彼女を待たせていた、彼は

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02 王宮の顔

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北との国境を兼ねる広大な森は魔物の生息地でもある。
時折魔物が溢れては、王国陸軍の討伐部隊が派遣されている。

その討伐部隊が、凡そ三年ぶりに戦地から帰還した。
陰気な雰囲気を漂わせた隊列が、王宮内に続々と吸い込まれていく。
疲労の色濃い面々を、ヴィクターは敬礼と「ご苦労さん」という念で見送った。

討伐部隊は指揮官こそ将官が務めているが、メンバーは戦闘兵の寄せ集めに過ぎない。泥臭さは野戦専門の兵士ならでは。
勲章や実績の有無はさておき、王室から近い騎士である自分達の方が上だと、ヴィクターら近衛騎士隊は思っている。こちらは選ばれし者。王宮の顔だ。
見目麗しい若者ではない戦闘兵どもは、危険な戦場で命を懸けなければならない。
「マジでご苦労さん」とヴィクターは苦笑を堪えた。



来る途中で配られていた号外を片手に、夕食を取る。
すると、食卓を挟んだ先で「食事中よ」と咎める声が発した。
声の主レモンを上目にし、ヴィクターは内心に舌打ちした。

「お前は俺の母親かよ」
「だってお行儀が悪いから。それに折角丹精込めて作ったディナーを片手間で食べられちゃうのは悲しいわ」
「ああ、はいはい」

畳んだ新聞紙を放り出し、皿に集中する。
確かに、このスコッチエッグは絶品で文句のつけようがない。

「半熟で初めて食った」
「お好みでマスタードを付けるのもお勧めよ」
「絶対付ける」

料理は最高だ。これを作った女は鬱陶しいけれど。
ふと、眼鏡越しのレモンのブラウンの瞳が、テーブルの隅に放り出された号外に向かった。

「討伐部隊の指揮官さん、叙勲されたのね」
「どうでもいい。こんなオッサン」

二十歳のヴィクターからすれば、三十男なんて隠居老人に等しい。
レモンが目線を手元の皿に落とす。

「そんな風に言っちゃダメよ。三年も戦ってくれた方なのだから」
「はあ? お前何言ってんだよ」
「何って何?」
「三年もずっと同じ奴が国境に留まってたワケ無いだろ。途中でメンバー交代したに決まってるぜ」

なにせ戦場は陸上だ。洋上とか山上とかじゃない。道もレールも繋がっていて都市から物資の輸送が行われていた。当然、交代要員とて輸送していた筈だ。

――三年も森に留まるとか、気が狂うっつの。

衛兵として王宮に立つヴィクターですら気が滅入るのだ。雨の日とか特に。
ローテーション無しなど無理だ。精神が病む。
レモンの小さい口から嘆息が漏れた。

「兵隊さん達は、負傷すれば多分すぐ返される。でも指揮官は余程の事がない限り動けないと思う。だって大物がいてくれないと士気が維持出来ないもの。色んな、大事な家族の行事とか犠牲にしたんじゃないかな。だからこその勲章なのかも」
「……お前はこいつの何を知っているんだよ」

やけに将官を英雄視しているように思えて、ヴィクターは面白くなかった。
戦場の何を知っている。高が平民の田舎娘が。
レモンはふてたヴィクターの顔を見て、困ったように笑んだ。

「別に。何も知らないわ」



食後、玄関に向かうヴィクターの背中に「ねえ」とレモンの声が飛んだ。

「来週末、会える?」
「なんで」
「ええと、何て言えば良いか」

大人しい性格であっても、レモンの言動はいつもハッキリとしている。
珍しく言い淀む姿に、首で振り返ったヴィクターは怪訝に眉を顰めた。

「なんだよ」
「うん、いいや、いいの。ごめん」

なんだよこの女、と内心に毒づいた時、ヴィクターの脳裏に記憶が蘇った。去年の今頃、やはりレモンはこんな感じでもじもじとしていた。
あの時は彼女は言い難そうにしつつも答えを口にした。二度目となる今回は憚った。前回それでヴィクターを不機嫌にさせたから。
ギリギリ思い出したヴィクターは、これ見よがしに嘆息した。

「恋人二周年記念、ってやつだろ」
「う、うん」
「忘れてねえよ」

大嘘だが。忘れていたが。
途端、ぱあっとレモンの瞳に光が宿る。
それをヴィクターは、去年同様「鬱陶しい」と思った。

「来週末な、レストラン予約してるから」
「そうだったの? いいのに」
「はーあ。サプライズが台無しだ」
「ごめんね、本当に」
「もういい。じゃあな」
「ごめんね。気を付けてね――」

後ろ手にばむっと玄関扉を閉め、レモンの声と目から逃げる。
ヴィクターは項垂れ「鬱陶しい。面倒臭い」と呟きながら帰路に就いた。

「……レストランの金が勿体ない」

節約の為に彼女と付き合っているのに本末転倒だ。
しかし吐いてしまったからには嘘を本当にしなくてはならない。予約しない訳にはいかない。
身から出た錆とはいえ、レモンに対して腹が立った。



週明けの月曜日。
朝からヴィクターが衛兵任務に就いていると、大層な馬車が目の前で停止した。
名門侯爵家の紋章を認めて敬礼する。衛兵は国内の全貴族家の紋章を記憶していなければならない。ペーパー試験も受けた。

降りてきたのはややキツイ顔立ちながら金髪碧眼の美女だった。
オーラすげえ、とヴィクターはしゃちほこばった顔の下で呟く。
美貌の令嬢は、あら、と言う風にヴィクターに目をやった。

「そちらのハンサムさん、ちょっとお願いしてもよろしいかしら」
「は。何なりと」
「後から祖父の馬車が入って来ますの。でも祖父は足腰が弱ってらっしゃるから下車の際気を付けてあげてくださらない?」
「お安い御用です」

無表情を貫くヴィクターに、彼女はうふふと妖艶に笑んだ。

「貴方、素敵ね。お名前は?」

この日からヴィクターは、侯爵家の次女シンシアのお気に入りとなった。





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