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【本編】

番(つがい)としての覚悟

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私と百合は、コウヤの案内で、東城先生の診療所を訪れた。
純也は、訳が分からない顔をしていたが、あとで説明するからと言い含めて、別れた。

東城先生は、深夜にインターホンを鳴らしまくって起こしたコウヤを見て、殺気すら漂わせていたが、深刻そうな私と百合の顔を見て、渋々中へ入れてくれた。
事情を説明すると、大きくため息をつく。
そして、予想外の言葉を口にした。

「あなたを彼に会わせるわけにはいかないわ」

「どうしてですか?!
 また私の時みたいに、賭けをしてるとか言うつもりですか?
 もういい加減にしてください。
 百合は、彼が本当に死んだと思っていたから、
 会いに来たくても来れなかったんです。
 2人を会わせてあげてください」

私が前のめりになって訴えても、東城先生は、顔色1つ変えず、涼しい顔で答えた。

「彼は、あなたに会いたくないと言っているのよ。
 それでも、あなたは彼に会いたい?
 自分が傷つくと分かっていても?」

「ソラが…………当然ね。
 私のせいで、彼は自由を奪われた。
 私を恨んで当然だわ。
 それに、彼が死んだと思っていたとはいえ、
 彼のことを忘れてのうのうと生きてきた私に、今更彼に会う資格なんて……」

「資格って何よっ。
 好きな人に会いたいと思う気持ちに、どうして資格がいるの?
 百合、素直になって。
 あなたが彼のことを忘れてたなんて、嘘。
 そうじゃなきゃ、うさぎ小屋に閉じこもる筈がない。
 あなたにとって、そこが彼と出会った想い出の場所だったからでしょう?
 今でもあなたは、彼のことを忘れてない証拠だわ」

百合は答えない。
俯いて、じっと何かに耐えるような表情をしている。
東城先生がふぅとため息をついた。

「あなたたちは、〈獣人ベスティアン〉とつがいになる、という意味が本当に分かっている?
 親兄弟、友人、これまで築いてきたキャリアも全て捨てて、知らない惑星に移住するようなものなのよ。
 一時の感情だけに流されて、やっぱり後になって違ってました、なんて無理よ。
 〈獣人ベスティアン〉は、離婚を絶対に許さないし認めない。
 この世界にだって、二度と戻って来られなくなるのよ。
 その覚悟があなたたちにある?
 今まで築いてきたものを全て捨てて、彼に自分の一生を捧げる覚悟が」

(そっか……この世界には、もう戻ってこられないんだ……)

私の脳裏に、両親や親しい友人たちの顔が浮かぶ。
彼らともう二度と会えなくなるのだ。

重苦しい空気の中、唐突に百合が口を開いた。

「……私は、ソラが死んだなんて、信じられなくて。
 いつか彼が私の目の前に現れて、私をこの世界から救い出してくれることを何度も想像してた。
 私の両親は、もう長い間、お互い愛人と仕事に夢中で別居中。
 私の誕生日には山のようなプレゼントが贈られてくるけど……でも、それだけ。
 父親なんて、優しく抱きしめられた記憶もない。
 周囲は皆、私を社長令嬢としてしか見てくれないくて、誰も本当の私を見てくれる人なんて、いなかった。

 でも、ソラだけは、ソラだけが生身の私を欲してくれた。
 私のことを本当の意味で知ろうとしてくれて、愛を教えてくれたのは、ソラだけなの。
 私は……私は、ソラがいない世界でなんて、もう生きていけない……!」

百合の目尻に大粒の涙が浮かび、それは、百合の白い頬に跡をつけて流れた。
私は、胸が痛くて張り裂けそうで、
でもこの痛みが、百合のものなのか、自分自身のことなのか分からなくて、口を引き結んだ。

「…………だ、そうよ。どうするの? ソラ」

東城先生が誰もいない空に向かって話し掛けた。
すると、隣の部屋へ続く扉が開き、見たことの無い一人の青年が顔を出した。
背はあまり高くない。
華奢な体つきにアイドル顔負けの童顔は、高校生くらいにも見える。
髪は、薄い水色をして、陶器のような白い肌。
瞳の色は、金色に近い薄緑色をしている。

「ソラ……?」

百合が驚愕に満ちた顔で青年の名を呼ぶ。
彼がソラなのだろう。

「ユリ……君を一人にさせて、本当にごめん。
 僕は非力で、君をあの家から連れ出す勇気も力もなかった。
 君のために何もしてあげられない自分が許せなくて、僕には、ユリをお嫁さんにする資格なんてない……だから……」

百合は、ソラに向かって大股で歩み寄り、勢いよく平手打ちをした。
皆が驚いて見つめる中、百合がソラに抱きつく。

「…………生きててくれて、ありがとう……!」

その言葉を聞いたソラは、破顔して泣きながら百合を抱き締めた。
百合も声を上げて泣いていた。
いつの間にか私の目からも涙が零れていた。
東城先生は、目を瞑って俯いていたけど、その口元には、満足そうな笑みが浮かんでいたのを私は見逃さなかった。
ただコウヤだけは、何か思うところがあるのか、泣きながら抱き合う二人を見ながら、複雑そうな表情をしていた。


ソラは生きている、というコウヤの読みは、やはり正しかった。
動物愛護センターに連れて来られたソラを見つけた東城先生は、ウサギとしてのソラを死んだことにして匿っていたのだ。
6年前からこういう行為をしていたということは、東城先生は一体いつからこの世界に居るのだろう。

百合の決断は早かった。
家族にどう話すかとか、学校はどうするのか、とかそういう諸問題などは、愛する人を得た彼女からしてみれば、何の障害にもなり得ないようだった。
今すぐにソラと異世界へ行くと言う百合を止める人は、誰もいない。

(そう言えば、一体どうやってコウヤたちの世界へ行くんだろう?)

私の考えを読んだかのように、東城先生がにっと笑みを向ける。

「あなたも今後の参考に見学して行く?」
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