彼を待っていたものは、

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05 肩透かし

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出征によりアルマンが手にしたものとは、一体何だろう。

男爵家のタウンハウスからは、その日の内に叩き出された。
二度と戻って来るなと父から言い渡され、領地への立ち入りも禁止された。
不名誉除隊につき軍隊にも戻れない。
ならばエロディーと共に村落に戻り、静かな田舎暮らしをと望んだのだが、当のエロディーから見限られてしまった。

「絶対やだあ。だって貴方ってもう男爵様にはなれないんでしょ。お金も無い下半身だけの男なんて何の価値もないじゃん。騙されたアタシ超可哀そう!」

エロディーは悔やんだ挙句に、なんと弟のロマンに擦り寄った。
しかしロマンは「馬鹿だろ」とエロディーを突き放した。

「お前こそ何の価値もないっつの。はーあ。あわよくばポレットさんをゲットしようと思って兄貴の馬鹿を見過ごしてきたってのに、もう無理だわ。――お前ら、似合いなんだから一緒になれよ」
「絶対やだあ!」

袖にされたエロディーは、場違いな王都から逃げるようにして去った。

一人残されたアルマンは途方に暮れた。
軍隊の経験を活かして警備の仕事にありつこうにも、不名誉除隊では無理な事だった。当然だ。警備に信用は必須。高級店であればあるほど。
男爵家の出という肩書きすらも効力を失う、それほどの破壊力が不名誉除隊にはあるのだ。犯罪歴に等しい。

何もかも失ったアルマンは、ふらふらと王都の公園や教会を渡り歩いた。
長引くと地元民から「浮浪者」通報されるから、仕事を得て、住み家を得る必要があった。

――或いは、王都を出るか。

折角住み慣れた華やかな街を去るのは惜しい。

その時ふと、ポレットの事が頭に浮かんだ。
昔のように彼女に助けを求めるのはどうだろう。優しく大人の彼女は何だかんだアルマンに甘かった。
この前は隣にエロディーがいた。それで彼女を怒らせた。彼女の女としての矜持を踏みにじってしまった。

――馬鹿だな、俺は。

どうしてもっと早くポレットの事を思い出さなかった。
頼れる姉さん女房になる予定だった女だ。そもそも彼女に認めてもらう為の出征だったのにこれでは本末転倒ではないか。

予定通りいこう。
ポレットに助けてもらおう。
暫く養ってもらおう。
なんなら彼女の口利きで警備の仕事とか貰おう。

きっと彼女の事だから、苦笑と共に「仕方ないわね」と言ってやらかしたアルマンを迎え入れてくれる。



なんと――ポレットは既に王都にいなかった。
彼女の勤め先に向かったアルマンだが、無論ながら入り口を固める警備員らに捕まった。
「知り合いの女性を訪ねてきただけだ」と訴えると、一人が舌打ちごと教えた。

「ポレットさんは先日退職された。王都にはおらん。貴様も去れ!」

それを聞いてアルマンは思い出した。再会したあの日、ポレットは店内に向かって礼をしてから店舗を去った。あれは退職の挨拶だったのか。
歩道に放り出されたアルマンは、次に手掛かりを求めてポレットの入居するアパルトマンに走った。
部屋はもぬけの殻――ではなく、新たな住人の入居作業の真っ最中だった。
ドアマンから無理やり訊き出したところ、ポレットの引っ越し先は「故郷」である事が判明した。
彼女の故郷についてアルマンはほとんど聞かされていない。ポレットがあまり話したがらなかった。

「ちょっと、悲しい思い出があるから……」

悲しい、思い出したくもない土地に彼女は泣く泣く帰って行った。ポレット狙いのロマンはそれで「もう無理」と言ったのだろう。学校のある弟では消えた彼女の行方を追えなかった。
アルマンは「俺の所為だ!」と思った。

「俺が連絡もせず一年も待たせたから。他の女を連れて戻ったから傷付いて、もう王都が嫌になって、それで――」

ポレットもまた、何もかも失った。
確かにアルマンは、ポレットを捨てようとしていた。けれど、何も破滅させたかった訳ではない。彼女は彼女で凡庸な幸せを築いて欲しいと願っていた。
恨みはなかった。悪気はなかった。
今頃ポレットは、故郷で肩身の狭い思いをしている。男に待ち惚けさせられた女だと後ろ指を指されている。アルマンの所為で。

「ポレット、すまん。俺が助けてやるからな――!」

ポレットを故郷から連れ出す、それがアルマンに課せられた使命だ。
アルマンは手持ちの金をはたいて南西部に向かう汽車に飛び乗った。



王国一の港湾都市、そこがポレットの故郷であった。
王都とは異なる華やかさがある。陽光が眩しい。色と光と風に溢れている。

終点の駅舎を出たアルマンは煌めく波頭を遠目にしたまま立ち尽くし、海鳥の声と潮騒を聞いていた。
悲しい、思い出したくもない土地という感じでは全然ない。明るく賑やかだ。
肩透かしの気分を味わっていると、地元民の話し声が聞こえてきた。

「いよいよ結婚式だね」
「良かったよねえ。今日まで長かったもんねえ」
「これで領地は益々安泰だ」
「聖堂に行ってみる? ライスシャワーを拝みにさ」
「なんかお祝いのケーキを貰えるって話だよ」
「貰おう貰おう。いやあめでたい――おめでとう閣下、ポレットちゃん!」

さすがにアルマンは、同名の女の話だろう、と思った。
「閣下」なんて大層な人物の花嫁が、平民のポレットな筈はない。
しかしどうにも胸騒ぎがした。
だって領民が「ちゃん」と呼んでいる。貴族相手にしては距離が近過ぎる。
それにポレットの完成度の高さはアルマンが一番よく知っている。平民だろうが販売員だろうが彼女ならば「閣下」の夫人として立派にやっていける。

「……まさかだよな」

まさかだった。





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