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55.【迷える子羊なお客様】2~夜の見回り~
しおりを挟む「っねぇナナミくん!ちょっといい?」
あの客が不穏な話題を残して帰ってから数日後、彼の話に怖がっていたことも忘れかけていた頃、それは起こった。
今日はカウンターを担当していたナナミが台を拭いたり道具の片付けをしていると、一人のキャストが青い顔をして駆け寄ってきた。皆は仕事を終え上に上がってしまっていて、残っているのはナナミと彼だけであった。
「どうしたの?」
腕を掴む細い手が小刻みに震えており、相当不安がっていることがわかる。虫でも出たのだろうか、などと思いながら安心させるように彼の手にそっと手を添えると、今まで俯いていた彼が顔を上げた。そして身体を震わせたまま、やや色が悪くなっている唇を開いた。
「きょっ、今日僕が担当したお客さんなんだけどねっ、その人も、あの話をしてきたんだ」
「あの話・・・・・・。あ、あの夜に子どもの声が聞こえてくるっていう?」
目に小さな涙を溜めてこくんと頷く。それを見て、ナナミもごくんと唾を飲んだ。
「その人、昨日夜道を歩いてたら、例の声を聞いたって・・・・・・やっぱり誰かを探してるみたいで、その声が高くて細くて、不気味だったって・・・・・・」
ま、マジか・・・・・・。ナナミは思わず身震いしそうになってしまった。その話を聞いたときはそんな噂・・・と全く信じていなかった。酔っ払い(スイマセン)の作り話だと思っていたのだ。だが、実際に声を聞いた人がいるとなると・・・。
ナナミは落ち着かせるようにキャストの背中を撫でつつも、自身は背中にぞくりとした震えを感じていた。
事が大きくなったのは、翌日であった。業務を終え、皆が後片付けをしていると店長が『みんな、片付け終わったらちょっと集まってもらっても良い?』と言ってきた。
何だろうと言い合いながら皆と一緒に店長の元へ集まると、ソファに座った店長が深刻そうに溜息を吐いた。
「みんなも例の噂については聞いていると思うけど・・・・・・いよいよ無視できない事態になってきてるようなんだ」
テーブルに肘を付けて、組んだ手の上に顎を乗せて店長が脱力している。ナナミは昨夜キャストの子から聞いた話を思い出し、やはり実際に起きているのだと実感した。噂がここまで広がっていて、しかも実際に体験者もいるという事実に、もしかしたらこわがって客が減ってしまうのではないかと不安が過ぎった。
すると店長もそれが心配だったらしく、彼はテーブルに手を付いて立ち上がると握りこぶしを前に出し、
「っということで、今日からみんなで見回りをしましょう!」
と威勢良く言い放った。
***
「よ、ヨヨギさん・・・・・・、絶対に僕から離れないでくださいね!!」
「うん、絶対離れない!」
風俗街の店々の明かりも既になく、シンと静まりかえった街の中。うすぼんやりと視界を照らすのは、もうすぐ消えそうな街の灯火だけである。とてつもなく、心細い。
そんな中、ナナミは見習いの子と二人で見回りを行っていた。
店長に呼び集められこれからのことについて聞かされた後、具体的な対策としてチームを組んで順番に夜の見回りを行うことになった。キャスト、見習い全員をまず数人ずつのチームに分け、当番制で見回りをする。そのチームの中でもさらに二人組を作り効率的に行うことになった。そして早速今日から見回りをすることになり、クジでナナミたちになったのだった。
ここの風俗街は意外と健全なのか、想像よりも早い午後11時半には店が閉まる。噂で聞いた、声の聞こえる時間帯は11時過ぎ頃から1時頃までの間であり、見回りは翌日の仕事に支障を来さないよう零時半までとなった。
風俗街の従業員たちも皆寝静まっているようで、独特の静けさが耳に刺さる。それに反して心臓は煩く、ともすると手や足が震えてきそうだ。
パートナーとなった見習いの子は怯えながらナナミの腕を掴み『離れないで』と言うが、ナナミは自分の方こそ彼に離れてほしくなかった。だから、返事をすごく強調する。
マジで、俺から離れないで!!こわいから!!
内心では恐怖にこう叫んでいた。同じチームの他のメンバーは、他のルートを回っている。自分たちの靴の音を聞きながら、ランプの光を頼りに道を歩く。ちょうどあらかじめ決めたルートを二周すると時間となるのだが、今はまだ一周目の半分ほど。昼間とは全く違う夜の街の顔に、距離が非常に長く感じられる。
長く感じた直線の道がもうすぐで終わりそうだが、目の先には角がある。どんどん近づいてくる角。そこを曲がったら誰かいるのではないか。誰かいたらどうしよう。それが、声の持ち主だったら・・・・・・
そんなことをぐるぐると考え、二人とも無言のまま進む。見習いの子がナナミの腕を掴む力が、ぎゅうと一層強くなった。一方ナナミの方も、緊張と恐怖でランプを持つ手がやや震えていた。
「「っ!!」」
曲がり角を曲がった瞬間思わず目を瞑った二人だったが、恐る恐る目を開けるとそこには誰もいなかった。
「「~~・・・・・・」」
二人で顔を見合わせ、安堵に大きく息を吐く。緊張で収縮していた心臓が動きを再開し、一気に血液が身体を循環するのが感じられた。だが、安心するのはまだ早い。目の先にはまだまだ曲がり角がいくつもある。どちらのものか、唾を飲み込む大きな音がした。
「ヨヨギさん、何か、お話しながらにしませんか・・・・・・?」
「そ、そうだね・・・・・・。俺、緊張してて・・・」
確かに、黙っているとその分静寂が恐怖を煽ってくる。しりとりでもしようかと提案しようとしたその時、曲がった曲がり角の向こう側に人影が見えた。
「ぎゃっ!!」
「っっ!!」
見習いの子が猫がそうするように飛び上がって驚く。腕を掴む力は非常に強く、爪も立てられた。ナナミは、悲鳴は出さなかったものの、心臓がぎゅんと縮まり、悲鳴にならない悲鳴を上げた。
「っなんだ、ナナミかぁ~・・・ビックリした~・・・・・・」
「ナナミ・・・・・・!」
聞き覚えのその声。人影は二つあり、どちらも小さめで、片方が特に小さい。
「スルギにフェリス!!」
目を見開きランプで照らされた影の正体を認めると、そこにはナナミの常連客が同じくランプ片手に立っていたのだった。
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