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【本編】
一難去ってまた一難
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「コウヤ、あのさ……」
「ん、何?」
食卓を挟んで向かいに座っているコウヤが空になった自分のお皿から顔を上げた。
私は、何と言って切り出せば良いのか分からず、コウヤが夕飯に作ってくれた生姜焼きの玉ねぎをお箸でつつく。
「最近……夜………………夜、よく眠れてる?!」
「夜? うん、よく眠れてるよ。
どうして?」
「いや…………そっか、それなら良いのよ。
ほら、最近、雨が多い所為で、蒸し蒸しするでしょう。
だから、夜寝にくくないかなーって」
「俺は、大丈夫だよ。暑さには結構強いんだ。
ファムは、大丈夫?
……あ、もしかして、それで食欲ない?
もっとさっぱりした料理の方が良かったかな」
コウヤが私のお皿を見て、申し訳なさそうな顔をする。
私のお皿の上には、まだ生姜焼きがほとんど手付かずのまま残っている。
「ううん、そんなことない!
コウヤが作ってくれた生姜焼き美味しいよ。
これは、味わって食べてるだけで……」
(ちっがーう!
こんなことが言いたいんじゃないでしょ、私はっ)
「そう。それなら良いけど、もし体調が悪いなら無理しないで良い。
明日のお弁当に入れても良いし、それか俺が食べるよ」
「あ、うん…………ありがとう」
(こんなんじゃ、ダメ。
ちゃんと自分の気持ちを伝えるって、決めたじゃない)
私は、意を決して箸を置くと、肩に力を込めてコウヤを真正面から見据えた。
「あのね、コウヤ!」
「うん?」
コウヤが首を少し傾げながら私を見返す。
「私…………まだちゃんと、自分の気持ちをコウヤに伝えてないなって思って……」
その時、私は、コウヤの黄緑色の瞳が暗く影るのを見逃さなかった。
一瞬、私たちの間に気まずい空気が流れる。
(え、どうして……?)
コウヤはきっと、私がコウヤの気持ちに答えることを待っているのだと思っていた。
でも、今、目の前にいるコウヤの態度からは、むしろ後ろめたさのようなものを感じる。
私が戸惑いながらもコウヤを見ていると、コウヤがふいと私から視線を外した。
まるで聞きたくないとでも言うように――――。
その時、食卓の端に置いてあった私のスマホが着信を告げた。
反射的に視線をスマホに向けると、上を向けてあった画面に【純也】の文字が表示されている。
(こんな時に……)
私は、最初無視しようかと思ったが、着信は止まない。
仕方なく私は、この気まずい空気から逃れるようにスマホを手に取った。
「…………はい」
純也の焦った声が聞こえてきた。
『百合がそっちへ行ってないか?』
「……え、百合が? どうして?
こっちには来てないけど……」
私は、コウヤと視線を合わせた。
コウヤも知らないというように眉をひそめる。
『いなくなったんだ。
自殺するって、俺のとこにチャットが入って……』
「え、自殺?!
ちょっと、どういうこと?」
『どうしよう、俺の所為だ。
俺が百合に、もうお前とは会えないって言ったから……』
純也の声から気が動転していることが分かる。
「とりあえず落ち着いて。
百合の家には行ったの?」
『行った。でも、まだ帰って来てないって……』
「他に百合が行きそうな所は?」
『…………わかんねぇ。
俺、あいつのこと、ちゃんと見てやれてなかった…………』
「とりあえず、私たちも探すから、純也、今どこにいるの?」
『…………大学の部室』
「わかった。
今から私たちも思い当たるところを探してみるから、純也は、そのまま大学の付近を探してみて。
チャットで連絡取り合おう」
私は、スマホを切ると、手短に純也から聞いた話の内容をコウヤに伝えた。
「〝ジサツ〟って、自分を殺すってことだよね?」
「…………そうよ。百合のことだから、本気じゃないとは思うけど……」
おそらく純也に別れを告げられて、彼の気を引こうとそんなことを言ったのだろう。
でも、少し前にこの部屋で見た百合の仄暗い笑みが私の脳裏に浮かぶ。
何をするか分からない、得体の知れない不気味さのようなものをあの時はじめて百合に感じた。
私も、純也も、誰も百合の本当の中身を知ろうとしていなかったのかもしれない。
「その百合って女の匂いが分かるようなもの、何かないか?」
「匂い? ……あ、そうか。
コウヤなら百合の匂いを辿って探せるのね。
でも、百合のものなんて、ここには……」
以前、雨に濡れた百合を家にあげて、シャワーを浴びさせたことがあったが、
あの時濡れていた服は、既に百合が持って帰ってしまっている。
「……あ、百合に貸した服!」
私は、畳んでクローゼットの引き出しにしまってあった服を取り出した。
あの後、すぐに百合の家から迎えの車が来て、着替えの服を持って来てくれていたので、私が貸した服はすぐに脱いでしまっていたのだ。
特に汚れてもいないしと、洗わずしまっておいたのが幸をなしたようだ。
「どうかな……あれから、しばらく経ってるから、匂いが消えちゃってない?」
私が服を渡すと、コウヤが鼻を近づけて匂いを嗅ぐ。
「…………うん、大丈夫。
少しだけど、あの子の匂いだって分かるから、充分」
コウヤが任せて、と言うように笑みを見せる。
「コウヤ……」
「大丈夫。ファムの大事な人は、俺にとっても大事だから。
絶対に見つけるよ」
(大事な人……)
果たして、そうだろうか。
百合のことは、慕ってくれる可愛い後輩だと思ってはいたが、純也のことがあって、私自身は距離を置いていた。
純也と付き合っていることを隠していた後ろめたさもあったが、百合の私には無い誰からも好かれる愛嬌が妬ましいと思ったこともある。
(あんなに恨まれていたなんて、知らなかったし……)
こんな私が百合のことを大事な人だと言える資格があるのだろうか。
(でも今は、とにかく百合を見つけなきゃ)
私は、無理やり気持ちを切り替えると、
コウヤと百合を探しに、暗い外へと飛び出して行った。
「ん、何?」
食卓を挟んで向かいに座っているコウヤが空になった自分のお皿から顔を上げた。
私は、何と言って切り出せば良いのか分からず、コウヤが夕飯に作ってくれた生姜焼きの玉ねぎをお箸でつつく。
「最近……夜………………夜、よく眠れてる?!」
「夜? うん、よく眠れてるよ。
どうして?」
「いや…………そっか、それなら良いのよ。
ほら、最近、雨が多い所為で、蒸し蒸しするでしょう。
だから、夜寝にくくないかなーって」
「俺は、大丈夫だよ。暑さには結構強いんだ。
ファムは、大丈夫?
……あ、もしかして、それで食欲ない?
もっとさっぱりした料理の方が良かったかな」
コウヤが私のお皿を見て、申し訳なさそうな顔をする。
私のお皿の上には、まだ生姜焼きがほとんど手付かずのまま残っている。
「ううん、そんなことない!
コウヤが作ってくれた生姜焼き美味しいよ。
これは、味わって食べてるだけで……」
(ちっがーう!
こんなことが言いたいんじゃないでしょ、私はっ)
「そう。それなら良いけど、もし体調が悪いなら無理しないで良い。
明日のお弁当に入れても良いし、それか俺が食べるよ」
「あ、うん…………ありがとう」
(こんなんじゃ、ダメ。
ちゃんと自分の気持ちを伝えるって、決めたじゃない)
私は、意を決して箸を置くと、肩に力を込めてコウヤを真正面から見据えた。
「あのね、コウヤ!」
「うん?」
コウヤが首を少し傾げながら私を見返す。
「私…………まだちゃんと、自分の気持ちをコウヤに伝えてないなって思って……」
その時、私は、コウヤの黄緑色の瞳が暗く影るのを見逃さなかった。
一瞬、私たちの間に気まずい空気が流れる。
(え、どうして……?)
コウヤはきっと、私がコウヤの気持ちに答えることを待っているのだと思っていた。
でも、今、目の前にいるコウヤの態度からは、むしろ後ろめたさのようなものを感じる。
私が戸惑いながらもコウヤを見ていると、コウヤがふいと私から視線を外した。
まるで聞きたくないとでも言うように――――。
その時、食卓の端に置いてあった私のスマホが着信を告げた。
反射的に視線をスマホに向けると、上を向けてあった画面に【純也】の文字が表示されている。
(こんな時に……)
私は、最初無視しようかと思ったが、着信は止まない。
仕方なく私は、この気まずい空気から逃れるようにスマホを手に取った。
「…………はい」
純也の焦った声が聞こえてきた。
『百合がそっちへ行ってないか?』
「……え、百合が? どうして?
こっちには来てないけど……」
私は、コウヤと視線を合わせた。
コウヤも知らないというように眉をひそめる。
『いなくなったんだ。
自殺するって、俺のとこにチャットが入って……』
「え、自殺?!
ちょっと、どういうこと?」
『どうしよう、俺の所為だ。
俺が百合に、もうお前とは会えないって言ったから……』
純也の声から気が動転していることが分かる。
「とりあえず落ち着いて。
百合の家には行ったの?」
『行った。でも、まだ帰って来てないって……』
「他に百合が行きそうな所は?」
『…………わかんねぇ。
俺、あいつのこと、ちゃんと見てやれてなかった…………』
「とりあえず、私たちも探すから、純也、今どこにいるの?」
『…………大学の部室』
「わかった。
今から私たちも思い当たるところを探してみるから、純也は、そのまま大学の付近を探してみて。
チャットで連絡取り合おう」
私は、スマホを切ると、手短に純也から聞いた話の内容をコウヤに伝えた。
「〝ジサツ〟って、自分を殺すってことだよね?」
「…………そうよ。百合のことだから、本気じゃないとは思うけど……」
おそらく純也に別れを告げられて、彼の気を引こうとそんなことを言ったのだろう。
でも、少し前にこの部屋で見た百合の仄暗い笑みが私の脳裏に浮かぶ。
何をするか分からない、得体の知れない不気味さのようなものをあの時はじめて百合に感じた。
私も、純也も、誰も百合の本当の中身を知ろうとしていなかったのかもしれない。
「その百合って女の匂いが分かるようなもの、何かないか?」
「匂い? ……あ、そうか。
コウヤなら百合の匂いを辿って探せるのね。
でも、百合のものなんて、ここには……」
以前、雨に濡れた百合を家にあげて、シャワーを浴びさせたことがあったが、
あの時濡れていた服は、既に百合が持って帰ってしまっている。
「……あ、百合に貸した服!」
私は、畳んでクローゼットの引き出しにしまってあった服を取り出した。
あの後、すぐに百合の家から迎えの車が来て、着替えの服を持って来てくれていたので、私が貸した服はすぐに脱いでしまっていたのだ。
特に汚れてもいないしと、洗わずしまっておいたのが幸をなしたようだ。
「どうかな……あれから、しばらく経ってるから、匂いが消えちゃってない?」
私が服を渡すと、コウヤが鼻を近づけて匂いを嗅ぐ。
「…………うん、大丈夫。
少しだけど、あの子の匂いだって分かるから、充分」
コウヤが任せて、と言うように笑みを見せる。
「コウヤ……」
「大丈夫。ファムの大事な人は、俺にとっても大事だから。
絶対に見つけるよ」
(大事な人……)
果たして、そうだろうか。
百合のことは、慕ってくれる可愛い後輩だと思ってはいたが、純也のことがあって、私自身は距離を置いていた。
純也と付き合っていることを隠していた後ろめたさもあったが、百合の私には無い誰からも好かれる愛嬌が妬ましいと思ったこともある。
(あんなに恨まれていたなんて、知らなかったし……)
こんな私が百合のことを大事な人だと言える資格があるのだろうか。
(でも今は、とにかく百合を見つけなきゃ)
私は、無理やり気持ちを切り替えると、
コウヤと百合を探しに、暗い外へと飛び出して行った。
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