異世界ホストNo.1

狼蝶

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51.キャットファイト1

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 ~突如として始まるキャットファイト~

 ナナミがキャストではなくカウンターに入っていたある日、そこに居合わせたら非常に面倒なことになりそうな組み合わせの者たちが、顔を合わせてしまったのであった――。
 キュッ、キュッ、と耳を澄ませなければ聞こえない程の小さな音がナナミの手元からする。自分たちのより一回り半ほども大きい手の平がグラスを持ち、一つの曇りも残さずに磨いていく。その様子を、リリアム兄弟がカウンターに座って食い入るように見つめていた。
 今日のナナミはカウンターのみの接客日。時々ある、ナナミ目当てで来る客にとっての“ハズレ日”なのだ。この日は例外なく誰も彼を独占することはできない。店に入った瞬間今日、ナナミはカウンターボーイなのだということを知り、リリアム兄弟は嘆きの溜息を零した。
 だがすかさず二人はカウンター席を陣取り、淡々と作業を熟すナナミの素敵な姿を最前席で眺めることに徹した。今夜己の肌を滑ることはない長く綺麗な指が動くのを、じっと見つめてはごくりとドリンクを飲み干す。そして時折、撫でて、食べさせてと我儘を強請るのだ。
 あまりにもこの兄弟ネコの発する近寄るなオーラが強いからか、他の客は皆遠慮してカウンターには近づかなかった。たまに酔った勢いを借りてナナミに近づく者がいれば、即座に睨みを効かせ、まるで威嚇する子猫のようにフーッと牙を剥くのである。そうして大抵の邪魔者を排除し、自分たちだけの時間を楽しんでいた時、チリンと店の扉が開く音が聞こえた。
 取るに足りない客の一人だろうとサーヴァルもマーヴルも振り返ることはせず出されたオリーヴを囓っていると、トスンとマーヴルの隣に誰かが腰を下ろした。
『『はぁ?』』
 『誰じゃい』と、内心でドスを利かせながらガラ悪く横を向く二人。鋭い視線を向けられた本人は、その視線を感じているのかいないのか、いや、感じてはいるが気にしていないかのようにガン無視し、リリアム兄弟の愛しのナナミに声をかけた。
「今日はナナミ、カウンターの日なんだ。ちぇっ」
「あっ、スルギ、久しぶり。いつもので良い?」
「おぅ!っなぁーナナミ、聞いてくれよー!先週のことなんだけどさ――」
「「ちょっと」」
 さも当然のようにナナミに喋り始めた、“スルギ”と呼ばれるチビ。正直、リリアム兄弟自体背は低い方であるのだが、目の前に座る男は兄弟から見てもチビであった。
「君、何気安くナナに声かけてんの?」
「ナナは今僕たちの相手してるんだから、割り込んでこないでよね!」
 んべっと二人揃って舌を出す。相対するスルギは今初めて気づいたといわんばかりに振り向き、特徴的な大きめの目をつり上げた。
「はぁ?」
 よく座れたなと関心するほどに高い椅子に座り、短い足を組んで頬杖に頬を預け、態度悪く兄弟を睨み付けるスルギ。兄弟の頭の中に、態度の悪い生意気なネコの姿が過ぎった。
「今日はナナミ、担当に入らない日だろ?何独り占めしようとしてんだよ。しかもっ、今は俺がナナミと話してんだから、そっちこそ邪魔すんなよなっ」
「っはぁ~?何こいつ!」
「生意気!」
「「ナナ~!!」」
 確かに今日、誰か一人がナナミを占領することは不可能だ。反論できずナナミに助けを求めるように甘えた声を出すと、ナナミは苦笑しながらスルギに頼まれたドリンクを差し出した。
「まぁまぁ、ハイ、お待たせ」
「ナナミありがと♡」
 フンッと横目で勝ち誇ったかのように鼻を鳴らすスルギに、双子がキィーッと歯を噛みしめる。
「ナナっ!僕もお替わり頂戴っ!」
「僕もっ!」
 はい、と返事をし準備に取り掛かるナナミを尻目に、サーヴァルトマーヴルはカウンターに肘を付いた。
 カーンッとゴングが鳴ったかのような錯覚が、三人の間に共有される。キャットファイトの、開始の合図だ。
「ねーぇ、君は誰?ナナの何人目の客なの?」
「ちなみに僕たちは、ナナの記念すべき一人目の客だよ!」
 指を組んだ手に顎を乗せながら余裕ありげに問うサーヴァルに胸を張って得意げに言い放つマーヴル。スルギはそれにあ゛?と顔を不快さに歪ませた。
「だから何だっての。まさか、それしか自慢することないの?俺なんか、同業者だからナナミと深~~いとこまでわかり合えるし」
「なっ・・・ふ、ふ~ん、そう・・・・・・君、同業者なんだ」
「でもでもっ、僕たちはいつも三人でスるんだからねっ!?いくらなんでもそんな経験したことないでしょ?」
「そうそう!僕たち二人がかりなら、ナナをヒィヒィ言わせられるんだからっ!」
 普段ヒィヒィ言わされているのは自分たちの方なのだけれど。とは口には出さず、なんとかスルギに打ち勝とうと虚勢を張る。
「いっ、いつも3Pだとっ・・・・・・!?」
 ググッとダメージを受けたらしいスルギを見て、双子が勝ち誇ったかのようにふんぞり返る。
「ヒィヒィ言わされてんのはアンタらの方じゃねぇのか・・・・・・」
「「ングッ」」
 ムスッとした顔でスルギがそう呟くと、図星を指された双子が飲みかけていた飲み物で咽せた。
 今さっき作ったばかりのドリンクを霧にされ、ナナミが微妙な表情になる。気管に入ってしまったのか咳き込む二人に疑いの目を向け、今度はスルギが何かを思い出したらしく口の端を引き上げながら口を開いた。
「あーあ、そう言えば俺が初めてナナミ指名した日、俺ナナミのこと押し倒したんだよね~」
 スルギが頬杖を付いた手をずらしながら、横目でにやにやと双子を見る。その直後、ナナミが棚に頭を打ち、ゴンッと鈍い音が響いた。
「フッ、なんだそんなこと?上に乗ってナナを見下ろすのなんて、しょっちゅうやってるし」
「そんなことで一々自慢しないでよねっ」
 双子は騎乗位のことを言っているのだろう、と解釈し、だったら自分たちも!と口を膨らます。
「騎乗位のことじゃねぇよ。俺が、ナナミの両手首を掴んでベッドに縫い付けんの。自由を奪われたナナミの不安げな顔と言ったら――んぐっ」
 そこでスルギの言葉は途切れた。聞いていられなくなったナナミが、今カットしたばかりのフルーツをスルギの口に押し込んだのだ。スルギはもぐもぐと咀嚼し嚥下すると、曝露話を再開させるべく再び口を開いた。
「乳首を噛んだり抓ったりすると、すぐに涙目で『やめてっ!』って言うんだぜ?」
「「なっ・・・!?」」
『噛んだり抓ったり・・・・・・??』
『ナナが泣いて嫌がる・・・・・・???』
 スルギの言葉にサーヴァルとマーヴルはナナミの涙に目を潤ませた顔を想像し、思わず鼻血を出しそうになった。
「ず、ずるい・・・!ナナに歯形をつけるなんて・・・・・・!」
「っでも、膝枕して寝かしつけてもらったことはないでしょ?」
「ハッ、何だそれ子どもかよ」
「あーあー損してる損してる。膝は硬いけどちゃんとクッション敷いてくれるし、頭を優しく撫でられながら寝入るのなんか、最高なんだから!」
「そうそう!それに時々歌も歌ってくれるんだからね!」
「ナナが歌!?き、聞いたことねぇ・・・。クソッ、じゃあこれはどうだ!――」
「もぅ、やめてくれ・・・・・・」
 真っ赤にした顔を覆うナナミの懇願は、もはや三人の耳には届いておらず、カウンター席ではナナミに関する自慢大会が開催されていた。そのどれもが自分にとって恥ずかしい話題で、ナナミは居たたまれなくなって部屋に戻りたい心地になった。だがそれは許されないだろう。
 ギャーギャーと騒ぐ三人の横に、音もなく新たな客が席に座る。そしてちらりと横を見るとナナミを見て『お前、人気者だな』と呟いた。

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