彼を待っていたものは、

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03 まさか

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結局、アルマンは百貨店には行かなかった。
気力が湧かなかったし、何と言っても今のエロディーを連れ歩きたくなかった。
「なんでよ!」と憤慨するエロディーに、正直に告げた。

「垢抜けないから、お前のカッコ」

洗練されたポレットを見たばかりでは余計にそう思えて仕方がなかった。
ハッキリと言い渡されたエロディーは、そろりと周囲を見回した。
大通りを行き交う王都の女性達は、年齢問わずみんなして身綺麗で洒落ている。
服もヘアメイクも適当なまま出てきてしまったエロディーは、さすがに羞恥した。
それで、ごねるのをやめてアルマンと共に帰路に就いた。

「でもお、帰ったってアタシお出掛け用の綺麗な服なんて持ってないよお。結局百貨店行けないじゃんか」

アルマンが「女の姉妹がいれば借りられたんだが……」と呟くと、エロディーが閃いた顔になった。

「元カノさん、要らない服くれないかな?」
「……ダチでもないお前にくれてやるとは思えん。俺の女だしな」
「なによ、一着くらいいいじゃん!」
「……俺に言うなよ。てかお前ら、明らかにサイズ違うだろ」
「あ、そっか。元カノさん、貧乳だったもんね」
「……スリーサイズ、全部違うだろ」
「元カノさんは痩せ過ぎ。なんかガリガリで病人みたいだったもん」

確かにポレットは痩せているけれど、アルマンは彼女を病人のようだと思った事は一度も無い。すっと背筋が伸びしていて所作はたおやかでエレガント。常に完璧なヘアメイクを施してはいるが、土台の素肌も髪も艶やかで瑞々しい。爪の先まで手入れが行き届いたラグジュアリー業界のプロフェッショナルなのだ。
さっきだってハイヒールの足で颯爽と歩いていた。
ダラダラと歩くエロディーよりも筋力があり、余程ヘルシーって事。
ダラダラと歩き、途中で乗り合い馬車を捉まえて二人は男爵家に戻った。

玄関扉を開けた直後、アルマンは頬に拳を食らった。



男爵である父の怒りは凄まじかった。

「この放蕩息子めが。恥を晒しおって」

領地から王都に着いたばかりと思われる父は、両の拳を握って仁王立ちし、床に伏した長男を見下ろした。突然の暴力沙汰に怯え、ひええ、とエロディーが扉の陰に隠れる。
エロディーを無視して、父はアルマンに告げた。

「お前を相続人から外す。爵位と領地はロマンに引き継がせる」

「はああ?」と声を上げたのはアルマンもエロディーも同じだった。
父のひと睨みでエロディーは扉の陰に引っ込む。
訳が分からないアルマンは、床から父を仰いだ。

「父上、俺が何をしたって言うんだ! 生きて戻った息子にあんまりだろ」
「黙れ! お前は自分が何をしたのかも分からんクズなのか」
「ク、クズう?」

そこで、父の背後から母と、弟ロマンが顔を出した。
笑みを浮かべて弟は兄を見下ろす。

「そういう訳だから、家の事は俺に任せなよ、クズ兄貴」
「ロマン! さてはお前、家督欲しさに俺の悪評を父上に吹き込みやがったな」
「確かに昨日の内に両親を呼びに戻ったけど、事実しか伝えてないよ」
「事実だあ? だから俺は今の今まで兵士としてなあ」
「そこからじゃないよ。兄貴が、ポレットさんが止めるのも聞かずに黙って入隊したって辺りからさ。ポレットさんさ、兄貴が消えた後この家を訪ねてきたんだぜ。兄貴に何かあったんじゃないかって。事故とか事件に巻き込まれたんじゃないのかって。いやあ、兄貴ごときを心配してくれるなんてホント出来た人だよなあ」

一瞬、アルマンの胸に歓喜のようなものが湧いたが、すぐに弟への苛立ちに掻き消される。
ロマンは笑みのまま続けた。

「捜索願いを出すって彼女が言ったから、俺が待ったをかけた。なんとなく事故も事件も違うって分かってたからね。そしたらポレットさんが入隊の話を思い出したんだよね、まさかって。で、軍に問い合わせたらそのまさかだったってワケ」
「そ、そうだろ。お前らが心配するような事は何も」
「いやいや心配してたのはポレットさんだけで、俺は全然してなかったから。毎日ぐっすり寝てたから」
「てめ、」
「そしたら今度はポレットさん、兄貴に手紙を出してさ。どういう事なのって説明を求めるやつ。訓練中に届いただろ?」
「……ああ、来たな」
「なんで返事しなかったワケ?」
「……訓練で、毎日ヘトヘトだったんだよ。だから後でいっかって。そのまま忘れて戦地に行く事になってタイミングが無くなった。でも、いきなり生還して見せて彼女を驚かせたかったから、やっぱいっかって」
「つまり情報を出し惜しみしたって事? 馬鹿だろ」
「なんだと――!」

ロマンに掴みかかろうとしたアルマンの肩を、父の分厚い掌がパアンと弾いた。

「いい加減にせんか!」
「ち、父上」

再び床に転がったアルマンは、農作業で鍛え抜かれた父の腕力に息を呑む。
溜め息が落ちた。母の。

「あんな出来たお嬢さんに心配をかけ続けておいて反省も謝罪もしないなんて、どこまで馬鹿なのよ、あなたは」
「謝罪はしたよ! さっき!」
「遅いのよ。手紙でも出来たでしょ。さっさと本当の事を彼女に報せてお別れして差し上げるべきだったのに戦後も長々と彼女を待たせて、挙句のこのこと田舎娘を連れ帰って来るなんて。底抜けの礼儀知らずで恥知らずよ」

家族三人の目が扉の陰に向かう。
エロディーはささと身を潜めて「アルマあン、怖いよう」と言った。
アルマンは、現状が理不尽と思えてならなかった。
家族の中に味方がいない。みんなして他人に過ぎないポレットばかりに気を使う。未だ「おかえり」の一言すら無い。誰も無事の再会を喜んでくれない。

――嫁ですらない女がそんなに大事かよ。

憤懣が声になって外に出た。

「俺は男爵家の長男だぞ。ずっと戦地にいたってのに何で責められるんだよ!」

アルマンはとうとう言った。
すると玄関に、親子三人分の嘆息が落ちた。
「……このクズは」と父の心底失望した目が、アルマンを見下ろした。





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