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04 虚偽
しおりを挟む父は、アルマンに言った。
「そもそも――お前、戦場に行ってないだろ」
突き付けられた瞬間、アルマンの頭は真っ白になった。
次にこう思った。
――なんで?
なんで父は知っている。
なにもアルマンは、脱走とか敵前逃亡とかした訳ではない。
三ヶ月の訓練期間を終えた後、配置された小隊と共に辺境の戦地へと向かった。
道の途中の森で、小隊はオオカミの群れに襲撃された。小隊長は負傷したもののオオカミの群れは全て射殺した。
混乱の所為で小隊は他の部隊とはぐれた。とにかく合流地点を目指して霧の森を歩いた。
そして、谷合の村落に辿り着いた。小隊長の手当ては必要だったし、隊員達は戦闘と遭難で疲弊していた。
小隊長は、村娘に願い出た。
「こちらの村で少し休ませてもらえないかい?」
村娘ことエロディーは「ええ勿論」と頷き、小隊に笑いかけた。
「歓迎します、兵隊さん達」
その時見たエロディーの笑顔に、アルマンは惹かれた。
それから暫く村に逗留し、隊員達の回復を待った。
思った以上に村は居心地が良かった。隊員達は世話になる代わりに村内の力仕事などを積極的に手伝った。
同い年のエロディーとアルマンが打ち解けるのに時間は掛からなかった。
夜の逢瀬が始まるのにも半月と掛かっていない。他の隊員達の目を盗み、夜の森で若い体を合わせる行為は最高に滾った。
アルマンはすっかりエロディーの体に夢中になり「戦闘が終わったら王都に連れ帰る」とまで彼女に約束していた。
やがて部隊は戦線復帰し、村を離れる事になった。
小隊長は、たっぷりと時間をかけて休養した。敢えてだ、と彼はアルマンににやりと笑んで見せた。
「これだけ足踏みしたんだ。もう戦闘終結してるかもな」
彼の手にはコンパスが握られていた。「狂った」と言っていたのに狂っていない。
遭難は彼の「敢えて」の行動だったのだ、とアルマンは感心した。
「そういう生き残り方もあるのですね」
「おうよ。覚えておきな、若いの」
「勉強になります」
小隊は移動を開始した。
アルマンは「必ず迎えに来る」とエロディーに約束して一時村を離れた。
小隊長の読みは的中し、フォレノワールの戦闘は終了していた。
撤収する戦闘部隊が多かった。現地に留まっているのは後方支援の医療班ばかりで、動かせない患者らのテントを忙しく走り回っている。
小隊長は判断を下した。
「よし。俺らに出来る事はないな」
それで来て早々の小隊は回れ右をし、撤収の流れに乗って戦地を離脱した。
森に差し掛かると、アルマンは離脱の列を離れてエロディーと再会し、彼女の案内で王都への道に戻った。
「結婚してくれるんだよね?」という彼女の催促には、すんなり頷いた。
「俺は未婚だし婚約もしてないし大丈ぶ……いけね。年上の女がいたんだった」
「ええー?」
「別れる別れる。一年近く音信不通だし、俺の中では終わってる」
「ならいいけどお。でも元カノさんが待ってたらどうするのよお」
「あー多分待ってるんだろうなあ。まあビシッと別れを言い渡してやるさ」
「ここから手紙送れば?」
「字書くのが面倒臭い。直接言えばいい。お前が隣にいた方が効くだろ」
「そうだよねえ? こーんなにセクシーで可愛いもんねーアタシ」
「ああ。お前はセクシーで可愛いよ……」
エロディーと寄り道をしながら戻った所為で、他の兵士達よりも帰還が半月ほど遅れた。
昨日、軍営に帰還報告をした時は何も言われなかった。「よく戻った」と労われただけで帰還が遅れた理由を突っ込まれるでも無く、怪我の心配すらされた。
つまり今日になって事実が発覚した事になる。
父は、アルマンの呆け顔に言い渡した。
「お前の上官って奴がな、虚偽の申請をした所為でバレたんだよ」
オオカミにやられた負傷を魔物との戦闘で負ったものと偽り、恩給をゲットしようとしたらしい。
正直に「戦地に向かう途中でオオカミにやられました」でも問題無かった。それでも恩給は出た。
ところが彼は欲張った。オオカミにやられたのでは勲章にも軍功にもならない。軍功無くして昇進も無い。
この欲張りが仇となった。オオカミの負傷は噛み痕と引っかき傷のみ。しかしフォレノワールの魔物は、軟体動物みたいなやつで絞めたり毒を浴びせたりするタイプだったと言う。明らかに傷跡が異なる。
魔物の情報をきちんと確認しなかった、小隊長のミスだ。
虚偽を追及され、彼は口を割るしかなくなった。フォレノワールの戦闘には参加していないと。
彼の所為で小隊は「陸軍の面汚し」というレッテルを貼られた。
それを今、アルマンは父から知らされた。
父は白い目を息子に注ぎ続けた。
「さっき陸軍本部ってとこから使いが来た。お前らを不名誉除隊にするとさ。ギャラも無しだと。お前らは国の為に何もしてないんだから当然だな」
アルマンは惚け続けた。
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