私の英雄

C t R

文字の大きさ
7 / 50

07 魔人

しおりを挟む



去年――。
王国、王宮。
帝都で二番目に古い老舗ブランド、通称「ムッシュ」から第二王女宛ての返信がやっと届いた。

「大変恐縮ながら、既に予約がいっぱいとなっております。王女様のドレスのご注文をお受けするには来年の冬までお時間を頂戴したく――」

帝都で一番古い老舗ブランド、通称「マドモアゼル」とほぼ同じ内容だった。
第二王女アンヌは、ブランドロゴの入った厚手の紙を破り捨てた。

「……仕方ないわ。帝国からすれば王国は所詮下っ端だもの」

まさか帝国の皇族、貴族達の列に割り込むわけにもいかない。
不本意ながら我慢するしかない。国産ドレスメーカーにもいい仕事をする者はいる。ハイジュエリーの品質は特に帝国産と比べて何ら遜色ない。
それどころか大陸西沿岸部に位置する王国には大陸最古の宝石商がある。ショコラだって王国の方が歴史は古い。
東に隣接する帝国には国土面積と軍事力で圧倒されてはいるものの、全てにおいて負けているのではない。
古より、あちこちの大陸を支配していたあちこちの大帝国が滅んでいる。今の帝国とて永遠に大陸の覇者ではいられまい。

「……だから今は、仕方ないわ」

一度は帝国のドレスを諦めたアンヌだったが、翌月の夜会で自分が欲しかったドレスを平然と身に着けている娘を目撃した。

「嘘でしょ。どうやって手に入れたのよ」

王女の自分に無理だった事を貴族令嬢ごときがやってのけている。
不正を疑った。
調べてすぐに答えが出た。王家ですら太刀打ち出来ない強力なコネクションが彼女にはあった。卑怯なのは不正もコネも同じだ。

「コルベール公爵、艦隊司令官」

王国海軍は帝国海軍と仲が良いらしい。外野には分からない、海で戦う者同士の謎の絆があるとかで、帝国皇太子が海軍所属というのも強烈な作用を齎していた。
コルベール公爵ことユーグを手に入れれば、ムッシュのドレスも手に入る。

「でも戦災孤児なんて、このわたくしに相応しくないわ」

しかしより詳しく彼について調べ、彼が魔人で王族の末裔である事が判明した。
亡国なので後ろ盾にはならない。ただ、欲しいドレスは着られる。
損得勘定をしながらアンヌはユーグが王都に帰るのを待ち、上陸した彼の容姿をチェックして「合格ね」と頷いた。若く美しい。帝国の覚えもめでたいなら言う事なし。最悪国が滅んでも匿ってもらえる。

「うふふ。じゃあ早速、あのドレス泥棒ちゃんには消えてもらいましょ」

善は急げ。アンヌは父、国王に願いユーグを望んだ。

国王は大いに唸った。天才だろうが魔人だろうが王家の末裔だろうが孤児は孤児。身分が卑し過ぎる。親の顔すら分からない。
本当は公爵にもしたくなかった。帝国の手前高評価したに過ぎない。
しかし「彼に一目惚れしてしまった」という健気で可愛い姫の願いを叶えてやりたい親心には抗い難く、国王は渋々頷いた。

「……分かった。相応の職官を与えた上で、彼を王室に迎え入れよう」

そして今年に入り、急遽ユーグの出世街道が築かれ、婚約者もバトンタッチする運びとなった。

一応、国王は罪悪感からシャロンの実家、テリエ侯爵家には報奨金という形で詫びておいた。侯爵がそれを丸ごと懐に収め、シャロンにもユーグにも知らせなかった事など国王は知る由もない。

「お前たちの婚約だが来年ユーグの大臣就任と同時に正式に結び、発表する。まだシャロン嬢も辛かろうしな。ショックのあまり退学したと聞いたよ。とても可哀そうな事をしてしまった。彼女を慮り、発表も祝宴も小さく控えめにしよう……」

肝心なところで気が小さい父親に鼻白み、アンヌは新聞社に使いを出した。
翌朝、号外が出た。

「王国海軍の英雄コルベール公爵と第二王女アンヌ殿下、ご婚約――!」



帝国、皇帝大通り、十二番地。
王国で号外が出たという新聞記事を見て、シャロンは瞬いた。
また妙なタイミングで発表したものだ。二人のどちらかの誕生日とか記念日とか、ドラマチックな演出がない。ほんの一週間待てば王妃の誕生日が来ていた。

「……派手にしたくなかったのかしら」

ユーグの事だから。でも何も話題が無い分、返って目立っている。
新聞紙を畳んでリビングルームのテーブルに残し、シャロンは二階の子供部屋に向かった。
ラグに座り込み、レオンが絵本を開いていた。
さっき「読んであげようか」と申し出たら首を横に振られた。

「ぼく、自分で読める」
「凄い」
「でもね、あの分厚いのは、後で読んで」

レオンが指差した児童書に振り返り、シャロンは「いいわよ」と微笑んだ。

三日前、レオンが魔人である事が判明した。
医師でもある宮廷魔術師はレオンの頭部に何やら被せ、どうやら脳を撮影したようだった。少し待った後、紙に出力した診断画像を見て彼は結論付けた。

「この方は間違いなく魔人です」

小さな体に膨大な魔力が眠っている。
人間誰しも僅かながら魔力を持つ。動物にも植物にも鉱物にも魔力が宿っている。
ある、というだけで概ね微量で、何の役にも立たず意味も価値も無い。

魔力とは奇跡を齎すエネルギーだ。それを大量に含有する規格外の存在が魔石や魔獣と呼称され、分類される。
人間の場合は魔人と呼ばれ、畏れられ崇められる。魔人は魔力の器たる肉体が強靭で、パワーを制御する為の頭脳も優れている。魔獣然りだ。分岐するまで人と動物は同じ進化を辿ってきたので似た部分は多い。

尚、魔物は世界から逸脱したモノである。姿は煙のように定まらず、人とのコミュニケーションが一切取れない為、中世初期まではデビルともゴーストとも呼ばれていた。

眠っている魔力の扱いについて、魔人は二つの選択肢を持つ。
一つ、魔力を眠ったままにしておく。封印の魔術がある。
封印の魔術があるので覚醒の魔術も当然ある。
二つ、覚醒の魔術で魔力を目覚めさせ、世の中に貢献する。

魔人と言っても魔力量には個人差がある。魔人脳を持つ者が、一括りに魔人と称されている。
レオンの魔力量は不明だ。覚醒無しには測定も出来ない。

魔人は「太古の魔神」と呼ばれるものとコネクトし、魔神の奇跡、所謂魔法を使う事が出来る。
魔力量に応じてコネクト可能なものが異なり、引き起こされる現象もその規模も異なってくる。
レオンが何とコネクトし、どんな奇跡を起こせるのかは現時点では分からない。
シャロンはレオンの隣に腰を下ろし、銀色の小さい頭を撫でた。

「困っちゃうわね」
「うん」

絵本に目線を置いていても同じ事を考えていたようで、レオンはすんなりとシャロンに頷いた。
今の彼は無邪気で可愛い四歳児である。亡き父親が保有していた公爵位は叔父のサディに移ったが、レオンが独り立ちした暁に返される。
領地もあるそうだが四歳児にも彫刻家にも統治は無理なので、皇城から精鋭チームが派遣され、代行運営中だと言う。

参考にはならないな、とシャロンは想念した。
同じ魔人でもユーグとレオンでは立場も事情も違い過ぎる。

ユーグには何の後ろ盾も無い代わりに行動を制限する柵も責務も無かった。
身軽だった彼は何にでもなれ、何でも出来た。





しおりを挟む
感想 40

あなたにおすすめの小説

真実の愛は、誰のもの?

ふまさ
恋愛
「……悪いと思っているのなら、く、口付け、してください」  妹のコーリーばかり優先する婚約者のエディに、ミアは震える声で、思い切って願いを口に出してみた。顔を赤くし、目をぎゅっと閉じる。  だが、温かいそれがそっと触れたのは、ミアの額だった。  ミアがまぶたを開け、自分の額に触れた。しゅんと肩を落とし「……また、額」と、ぼやいた。エディはそんなミアの頭を撫でながら、柔やかに笑った。 「はじめての口付けは、もっと、ロマンチックなところでしたいんだ」 「……ロマンチック、ですか……?」 「そう。二人ともに、想い出に残るような」  それは、二人が婚約してから、六年が経とうとしていたときのことだった。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない

鈴宮(すずみや)
恋愛
 孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。  しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。  その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?

【完結】彼を幸せにする十の方法

玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。 フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。 婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。 しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。 婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。 婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。

〈完結〉デイジー・ディズリーは信じてる。

ごろごろみかん。
恋愛
デイジー・ディズリーは信じてる。 婚約者の愛が自分にあることを。 だけど、彼女は知っている。 婚約者が本当は自分を愛していないことを。 これは愛に生きるデイジーが愛のために悪女になり、その愛を守るお話。 ☆8000文字以内の完結を目指したい→無理そう。ほんと短編って難しい…→次こそ8000文字を目標にしますT_T

悪女と呼ばれた王妃

アズやっこ
恋愛
私はこの国の王妃だった。悪女と呼ばれ処刑される。 処刑台へ向かうと先に処刑された私の幼馴染み、私の護衛騎士、私の従者達、胴体と頭が離れた状態で捨て置かれている。 まるで屑物のように足で蹴られぞんざいな扱いをされている。 私一人処刑すれば済む話なのに。 それでも仕方がないわね。私は心がない悪女、今までの行いの結果よね。 目の前には私の夫、この国の国王陛下が座っている。 私はただ、 貴方を愛して、貴方を護りたかっただけだったの。 貴方のこの国を、貴方の地位を、貴方の政務を…、 ただ護りたかっただけ…。 だから私は泣かない。悪女らしく最後は笑ってこの世を去るわ。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ ゆるい設定です。  ❈ 処刑エンドなのでバットエンドです。

誰にも言えないあなたへ

天海月
恋愛
子爵令嬢のクリスティーナは心に決めた思い人がいたが、彼が平民だという理由で結ばれることを諦め、彼女の事を見初めたという騎士で伯爵のマリオンと婚姻を結ぶ。 マリオンは家格も高いうえに、優しく美しい男であったが、常に他人と一線を引き、妻であるクリスティーナにさえ、どこか壁があるようだった。 年齢が離れている彼にとって自分は子供にしか見えないのかもしれない、と落ち込む彼女だったが・・・マリオンには誰にも言えない秘密があって・・・。

処理中です...