20 / 68
第一章 偽りの聖女と冷徹の騎士
20 砦を前に
しおりを挟む
ほとんど駆け続け、馬の限界ギリギリアウトまで頑張った結果、1日半ほどで放置された護送馬車にたどり着いた。
辿り着きはしたけど。
つ、つら……。
オレ、完全抱えられて乗ってるだけなのに、割と体調最悪だよ? 結構回復したと思ってたのに。
あの時、移動を諦めて野営していたシグルスの判断って、すげえ大事だったんだな。
やっと馬車内に横たえられて、ぐったり目を閉じる。
もう、軽口を叩く力もない。
自分の荒い呼吸と高い体温を感じながら、眠ったのか気を失ったのか、いつの間にか意識は沈んでいた。
――ガタガタ揺れる中、目が開いた。
どのくらい意識がなかったんだろう。
途中も何度か起こされ、多分、何か飲まされていた気がする。おかげで干上がるほどの口渇感はない。
ということはつまり、一日以上経っているのかも。
それはつまり、もう砦が目の前ということかも。
……もったいないことをした。オレの、大事な残り時間だったのに。
ミシミシする体を起こして、息を吐いた。
襲撃は、大丈夫だったんだろう。シグルスの判断が早いおかげか。
格子のはまった窓から覗いてみたけれど、変わらぬ荒野と、左手には森が広がっている。
やや日の低い今は午後かな、それとも明け方かな。
いくら視線を動かしても、シグルスの姿は見えなかった。
馬車が徐々に速度を落とし始め、停車を察知して座席に掴まっておく。
思いのほかゆっくり止まってしばし、扉が開いて見慣れた顔が覗き込んだ。
ああ、居た。
「……起きたか。出ろ」
「もう、砦? 今って朝?」
立てるかな、と用心しいしい腰を上げると、なんとか足は立つよう。
方々に掴まりながら扉まで体を運ぶ最中、ひょいと両脇を支えて子供のように馬車から下ろされ、驚いた。
「まだだ。いい加減、飯を食え。もう既に昼を過ぎた」
「お前……そればっかだな」
食え、寝ていろ、動くな、そんなことばっかり言われている気がする。
自然と浮かぶ笑みに、シグルスは相変わらず唇を引き結んだ仏頂面を返してきた。
既に食事を終えたらしい兵たちが、随分憔悴しているのが分かる。大分、強行軍で向かっているんだろうな。
ふと、見回した視界の中に、見慣れないものがあって息を止めた。
オレの様子に気付いたシグルスが、何も言わずに湯気のたつ椀を押し付ける。
視線を引きはがすように、温かい手の中に意識を持って行った。
……あれが、砦。もう、すぐだな。
明日か、それともこのまま発って、夜中のうちに到着するのだろうか。
顔を上げると、青い瞳と目が合った。
「ちゃんと食うよ」
「そうか」
約束だからな。ちゃんと、砦まで生きてるから。
中々喉を通らない液体を、気合でごくりと飲み込んで笑みを浮かべてみせる。
スッと逸らされた視線をいいことに、オレは舐めるようにスープを飲みながら、その横顔を眺めていた。
警戒を怠っていないのだろうな。遠くを見る瞳が険しい。
高い鼻梁と締まった口元を見ながら、そういえば笑った顔を見たことがないなと思う。
でもさ、オレだって。
思えばオレが本当に笑った顔って、お前しか見てないかも。特別だぞ、覚えておけよ?
お前はさ、任務終わったら何するの? 美味いもん食って、いっぱい寝ろよ。
オレはまあ、せいぜい頑張って魔石作るよ。お前に当たる魔石が、いいもんになるように。
ちょっとくらい、思い出せよ? 聖魔石が、どこから来てんのかさ。
ひたすら胸の内で話しかけながら、少しずつ冷めていくスープを何とか腹の中に落とし込んでいた。
その時――
ハッと立ち上がったシグルスが、ぐるりと周囲を見回したかと思うと、声を張った。
「来るぞ! 多い! 馬車を出せ、武器以外全て置いて行け!」
「は、え、はい!」
「はい……っ?!」
目を瞬く間に、荒っぽく抱えられて手から椀が転がって行った。
オレを馬車に放り込むや否や、シグルス自ら御者台に立って馬を走らせる。
慌てて窓に縋りつくと、同じく慌てふためく兵たちが馬に乗って駆けてくるのが見えた。
襲撃……? でも、まだ何にも……。
首を傾げた時、カカッと馬車を打つ音がした。
何だろうと思う間もなく、突き立ったものを発見して青ざめる。
矢……! シグルスは?!
「シグルス?! 大丈夫か!」
「誰を案じている! 引っ込め、絶対に出るな!」
今さらながら、護送馬車の必要性をありありと感じた。下手したら最初の矢で、オレ死んでる。相手方は馬鹿なんだろうか、オレが欲しいんじゃないのか。それとも、回復の能力があるから大丈夫だとでもと思っているんだろうか。
どうやら、左手の森に身を潜めた一団がいるらしい。そちらから矢が飛んでくる。疾走する馬車の向きを変えようとした時、シグルスの舌打ちが聞こえた。
「た、隊長、無理です、軍が!」
前方の森から流れ出すように現れたのは、数人どころではなかった。
行く手を阻まれ、急旋回して停車した馬車内で、思い切り壁にぶつかる。
同時に、左手の森からも武装した集団が現れた。
辿り着きはしたけど。
つ、つら……。
オレ、完全抱えられて乗ってるだけなのに、割と体調最悪だよ? 結構回復したと思ってたのに。
あの時、移動を諦めて野営していたシグルスの判断って、すげえ大事だったんだな。
やっと馬車内に横たえられて、ぐったり目を閉じる。
もう、軽口を叩く力もない。
自分の荒い呼吸と高い体温を感じながら、眠ったのか気を失ったのか、いつの間にか意識は沈んでいた。
――ガタガタ揺れる中、目が開いた。
どのくらい意識がなかったんだろう。
途中も何度か起こされ、多分、何か飲まされていた気がする。おかげで干上がるほどの口渇感はない。
ということはつまり、一日以上経っているのかも。
それはつまり、もう砦が目の前ということかも。
……もったいないことをした。オレの、大事な残り時間だったのに。
ミシミシする体を起こして、息を吐いた。
襲撃は、大丈夫だったんだろう。シグルスの判断が早いおかげか。
格子のはまった窓から覗いてみたけれど、変わらぬ荒野と、左手には森が広がっている。
やや日の低い今は午後かな、それとも明け方かな。
いくら視線を動かしても、シグルスの姿は見えなかった。
馬車が徐々に速度を落とし始め、停車を察知して座席に掴まっておく。
思いのほかゆっくり止まってしばし、扉が開いて見慣れた顔が覗き込んだ。
ああ、居た。
「……起きたか。出ろ」
「もう、砦? 今って朝?」
立てるかな、と用心しいしい腰を上げると、なんとか足は立つよう。
方々に掴まりながら扉まで体を運ぶ最中、ひょいと両脇を支えて子供のように馬車から下ろされ、驚いた。
「まだだ。いい加減、飯を食え。もう既に昼を過ぎた」
「お前……そればっかだな」
食え、寝ていろ、動くな、そんなことばっかり言われている気がする。
自然と浮かぶ笑みに、シグルスは相変わらず唇を引き結んだ仏頂面を返してきた。
既に食事を終えたらしい兵たちが、随分憔悴しているのが分かる。大分、強行軍で向かっているんだろうな。
ふと、見回した視界の中に、見慣れないものがあって息を止めた。
オレの様子に気付いたシグルスが、何も言わずに湯気のたつ椀を押し付ける。
視線を引きはがすように、温かい手の中に意識を持って行った。
……あれが、砦。もう、すぐだな。
明日か、それともこのまま発って、夜中のうちに到着するのだろうか。
顔を上げると、青い瞳と目が合った。
「ちゃんと食うよ」
「そうか」
約束だからな。ちゃんと、砦まで生きてるから。
中々喉を通らない液体を、気合でごくりと飲み込んで笑みを浮かべてみせる。
スッと逸らされた視線をいいことに、オレは舐めるようにスープを飲みながら、その横顔を眺めていた。
警戒を怠っていないのだろうな。遠くを見る瞳が険しい。
高い鼻梁と締まった口元を見ながら、そういえば笑った顔を見たことがないなと思う。
でもさ、オレだって。
思えばオレが本当に笑った顔って、お前しか見てないかも。特別だぞ、覚えておけよ?
お前はさ、任務終わったら何するの? 美味いもん食って、いっぱい寝ろよ。
オレはまあ、せいぜい頑張って魔石作るよ。お前に当たる魔石が、いいもんになるように。
ちょっとくらい、思い出せよ? 聖魔石が、どこから来てんのかさ。
ひたすら胸の内で話しかけながら、少しずつ冷めていくスープを何とか腹の中に落とし込んでいた。
その時――
ハッと立ち上がったシグルスが、ぐるりと周囲を見回したかと思うと、声を張った。
「来るぞ! 多い! 馬車を出せ、武器以外全て置いて行け!」
「は、え、はい!」
「はい……っ?!」
目を瞬く間に、荒っぽく抱えられて手から椀が転がって行った。
オレを馬車に放り込むや否や、シグルス自ら御者台に立って馬を走らせる。
慌てて窓に縋りつくと、同じく慌てふためく兵たちが馬に乗って駆けてくるのが見えた。
襲撃……? でも、まだ何にも……。
首を傾げた時、カカッと馬車を打つ音がした。
何だろうと思う間もなく、突き立ったものを発見して青ざめる。
矢……! シグルスは?!
「シグルス?! 大丈夫か!」
「誰を案じている! 引っ込め、絶対に出るな!」
今さらながら、護送馬車の必要性をありありと感じた。下手したら最初の矢で、オレ死んでる。相手方は馬鹿なんだろうか、オレが欲しいんじゃないのか。それとも、回復の能力があるから大丈夫だとでもと思っているんだろうか。
どうやら、左手の森に身を潜めた一団がいるらしい。そちらから矢が飛んでくる。疾走する馬車の向きを変えようとした時、シグルスの舌打ちが聞こえた。
「た、隊長、無理です、軍が!」
前方の森から流れ出すように現れたのは、数人どころではなかった。
行く手を阻まれ、急旋回して停車した馬車内で、思い切り壁にぶつかる。
同時に、左手の森からも武装した集団が現れた。
134
あなたにおすすめの小説
2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。
ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。
異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。
二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。
しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。
再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。
★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
異世界で聖男と呼ばれる僕、助けた小さな君は宰相になっていた
k-ing /きんぐ★商業5作品
BL
病院に勤めている橘湊は夜勤明けに家へ帰ると、傷ついた少年が玄関で倒れていた。
言葉も話せず、身寄りもわからない少年を一時的に保護することにした。
小さく甘えん坊な少年との穏やかな日々は、湊にとってかけがえのない時間となる。
しかし、ある日突然、少年は「ありがとう」とだけ告げて異世界へ帰ってしまう。
湊の生活は以前のような日に戻った。
一カ月後に少年は再び湊の前に現れた。
ただ、明らかに成長スピードが早い。
どうやら違う世界から来ているようで、時間軸が異なっているらしい。
弟のように可愛がっていたのに、急に成長する少年に戸惑う湊。
お互いに少しずつ気持ちに気づいた途端、少年は遊びに来なくなってしまう。
あの時、気持ちだけでも伝えれば良かった。
後悔した湊は彼が口ずさむ不思議な呪文を口にする。
気づけば少年の住む異世界に来ていた。
二つの世界を越えた、純情な淡い両片思いの恋物語。
序盤は幼い宰相との現実世界での物語、その後異世界への物語と話は続いていきます。
【土壌改良】スキルで追放された俺、辺境で奇跡の野菜を作ってたら、聖剣の呪いに苦しむ伝説の英雄がやってきて胃袋と心を掴んでしまった
水凪しおん
BL
戦闘にも魔法にも役立たない【土壌改良】スキルを授かった伯爵家三男のフィンは、実家から追放され、痩せ果てた辺境の地へと送られる。しかし、彼は全くめげていなかった。「美味しい野菜が育てばそれでいいや」と、のんびり畑を耕し始める。
そんな彼の作る野菜は、文献にしか存在しない幻の品種だったり、食べた者の体調を回復させたりと、とんでもない奇跡の作物だった。
ある嵐の夜、フィンは一人の男と出会う。彼の名はアッシュ。魔王を倒した伝説の英雄だが、聖剣の呪いに蝕まれ、死を待つ身だった。
フィンの作る野菜スープを口にし、初めて呪いの痛みから解放されたアッシュは、フィンに宣言する。「君の作る野菜が毎日食べたい。……夫もできる」と。
ハズレスキルだと思っていた力は、実は世界を浄化する『創生の力』だった!?
無自覚な追放貴族と、彼に胃袋と心を掴まれた最強の元英雄。二人の甘くて美味しい辺境開拓スローライフが、今、始まる。
この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!
ゆずまめ鯉
BL
五歳の頃の授業中、頭に衝撃を受けたことから、自分が、前世の妹が遊んでいた乙女ゲームの世界にいることに気づいてしまったニエル・ガルフィオン。
ニエルの外見はどこからどう見ても金髪碧眼の美少年。しかもヒロインとはくっつかないモブキャラだったので、伯爵家次男として悠々自適に暮らそうとしていた。
これなら異性にもモテると信じて疑わなかった。
ところが、正ヒロインであるイリーナと結ばれるはずのチート級メインキャラであるユージン・アイアンズが熱心に構うのは、モブで攻略対象外のニエルで……!?
ユージン・アイアンズ(19)×ニエル・ガルフィオン(19)
公爵家嫡男と伯爵家次男の同い年BLです。
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
新年に余り物でおせちを作ったら、冷酷と噂の騎士団長様に「運命の番」だと求婚されました
水凪しおん
BL
料理人だった俺が転生したのは、男性オメガというだけで家族に虐げられる不遇の青年カイ。
新年くらいはと前世の記憶を頼りに作ったのは、この世界にはない『おせち料理』だった。
それを偶然口にしたのは、氷のように冷酷と噂される最強の騎士団長リアム。
「お前は俺の運命の番だ」
彼の屋敷に保護され、俺の作る料理が彼の心を溶かしていく。
不器用で、だけどまっすぐな愛情を注いでくれる彼と、美味しい料理で紡ぐ、甘くて温かい異世界スローライフ。
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる