ヤクザは喋れない彼女に愛される

九竜ツバサ

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8 血

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「お前の親父が、うちの組に世話になってことは知ってるな? あの人は喧嘩も強かったが、子煩悩でも有名だった。でも、シノギのほうは上手くなかった。上納金を稼ぐのにも四苦八苦していたと聞いてる。いつしか組の金を持って逃げた。ケジメをつけさせに行ったのは、当時の俺のアニキ分だった。結局その人も、金に目がくらんで飛んじまったが」

 律は指先一つ動かさないで、耳を傾けていた。

「アニキの腕には、三日月のすじぼりが彫ってあった。俺はそれを真似て、満月を彫った」

「えッ」

 カウンターに乗せた腕を揺らし、割れんばかりの音を立てたのは仁司だった。口元を押さえて驚愕の表情を浮かべている。

「アンタも月のすじぼりなんてセンスの無いもん入れてたの? ほら見せて見なさいよ。ヤダ、これが月ですって? せめてクレーターも彫りなさいよ、こんなのただの丸よ丸。月と丸を見間違える人なんていないわ」

 カウンターから出てきて、蓮の右袖を無理矢理捲り上げた仁司が、臭いものを見るような目で蓮を見た。抵抗する気力もない蓮は脱力しながら、諦めたようにぼそぼそと話す。

「放っておけ。……何も言い訳はしねぇ。哀しませるようなことをして、すまなかった。俺はお前の親父を殺した野郎の弟分だ。殴りたきゃ殴れ。殺りたきゃ殺れ」

 蓮は、すでに腫れている左頬を律に向けた。
 目を丸くした律は、己の拳が届く距離まで近付き、右手を握ったり開いたりする。

 蓮が、覚悟を決めたように目を瞑る。
 律は迷った仕草の後、平出を作ったまま唇を引き結んで、無防備な蓮の顔を見つめた。

「遠慮は要らねぇぞ」

 その言葉を合図に、律は思いきり手を振り上げた。
 蓮が衝撃に耐えるように身体を強張らせる。

 ……しかし、待てども予期していた痛みを食らうことはなかった。
 代わりに、柔らかく温かいものが、蓮の両頬を包んだ。

 蓮が、おそるおそる目を開ける。
 目前で、律が泣き笑いの表情を浮かべていた。

「……何で殴らねぇんだ」

 蓮が切なそうに顔を歪める。
 律の下瞼には涙が一粒乗っていた。

「だって、蓮さんは悪いこと何もしてないもの」

 その涙が、瞬きに合わせてはらりと落ちる。
 
「私だって、お父さんを殺した人と蓮さんに関係があることは、何となく分かっていました。だって、そんな中途半端な刺青入れてる人たちが、無関係とは思えなかったから」

 律が、気遣うように明るい声を出す。
 しかし瞳から零れる涙は止まらなかった。その粒が、クリーム色のスカートに点々と染みをつくる。
 仁司が痛ましげな表情で律の細い肩を抱こうとしたとき、蓮は律の身体を正面から抱き締めた。

「悪かった。辛い思いをさせた」

 連は、腕の中に収まる小さな身体にめいっぱいの愛おしさを伝えるように、両腕に力を籠めた。このまま皮膚が溶けて一つになればいいと思った。哀しみを半分分けてもらえたら、律の涙も止まるかもしれないと幼稚にも考えた。

 律の父親を殺したのはアニキだ。しかし、その人を探す手伝いをしたのは、紛れもない蓮だった。
 やりきれない思いがつのって身体が震える。
 律が、蓮の胸に額を寄せながら首を振った。

「蓮さんは悪くないです」

 律の双眸は、希望のきらめきを宿していた。
 
 蓮はそれに焼かれたように顔を歪め、
「……でも、少なくともこれは俺のせいだ」
と律の額を汚す、どす黒い血液を親指で拭った。

 彼女は、心配そうな蓮に「大したことないです」と笑って見せる。
 蓮が、律の頬を撫でる。
 血と涙が白皙の上で混ざり、手のひらがぬるぬると滑った。

 傍にいながら蚊帳の外の仁司は、面白くなさそうに息をついて、もとから低い声をますます低くした。

「アンタたちさァ、イチャつくんなら余所でやってくんない?」

 顔を顰め、しっしと虫を払うような動作をして見せる。

 申し訳なさそうに蓮から身体を離そうとする律。
 しかし、連は見せつけるように彼女を抱き直し、薄桃色の唇にくちづけをした。驚いた律がぱっと口を開く。その隙を見つけて、蓮は彼女の口内に自分の舌を押し入れた。

「んん…………っ」

 血の鉄臭い味が二人の口内に広がる。

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