婚しました
ゆっこ
恋愛
――あの日、私は確かに笑われた。
「貧乏人とでも結婚すれば? 君にはそれくらいがお似合いだ」
王太子であるエドワード殿下の冷たい言葉が、まるで氷の刃のように胸に突き刺さった。
その場には取り巻きの貴族令嬢たちがいて、皆そろって私を見下ろし、くすくすと笑っていた。
――婚約破棄。
【完結】たぶん私本物の聖女じゃないと思うので王子もこの座もお任せしますね聖女様!
貝瀬汀
恋愛
ここ最近。教会に毎日のようにやってくる公爵令嬢に、いちゃもんをつけられて参っている聖女、フレイ・シャハレル。ついに彼女の我慢は限界に達し、それならばと一計を案じる……。ショートショート。※題名を少し変更いたしました。
悪役令嬢のビフォーアフター
すけさん
恋愛
婚約者に断罪され修道院に行く途中に山賊に襲われた悪役令嬢だが、何故か死ぬことはなく、気がつくと断罪から3年前の自分に逆行していた。
腹黒ヒロインと戦う逆行の転生悪役令嬢カナ!
とりあえずダイエットしなきゃ!
そんな中、
あれ?婚約者も何か昔と態度が違う気がするんだけど・・・
そんな私に新たに出会いが!!
婚約者さん何気に嫉妬してない?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる