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第1章 魔力要員として召喚されましたが暇なので王子様を癒します

35 封印

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~長くなってしまいましたが、このまま投稿しちゃいます! 痛いシーンあります~

*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*

 王太子の従者から知らせが来たのは、正午前のことだった。
 フロスティ公爵家に賊が侵入し、部屋を監視していた騎士が昏倒させられ、令嬢が連れ去られた。
「俺は屋敷に戻っているから、レヴィは捜索に行って」
 荒事の場では、自分は無力だ。この場で足手まといになるよりも、治癒や封印が必要な場面で貢献すべきと判断した。
「しかし、貴方の身に何かあったら……」
「俺は大丈夫だよ、屋敷で大人しくしてるから」
 心配性で、お姫様扱いに拍車がかかるレヴィを笑う。
 異世界から来た部外者よりも、始祖王に恨みを買っているかもしれない自分達の身を案じて欲しいと玲史は思う。
「誘拐ではなく、始祖王に呼ばれて動いている可能性もあるよね。だとしたら魔石の間に注意して」
 家まで送ると言い張るレヴィを押し返し、馬車でフィヨルギー家に戻った。
 昼食を終えて、部屋で古代魔術と呪詛について記された本の表紙を開いた時、階下から叫び声と大きな物音が聞こえてきた。
 部屋から出て階段を見下ろすと、見たことのある魔術師が、取り縋るエイルを突き飛ばし、手に纏った炎を彼女に向けて構えていた。
「ちょっと待ったー!」
 玲史は転げるように階段を下りて、エイルの前に立った。
「黒……真珠……?」
 掌の炎は消えて、だらりと腕を下ろした。彼は討伐で一緒になった治癒魔術師だ。近くで見ると、頬は赤黒く腫れて、鼻と口から血を流し、瞳はキョドキョド動いて何度も瞬きをしている。
 エイルの腕を掴んで逃げようとするが、横から出てきた硬くて黒い物に当たって飛ばされた。
「見つけた」
 ざらついた声を聞いて、本能で悟った。これは、この世界に玲史を呼んだ声だ。
「セティ殿下の部下の人! どこかにいるんだよね! 狙いは俺だ! 使用人を非難させろ!」
 怒鳴って、黒い物体にタックルをする。
「そうなんだろう? 始祖王」
 背格好は玲史とそう変わらない。博物館で見たことのある鉄製の鎧よりも滑らかな、硬い革で出来たボディースーツのような鎧の中身は、恐らく始祖王だろう。
 恐怖で震えそうになるのを抑え、腹に力を入れて声を張る。
「うちの者に手を出すな」
 しがみついて、格子になった目元を睨めば、見えないはずなのに何故か分かる、ギラついた水色の瞳が、不気味に玲史を見つめている。
「面白い男だ。無尽蔵の魔力があるくせに怯えて震えて。そうかと思えば儂に歯向かってくるとは」
 始祖王は、玲史の髪を掴んで自分の体から引き剥がし、床に叩きつけた。
「うっ……」
 床に頭を打って蹲る玲史を、黒い鎧の爪先で蹴りつける。
「お前達、この男を拘束しろ」
 周囲を見ると、この場にいるのは始祖王と魔術師が4名、それに虚ろな目をしたユーハンだけだ。
 使用人は避難できたようだ。
 玲史はホッとして、体の力を抜く。殲滅が目的ならば、玲史などとっくに殺されていただろう。
 二人の魔術師が歩み寄り、床に座り込む玲史の両腕を押さえた。この二人も、動きが緩慢で目つきがおかしい。
 さっき、玲史の顔を見て攻撃をやめた治癒魔術師は、もう一人の魔術師の腰に抱き付き、呂律の回らない口で、彼を止めようとしている。
(術が解けかけてる?)
 これくらいなら、解呪できるかもしれない。
 拘束されたまま、掌だけを彼らに向け、呪詛から解放されるよう願いながら、治癒魔術を送る。二人の体が光り、瞳にも光が戻って来た時、目の前に黒い影が立ちふさがり、頬を硬いもので叩かれた。
「っ……」
 目の前が白くなって火花が散り、口の中に血の味が溢れる。
 視界が戻り、始祖王に鎧の平手で殴られたのだと知った。続けて横腹、太腿を蹴られ、初めての本気の暴力に晒されて、痛みと恐怖に抗う気力が失せた。
「随分と余裕があるな」
 始祖王が剣を玲史の喉に突き付ける。玲史が息を飲んだ瞬間、剣先が首から振り下ろされ、シャツが引き裂かれた。
 体に散る赤い愛の印を目にした始祖王の視線が、嫉妬に狂った女のものに変わった。
「お前ぇ!」
 中から女のヒステリックな声が聞こえ、振り上げた右手が玲史の頬に届く前に、黒鎧は蹲った。
「あうっ……」
「馬鹿め、大人しく眠っていればいいものを」
 同じ者から二つの声が聞こえた。いや、よく聞けば、しわがれた男の声に聞こえたものは、元は女の声だ。
「くぅ……、このような屈辱……許さない」
 今度は、左手に持った剣を振り上げる。だが、そのまま体が固まっている。
「まあ、待て。殺してしまったら魔力を搾り取ることができない」
「っ……ならば、お前達、この黒ネズミを穢して、二度とレヴィ様の前に出られないようにしておしまい!」
 命令されても、呪詛の解けかけている二人は動かない。他の二人は、玲史の腕を掴んだまま、ぼんやりと宙を見ている。
「ほら、お行きっ!」
 焦れたヴァナディスに蹴られたユーハンが、玲史のズボンに手を掛け、下着ごと引きずり下ろした。
 悪意を持っている者に急所を晒す恐怖に暴れると、足がユーハンの顔に当たった。
 いつものユーハンであれば、激昂して嫌みの応酬と、何倍もの反撃があるだろうが、気に掛ける様子もなく、淡々と玲史の服を脱がせている。本人の意思とは全く関係なく、操られているのだ。
 ならば、もう開き直り、少しでも引き延ばして、ダメージが少なくなるよう誘導するしかない。
 馬鹿げた辱めの儀式にヴァナディスが気を取られているうちに、少しでも情報を引き出して生き残る確率を上げるのだ。腹を決めて、ゆっくりと息を吐ききった。
「ヴァナディス様、何でもするから許してください……」
 哀れを誘うよう懇願すると、黒鎧の佇まいが女性的になった。今はヴァナディスの意識が優位に立っているようだ。
「お前が、凌辱され、汚れてボロボロになって、レヴィ様から捨てられたら許してあげましょう」
「お願いです。別れるから、レヴィとはもう会わないから、だから、させないで」
「お前にはプライドというものはないの! 卑しい平民が、高貴な存在のレヴィ様に目をかけられたのに、なんと傲慢な!」
 玲史は、更に哀れっぽく泣き真似をする。
「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ、私は卑しい平民なので、何も知らずに、申し訳ありません……」
「レヴィ様は王に、私は王妃となるためにこれまでの人生を懸けてきたのです。それを、お前のような薄汚れた下僕に台無しにされた! お前の破滅を見るまでは、許すことなどできない! ヘイムダル、やりなさい!」
 ヴァナディスの言葉に、ユーハンが玲史の足を開かせて、自分の服を下ろすが、萎えたままのそれでは行為に及べない。自分のモノを扱いて勃たせようとしているが、デリケートな部分の仕組みは、女のヴァナディスには理解できないようだ。操られているとはいえ、嫌いな相手でしかも男相手に上手くいくはずもない。
「早く! 何をやっているの……ったく、お前はキャンキャンと煩い」
 女の声から低い声に変わる。
「そっちはそっちで適当にやっておけ。さて、お前の魔力はどうやって奪おうか」
「魔力を奪ってどうするつもりだ?」
「愛する妃に裏切られ、恩知らず共に封印されたこの恨み、今こそ晴らすのだ。魔石の魔力を取り戻し、奴らの血縁全てを始末して、戦い、滅ぼし、国土を広げ、儂だけの最強の王国を作るのだ。まずはこの体から、お前の愛する王子に乗り換える。その為には奴に浸食できるだけの魔力が必要なのだ」
「俺を、この世界に呼んだのはお前だな?」
「ほう、よく分かったな。初めは女の異世界人だった。一瞬だけ、苦労してやっとつないだ扉から、せっかく呼び寄せたというのに、辺境に連れ去られてしまった。第二王子は、我が身かと惑うほど同じ魔力であったが、鋼のような精神に守られて深層に入れない。それとよく似たフェルブルクの倅は、劣化版だが頑丈で使えそうだった。なのに、何者かに引き剥がされてからは魔道具に守られて入り込めない。そして、やっと見つけたお前は神の加護が強くて近づくこともできなかった。だが、この執念深い女が儂の手足となって働いてくれた。やっとお前から魔力を奪うことができる」
 玲史の横で屈み、顎を掴んで口を開かせる。始祖王が顔を近づけると、玲史の口から何かが吸い取られた。
 無理やり引きずり出される、これは魔力だろうか。
 その時、壊れた扉の外から馬の嘶きが聞こえ、視線だけを向けると、馬から飛びおりるレヴィの姿が見えた。
 レヴィは剣に魔力を纏い、こちらに向けて振り抜いた。黄色く光る稲妻が一直線で向かってくる。
「馬鹿め」
 その場から、始祖王が退く。玲史に向かって来た光は、「当たる!」と思った瞬間、カーブして始祖王の胸にヒットした。
「っう……何だ……これは……」
 鎧の胸を押さえてよろめくが、倒れることなく窓から飛び出した。
「レイジー!」
 玲史のあられもない姿に、レヴィの体から青白い炎が立ち上り、水色の瞳が狂気を帯びて光る。
 足の間にいたユーハンを、玲史の前から蹴りだし、胸倉を掴んで拳で殴りつけた。
 立て続けに殴り続けるレヴィの目が、怒りで正気を失っている。
「レヴィ、もういいから! 死んじゃうからっ!」
 止めたいが、腕を掴んでいる二人がびくともしない。
「ちょ、ホントに! やめろって!」
 ユーハンは、人形のようにだらりと手足を投げ出し、殴られるままになっている。
 そこに、アンディとゲンドルが到着した。
「アンディ! レヴィを止めて!」
「お、おう」
 だが、後ろから羽交い絞めにしようとしたアンディは、裏拳で顔面を殴られて、ふらつきながら後ろに倒れ込んだ。
「何やってんだ! ほら、行くぞ」
 ゲンドルに簡易な治癒を施され、二人でレヴィに向かう。
「とりあえずこの人たちの解呪を……」
 腕を掴んでいる二人に魔力を送ると、すぐに二人の目に光が戻り、腕の力が緩んだ。
 破れたシャツ一枚だけの姿だったが、今はそんなことはどうでもいい。アンディとゲンドルが後ろから押さえつけた隙に、レヴィとユーハンの間に体を滑り込ませた。
「レヴィ、そんな奴、もうどうでもいいだろ。それよりも俺、始祖王に殴られて、痛くてメンタル折れそうなんだよ。抱きしめてくれないか?」
 異様な光を放っていた瞳が、玲史を捉えて澄んだ水色に戻っていく。
「レイジー!」
 血だらけの両手で、玲史の背中を抱きしめた。
「遅くなってすまなかった」
「タイミング的には絶妙に良かったよ。痛い思いと怖い思いをした分はゲットできた」
 結果的には、油断して饒舌になった始祖王とヴァナディスから、有益な情報を収集できた。
 命の危機に瀕しても、現実的な自分には呆れるが、慌てずに行動できたことは褒めてやりたい。感情のままに行動していたら、今頃どうなっていたか分からない。
 顔を上げると、レヴィの両手が、確かめるように頬を包み込む。
「可哀想に、こんなに殴られて……」
 まるで自分が痛むように顔を顰めた。
「殿下、レイジをこちらのソファへ。治癒魔術で治療するから、アンディは清潔な衣服を」
 レヴィに丁寧に運ばれ、治癒魔術を受ける。洗浄魔術で血や汚れを拭い、新しい衣服を身に着けた。
「俺は皆の解呪をするから、ゲンドルは治癒をお願い」
「治癒の必要あるか?」
 ゲンドルは目を眇める。自業自得だと言いたいのかもしれないが、操られながらも、守ろうとしてくれた者もいるのだ。
「お人好しめ」
 そう言いながらも、治癒を施してくれる。
 玲史とゲンドルで魔術師達の解呪と治癒を行う。
 瞳に光が戻ったユーハンは、呪詛は解けても混乱しているようで、茫然自失の状態だった。
 どのような経緯で玲史を襲撃することになったかは、尋問担当に任せればいい。ちょうど、騎士団がこちらに向かって来るのが見える。
「回収した情報を共有しておくね。さっきの黒鎧はヴァナディスの体に始祖王が入っていた。目的は、ヴァナディスからレヴィの体に乗り換えて、王族と、自分の封印に関わった貴族の末裔を始末して自分の王国を作ること。その為に俺の魔力が必要だが、ほんの少し吸われただけだから完全体じゃないよ。魔石の魔力も取り戻すって言ってた」
「さっきの今で、お前さんは立ち直りが早いな」
 最初はどうしたって慌てるが、状況が分かれば冷静に対応する習慣が付いている。ブラック寄りのグレイ企業で訓練されてきた成果だと思うと、感謝する気持ち……は特に湧いてこないが。
「それこそがレイジーの美点なのです。可愛くて美しくて清廉なだけでなく、責任感が強くて潔く、男らしい」
 ゲンドルの呆れ声には、レヴィが答えた。褒めすぎは惚れた欲目だろう。
「討伐の時にも感じたが、貴方は理解できれば恐怖さえも理性で処理してしまうのだな。怖くはないのか?」
「怖がろうが何だろうが、やることは変わらないからね。だったら、動かないと始まらない。さあ、行こうか」
 玲史はソファから立ち上がり、到着した騎士に事情を話して魔術師達を引き渡す。
「始祖王はレヴィに会いに来るはずだから、魔石の間でお迎えしよう」
 ゲンドルが懐から古びた紙を出してきた。
「四人はさすがに厳しいが……」
「魔石の間への転送魔法陣?」
 ゲンドルは、魔法陣のサイズと男達の足を見比べる。
「まあ……なんとかなるか。元、魔石の間の床に到着するから、付いたらすぐに飛びおりるぞ」

 結局、大柄な男三人が外向きに無理くり魔法陣に乗り、レヴィが玲史を横抱きにして移動した。
 転送後は、一瞬の浮遊感の後に着地の衝撃があり、レヴィにしがみついたまま目を開けたら、魔石の前に到着していた。そこには、セティとブリー、ディースの姿があった。
「先生、これはどういうことですか?」
 セティの笑っていない笑顔に、ゲンドルは悪びれもなく「緊急事態だからな」と、先ほどの玲史の説明を始める。
「あの、じゃあ、やっぱり、ここには、もういない?」
 魔石を見ると、黒い淀みが薄くなっていた。始祖王が抜け出して、呪詛だけが残っているようだ。
「ああ、そうだ。始祖王は、回復したらレヴィ殿下を追ってここに来るはずだ。フロスティ嬢ごと封印するか、魔石に閉じ込めて封印するか、どっちにしても魔石の解呪と始祖王の封印は必要だ」
「あの、これ、強力な、封印箱、全面に封印魔法陣を、書いたよ」
 ディースの手に乗っているのは、直系15センチほどの多面体のクリスタルだった。全ての面にびっしりと魔法陣が描かれていた。
「魔石の、呪詛魔法陣を、解いて、ここに、封印すれば、永久に、出ることは、できないよ。それと……」
 ディースの爪が魔石に触れたら、6つの魔法陣が浮かび上がった。そのうちの2つは金色に光っている。
「黒真珠、異世界の、神の加護。レヴィティーン、始祖王の血。二人の、魔力で、解呪と、封印、一緒にやって、ここに転送、してね」
「ナヴィ卿、レヴィ、やってくれるかい」
 セティの言葉に、玲史とレヴィは強く頷く。
「他にも、高魔力の者に魔力補助の支援を依頼した。陛下とユリコ様も封印に加わってくださるなら、魔法陣はディースが準備する」
 王は始祖王の血縁、ユリコは異世界の神の加護で魔法陣を発動できるという理屈のようだ。だとしたら、レヴィの劣化版と言われたディースも発動できるのではないだろうか。
「ディース、君も王家の血縁者なの? レヴィの代わりに始祖王に取りつかれそうになったことがあるよね」
 首を傾げるディースに代わり、セティが答える。
「フェルブルク家であれば、王家の血も混じっているだろうね。だが、それよりも、レヴィの代用と認識された点が重要だな。ディース、君も参加できるか?」
「いいよ。魔法陣、増やすね」
 ディースが魔石に向かい、指先で魔法陣を掻き始めた。
「あの、私も……」
 ブリーが言いかけて、言葉を止めた。転生者の彼女にも神の加護があるはずだ。だが、そのことは玲史以外には言わないと決めていたはずだ。
「ブリーちゃん……」
 玲史が口を開いた時、突如として頭上から強い圧力を感じた。見上げたら、黒い鎧が空中に浮いている。
 鎧からは、黒い靄が溢れ出している。玲史にしたように、魔力を吸収しながら来たのだろうか。
「馬鹿め、儂の居ない魔石を封印するつもりだったのか、残念だがもう儂は復活しておる」
 黒い影が剣を振り上げ、レヴィに向かって勢いよく下りてきた。
「馬鹿はお前だ! そんなことはもう知っている。お前が完全体でないこともな!」
 レヴィは片手で玲史を後ろに隠し、自分の剣で応戦する。金属のぶつかり合う音は練習用ではない。
 目の前で閃く剣の鋭さに、玲史は邪魔にならないよう、ブリーと共に壁際に下がった。
 始祖王の動きは先ほどよりも機敏になり、佇まいも武人そのものになっている。完全にヴァナディスの意識を乗っ取ったのだ。
 始祖王の剣は青白い炎の魔力を纏い、交えるだけでレヴィの腕は小刻みに震えている。レヴィは眉を顰め、反撃できずにその重い剣を受け続ける。
 だが、その攻撃は単調で、次第にレヴィの剣が始祖王の剣を巧みにかわし始めた。
 レヴィの剣が始祖王の肩を掠めた瞬間、バランスを崩した始祖王の剣を弾き飛ばす。
 迷うことなく、レヴィは始祖王の心臓を一突きで貫いた。
「っく……婚約者の心臓を狙うとは、恐ろしい男だ……化け物と呼ばれた儂よりも、お前の方がよほど化け物だ……」
 剣を引き抜くと、始祖王はその場へ仰向けに倒れた。鎧をい覆っていた黒い靄が、魔石に吸い込まれていく。
「その人はレヴィの婚約者ではない! レヴィはお前と違って信頼し合う大勢の仲間がいるんだ! 化け物なんかじゃない!」
 玲史がレヴィに駆け寄り、癒しハグをしようとしたら止められた。
「これから封印を行うのだ。魔力を無駄にしてはいけない。だが、貴方の言葉に救われた。ありがとう」
 レヴィは、微笑んで玲史の額に唇を落とす。
 そんな中、ディースはずっと魔法陣を描いていたらしく、「できた」と、嬉しそうに振り返った。
 ディースにブリーが歩み寄る。
「異世人の魔法陣を、もう一つお願いします」
 ブリーの言葉に、皆の注目が集まった。振り返り、セティの目を真直ぐに見る。
「セティ様、私にも神の加護があります」
「ブリーちゃん、そのことは……」
 玲史が次の言葉に迷っていると、ブリーは首を横に振って、覚悟を決めた眼差しを向ける。
「ブリー、それはどういうことかな」
「私には、ナヴィ卿と同じ国で暮らした記憶があります」
 ブリーの手が震えている。それでも声は、公爵令嬢としての気品を保っている。
「ユリコ様やナヴィ卿のように優れた知識も役立つ情報もございません。ただ毎日を楽しく過ごすだけの女子高生……学生だった記憶しかありません。ですが、瘴気障害が無いことから、私の魔力も神の加護が元になっていると思われます」
「セティ殿下、ブリーちゃんが転生者だと広まらないようにしてください。ずっと、そのことで悩んでいたんです」
「そうだね、最善は尽くそう。でも、ブリー、そういうことは私に相談してほしかったな。悪いようにしなかったと思うよ?」
「……でも、あんた腹黒王子じゃん……」
 もごもごと、急に公爵令嬢の気品が無くなってきたところに、入り口付近で人の気配がした。
 見上げると、魔術省の省長と副省長の間に王の姿が、その後ろには日本人女性、ユリコが見えた。
 梯子から下りてきた人々にはセティから現状を伝え、それぞれの役割について説明する。
 王とユリコも承諾したことで、6個の魔法陣で解呪と封印を行うことが決まった。
 使う魔力は多く、一人でも魔力切れを起こしたら、封印の隙間から呪詛で攻撃される可能性もある。
「レイジーの、異世界の、道を、閉じたら、もっと、皆の魔力、強く、なるよ」
 ディースが、玲史の服を摘み、首を傾げる。
 玲史の選択は決まっている。ずっと前から、この地で一生を送ると決めている。異世界の道などという保険は玲史には必要ない。
「早く言ってよ! 今からでも閉じられるの?」
「ああ、お前さんが閉じていいと言うなら、喜んで閉じてやるさ」
 ゲンドルが、召喚の間に向かって駆け出した。
 入れ違いに、王妃と側妃の姿が見えた。今日は乗馬服のようなズボン姿だが、王妃は梯子など慣れていないだろうに、側妃に支えられて下りてきた。
「ユンギィ、私がついています。魔力はありませんが、貴方を支えます」
「陛下、義姉上、命に代えても、私がお二人をお守りします!」
 王は、穏やかな笑みを二人に向ける。
「エリン、アンネ、ありがとう。頼んだよ」
 しばらくすると、ゲンドルが魔術省の魔術師と高魔力の騎士を連れてきた。その中にはユーハンと操られていた魔術師もいる。
「お前ら、術者の魔力が一人でも尽きたらお終いだ。魔術省と第一騎士団の誇りにに掛けても、死ぬ気で魔力を送れよ」
 ゲンドルが、いつも出さないような大声で、部下達に喝を入れている時、レヴィが玲史の肩を抱き寄せて、静かに囁いた。
「すべてが終わったら、大切な話がある」
 玲史は、レヴィの真剣な表情と言葉に思わず固まる。こんな時にそんなことを言わないで欲しい。
(怖い怖い怖いー! 大切な話が何なのかモヤッとするするし、変なフラグ立てるなよ!)
 玲史の心の声は、魔石の周りに人々が集まる勢いに押されて消えていった。
「あの、詠唱は、いらないよ。充填するのと、同じ。でも、魔力は、最初から、ドーンて、いっぱい出して、ね」
 魔石の魔法陣の前に6人の術者が立つ。その周りに、高魔力の者から順に後ろに控えて準備はできた。
 ゲンドルの合図で、ディースに言われた通り、一気に魔力を流す。
 魔法陣が金色に輝き、魔石も美しい虹色に光り始めた。
 滑り出しは好調だ。
「呪詛魔法陣が消えていく。間もなく解呪は完了する」
 ゲンドルの声に上を見上げると、赤く禍々しい魔法陣が現れ、それが燃え尽きるように消えていく。
 全てが消えた瞬間、体の中から一気に魔力を引きずり出された。反動で体がガクガクと揺れる。
 玲史がそうなのだから、他の者には辛いのではないだろうか。
 周囲で待機していた魔術師が、一斉に6人に向けて魔力を補助する。
 一時的には戻ったが、すぐにまた勢いよく吸い取られる。皆の顔色が悪くなってきた。
「も、萌の力をあたしに!」 
 突然ブリーが叫んだ。途端に、彼女の魔力がボッと音を立てて全身を包むように燃え上がり、魔石に勢いよく注がれた。
「びいえる、愛してるー!」
 続けて叫んだら、更に魔力が炎上した。
 二度見して茫然としていたユリコが、意を決したように息を吸った。
「旦那様! 愛してます! 私のような魔力だけの女を、守り、慈しみ、愛し続けてくださってありがとうございます!」
 ユリコの体からも陽炎のようなものが揺らめき始め、掌から送られる魔力が力強いものと変わった。
 隣に立つ王の後ろでは、その腰にしがみついている王妃と、背中に寄り添い魔力を送っている側妃が、「愛しております」と叫んでいる。
(なにこれ……愛を叫ぶと魔力が増えるの?)
「あの、あの……レイジー大好きー!」
 ディースが叫んだ瞬間、魔石が大きく光って空間が微かに揺れた。
「俺の方が、レイジーを愛している!」
 レヴィの声と共に、再び魔石が光り、魔石の間全体が地震のように揺れている。
 強い想いが、潜在的な魔力までも引き出しているのだろうか。
(冷静になっちゃダメだ、これは勢いが大事なんだ!)
 玲史も息を吸い、大切なものを思い描く。
「レヴィと、レヴィが守るこの国を愛しています! 一緒に守る力をください! お願いします、この国の神様! 俺の国の神様!」
 体中が熱い。籠った熱は、そのまま掌から魔石に向かって噴き出している。
 魔石の光が一気に強くなり、初日に充填した時よりも眩しい光で魔石の間が真っ白になった。
 空気が揺れている。
 ドーン! ガシャガシャ……。
 割れて崩れる音の後に、白い光が消えた。
 目の前には、粉々になった魔石の欠片が山になっている。
 飛び散った様子はないので、爆発したのではなくて崩れて落ちたようだ。
 欠片の山から、薄くなった黒い靄が埃のように舞い上がる。
「あ、始祖王の思念が!」
 一部はクリスタルに吸い込まれたが、埃のようなそれは、頼りなく彷徨って消えた。
「魔石が壊れたのは失敗なのか? 誰か、分かる者はいるか?」
 王が、落ち着いた口調で問いかける。
 茫然と立ち尽くす人々の中で、セティがクリスタルを手に取った。
「陛下、封印はされているようですが……」
 セティの手に乗るクリスタルを、ディースが覗きこむ。
「入ってるね、真っ黒で、ドロドロした、呪い、かな」
 玲史にも、中で黒い物がうごめいているのが見えた。
「思念の中でも一番強い呪い、怨念のようなものは封印されました。拠り所を無くした思念は、いずれ消えるでしょう。油断は禁物だが、解呪と封印は成功と判断してよろしいでしょうな」
 ヘイデンの言葉で、その場にいる皆の、張りつめていた空気が緩んだ。
「驚くほど体が軽いな。本当に瘴気は無くなったのだな」
 レヴィが玲史に微笑みかける。
「魔石も無くなったけどね」
 屈んで魔石の欠片を手に取る玲史の隣に、ブリーが一緒に屈む。
「玲兄、ペットボトルの再生みたいに、魔石の再生ってできないかな」
「え、魔石って再生できるの?」
「さあ。知らんけど」
 二人の後ろに影が差す。
「ブリーには、色々と聞きたいこともあるけど、それは後で尋問……聞かせてもらうとして、再生ってどういうことかな?」
 ブリーが、ペットボトルの再生手順を、意外にも細かく説明してくれた。授業で調べた記憶があるそうだ。
「過去に魔石を再生した者はいない。発想も存在しない。だが、可能性があるならやる意味はある。ブリー、できるかい?」
「玲兄が魔力補助をしてくれたら、多分いける、気がする」
 そう、皆テンションが上がって元気に見えるが、封印で魔力切れ状態のはずだった。
 玲史は、魔力調整が上手くなったせいか、思ったよりも消耗していない。
「いいよ、やってみよう」
 ブリーが掌をかざすと、欠片がキラキラと輝き始めた。
 玲史は、ゲンドルが初めにやってくれたように、ブリーの腕に自分の腕を重ね、強弱の調整しながら魔力を注いだ。
 次第に欠片は高く上っていき、それを粘土でも捏ねるような手の動きで成形している。
 ブリーが魔力を強めたのを感じて、玲史も流す魔力を強める。すると、欠片の一つ一つが結合し、透明な一本の結晶となった。
 歓声が上がる中、ブリーは玲史の胸に寄りかかる。もう、立っていることもできないのだろう。
「ブリー!」
 セティが、玲史の腕からブリーを受け取り、横抱きにする。
「あたし、役に立った?」
 いつもの令嬢とは違った口調のブリーに、セティが目を細めて頷く。
「ああ、役に立ったよ」
「へへ、よかったぁ」
 これでブリーも、気負うことなく、生まれる前の記憶を告げることができるだろう。
 娘の活躍を見るような気持ちで、思わず涙ぐみながら二人の会話を見守る。
 再生した魔石には、ゲンドルとディースで守護魔術を施した。
 もし始祖王の思念が残っていても、憑りつくことはできない。後は朽ちていくだけ、何もすることはできないはずだ。
 カタリ。
 玲史の背後で音がした。振り返ると、黒い鎧が小さく動いた。
 駆け寄って鎧の頭部を外すと、ヴァナディスが青白い顔で口から血を吐いていた。
 まだ息がある。
 鎧の外し方は分からないが、心臓の一撃が致命傷なのは間違いない。
 胸の辺りの、血だらけの穴に手をかざす。
「レイジー、そのような者に慈悲は必要ない」
 レヴィが、手を取って止めたが、やんわりとその手を振り払った。
 周囲からも非難が耳に入って来たが、玲史は誰にも死んでほしくない。
「死んだら終わりなんだ。生きて償わないと……」
 ヴァナディスが何を思って、始祖王の力を借たのか、短い会話では分からない。
 だが、それでも彼女なりの理由があるのだろうし、まだ18歳の女の子なのだ。
 自分がやったことを自覚し、罪を償ってほしいと思うのだ。

 玲史の治癒魔術により、ヴァナディスは一命をとりとめた。尋問の後は、父と共に地方にある自領にて幽閉されることが決まっている。再び陽の光を浴びることはないだろう。

 魔石の瘴気は無くなり、今では清らかな魔素が溢れている。もう魔力充填の必要はないが、点検の為に魔石の間への巡回と充填は続けられる。

 こうして、異世界から召喚された玲史は、その役割を無事に果たしたのだった。
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