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第1章 魔力要員として召喚されましたが暇なので王子様を癒します

32 束の間の陽だまり

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 日の出と共にレヴィのベッドで目覚め、レヴィの選んだ服に袖を通す。
 味噌汁と魚を焼く匂いが、二階のこの部屋にも漂ってきた。
 もうじき鍛錬を終えたレヴィが呼びに来るだろう。
 レヴィと二人きりの静かな王城の部屋も良いけれど、フィヨルギー家の明るく温かい部屋と、使用人の笑顔が、玲史にとってはどこよりも落ち着く。
 ここが我が家なのだとしみじみと感じた。
「あいたた……」
 昨夜も酷使した腰をさすりながら、濡れた布で顔を拭き、身支度を整える。
 遠征の事後処理で慌ただしかった王城は、最近やっと落ち着きを取り戻した。
 雪深い農村地域では一時的に魔獣の被害が減り、第一騎士団への討伐依頼も少なくなったと聞く。
 転移当初のような穏やかな日々が戻って来た。
「レイジー、おはよう」
 扉が開き、冷たい空気と共に、煌めきをまとった王子様が顔を見せる。
 プラチナブロンドが、朝日を浴びてキラキラと輝いている。
 レヴィは歩み寄り、抱きしめて唇に触れるだけの口づけを落とす。
 玲史も、シャツ越しに熱を放つ恋人の体を抱き返し、首元に頭を押し付ける。
「おはよう、レヴィ」
「体は辛くないか?」
 大きな手で腰を撫でる。
「まだ、ちょっと慣れないね。腰と股関節が痛いけど、ここに来る前に比べたら絶好調だよ」
 顔を上げると、レヴィが手櫛で髪を整えてくれる。
「強くて優しくて格好いい恋人が、ベッドでも可愛がってくれるから、今まで生きてきた中で一番幸せだよ」
 ちょっとあざとすぎるだろうかと思いながらも上目づかい微笑むと、レヴィの耳が赤く染まった。
「朝からそんなことを言っていると、また昨夜のように泣かせるぞ」
「それは勘弁! 今日はセティ殿下に呼ばれてるんだから、支度しなきゃ。それに、腹も減ったしね」
 可愛い子ぶるのはやめて、明るくおどけて見せる。
「そうだな、兄上の用件は何なのだろうな……」
 レヴィの眼差しには暗い影が過る。彼も、二人の関係について指摘を受けたのだろうか。

 朝食を済ませて外に出ると、昨夜からの雪で庭一面が白く染まっていたが、空気はそれほど寒くない。
 湿った雪を踏みしめて馬車に乗り込み、一行は王城へ向かった。
「なあ、レイジー、元の世界に帰らないよな?」
「あ、ああ、そうだね」
 アンディに言われるまで、考えもしなかった。
 転勤と言われればどこへでも異動した若手時代を経験したせいか、帰るという発想が全くなかった。それに……
「命がけの術を他人にやらせてまで、帰ろうとは思わないよ」
 玲史の言葉に、レヴィが気まずそうに視線を逸らした。
「あー、それ、誰に言われた?」
 アンディの言葉に、レヴィが暗鬱な表情で口を開く。
「本当は、そんなに危険ではない。1年以内なら失敗の可能性も少ない」
「お前か!」
 レヴィの告白に、アンディが指をさす。
「レイジー、すまない。あの時は……」
「いいよ、レヴィ。もし帰れるとしても、ここで始めたことを投げ出すつもりはない。瘴気障害も解決していないし、魔道具作りも楽しいし、ここには大切な人がいるからね」
「レイジー!」
 水色の瞳を見つめたら、レヴィは玲史の腕を引いて自分の膝の上に座らせた。
 いい大人が、膝の上に跨って抱っこされる姿は、他人に見せたいものではないが、アンディだけならまあいいかと、そのまま身を委ねる。
「本当は、短い時間だけでも行って、お別れとか、事後処理が楽なようにしてきたいけど、現実的に、行って戻るのは難しいだろうしね。だから、良いんだよ」
 白い額にチュッと口付けると、レヴィは「良かった」と呟き、玲史の背中をギュっと抱きしめた。
「おい、俺が居るの、忘れんなよ」
「うん、アンディも大好きだよ」
 レヴィに抱き付いたまま、取り合えず言っておく。
「取ってつけたような言葉、ありがとな」
「俺も、レイジーと兄上の次に好きだからな」
「あー、はいはい」
 そんな、ふざけたやり取りも居心地が良くて、胸の中が温かくなる。
 もうすぐ長い冬が終わる。
 春には魔術学の特別講義を受けることを打診されている。
 恋に夢見る時間が終わった時の為に、玲史自身のコミュニティを作るのもいいかもしれない。
 今日の呼び出しはそのことだろうか。
 セティには遠征後から会っていないから、かなり気が重い。
「ああ……行きたくない……レイジーを部屋に閉じ込めて、ずっとそこで暮らしたい」
「そう来たかー。お前、それ普通に怖いよ」
「俺は、やりたいことやらせてくれるなら、内職でも別に構わないよ」
「レイジー、こいつ本気にするからそういうこと言うなよ」
(本気にしてくれても、別にいいんだけどね)
 レヴィの憂鬱そうな顔を見るに、やはりセティから何か言われているのだろう。

 王城に着き、二人はアンディと別れてセティの執務室に来ている。
 しばらく前まで酷い顔色をしていたセティは、今は輝く美しさを取り戻していた。
「エナジードリンクには大変お世話になったよ。改良版のおかげで何とか乗り切れた」
「良かったです。塔の皆さんが頑張ってくれました」
 ソファへと促され、レヴィと共に座る。
 ソファには余裕があるのに、ぴったり寄り添って座るレヴィから、少し尻の位置をずらして離れた。
 目の前の知的な瞳は、何もかもお見通しだとは思うが、小言の種は作りたくない。
「用件なのだけれど、塔の魔術師に依頼していた、ウェブ会議用タブレットの試作ができたので見てもらおうと思ってね」
 玲史がほっとして表情を緩めると、セティも苦みを感じさせる笑みを浮かべ、A5サイズ相当の石板を二つ出してきた。
 艶やかに磨かれた石板に、一回り小さいガラスがはめ込んである。
「同じ魔法陣を転写した魔石をセットすることで、双方の魔石の魔力が無くなるまで通信ができる。魔石に魔力を充填すれば続けて使用可能だ」
 石板に魔石をはめて玲史に渡し、セティも手元の石板に魔石をセットする。
 手に取ると、ガラスにセティが映った。
「お、映った」
 セティの手元から、少し遅れて玲史の声が聞こえる。
「改善点は、音声と画像が途切れたり遅れること、魔石の消耗が尋常ではないこと。この点を改善できれば、遠方の相手とウェブ会議ができるようになるよ」
 地球で何年もかけて現実のものとなった技術が、魔術の世界では数週間で出来てしまった。誇らしくもあり、恐ろしくもある。
「ブリーからの提案だったけど、原案はナヴィ卿が仕事で使っていた技術だそうだね。これは今後の国の運営に、大きな影響を与えるはずだ。改めて、使用法やアイディアの話し合いをしよう」
 石板から魔石を外して通信を切ると、今度は紙の束をテーブルに置く。
「次に、魔術の特別講義なのだけど、春には開講できなくなった。魔石の間の調査許可が下りたんだ。特別講義は、魔術省現職の職員が行うから、どうしても調査が優先になるからね。なので、可能であれば先生からの魔術指導にブリーを参加させて欲しい。どうだろうか」
「ゲンドルが了承しているなら、私は願ったりかなったりです」
 ブリーには家族のような情があるから、一緒に過ごして話を聞いてあげたり励ましてあげたい。
 そんな、お人好し発動中の玲史を見る、兄弟の目が鋭く光る。
「ブリーは、随分と貴方のことを気に入っているようだね。どんな秘密の話をしたのかな」
 セティの笑っているけど笑っていない目も怖いが、レヴィの視線も痛い。
「えっと……ブリー様も色々と悩み多き年頃なので、内容は秘密です。兄のように慕ってくださってるだけで、疚しいことは、決してありませんよ」
「分かっているよ。貴方は慈悲深い人だから、情が移れば他人でさえも甥や妹のように大切にするのだものね」
 最期のほうは、低い声で冷たく言われ、彼の能面のような笑みに、ビクリと体を硬くする。
「私の婚約者は、最近少し言動がおかしいことがあって心配だったから、ナヴィ卿が聞いくれると私も助かるよ。よろしく頼むね」
 だが、次の瞬間には、もう穏やかな表情に戻っている。
 背中に嫌な汗をかきながら、笑顔を作って了承した。
 魔石の間の準備が整った際には、調査に同行させてもらう事を約束して、執務室を後にした。
 レヴィは眉間にしわを寄せ、奥歯を噛み締めて無言で歩く。玲史はレヴィの手を取って、指を絡めた。
「ブリー様とは、本当に何もないからね?」
「分かってる。貴方は俺に惚れている」
 思わず笑みが漏れる。
「……ふふ。すごい自信」
「違うのか?」
「違わないねぇ」
 レヴィが、つないだ手をギュッと握りしめる。
「俺は貴方を決して手放さない」
 年若い恋人の熱烈なセリフに、玲史は甘い眩暈を感じた。

 その足で、二人は魔石の充填に向かった。
 魔石の間に近づくにしたがって、レヴィの顔色が悪くなっていく。
 瘴気の異常な増加は、深刻な状況になっているようだ。
 魔石の間に入り、すぐさま癒しハグを行う。
 レヴィを抱きしめたら、硬くなっていた体が徐々に弛緩する。
「ああ、温かい」
 今朝は熱いくらいだった体温も、今は玲史よりも冷たい。魔力を強めて、レヴィの体に流す。
 その時、背後の扉がゆっくりと開いた。
「あ、いた、ね」
 塔の魔術師が、二人を見て鍵を振っている。
「充填、する?」
 ローブの中から紙の束とペンを出して、玲史とレヴィの間に立つ。
 マイペースに作業を始めるディースに従い、掌を魔石に向ける。
 ディースは魔石に額を押し付けて、中を見ながら何やらブツブツと言い始めた。
「ディース? 大丈夫?」
「続けて!」
 初めて聞く大きな声に驚き、慌てて充填を再開する。
 すると、虹の中に歪んだ魔法陣が見えてきた。
 それは、徐々に歪みがなくなり、綺麗な円形の魔法陣になっていく。
 ディースは、紙にそれを書き写し始める。
 紙の上をペンが走る音が聞こえていたが、しばらくしたら、その音が止まった。
「いいよ……」
 ディースはまだ集中しているようで、紙とペンを持ったまま、独り言を言い始めた。
「組み合わせは、王族と、黒真珠? 二人だけ? 始祖王……濃い血……神の加護、が……隠蔽魔術、無効になる?」
「ディース?」
 呼んだが、彼の耳には届かず、宙を見て呟いている。
「レヴィ、こうなると、納得いくまで自分の世界から戻ってこないから、セティ殿下の執務室に置いてこよう。気になっていた魔法陣も書き写してくれたみたいだし、調査の参考になるかもしれない」
 レヴィと二人でディースの手を引き、さっき来た通路を戻っていった。
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