麗しのラシェール

真弓りの

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麗しのラシェール

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「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」

「……ありがとう、ございます」

いつまでも他人行儀だと、わたくしの旦那様は笑うけど。

どうして愛想笑い以外の行動が出来るだろう、その愛しそうな笑顔の全てがわたくしの美しい姉のために成されているものだと知っているのに。

わたくしの気持ちを知ってか知らずか、旦那様は1日の内に幾度となく「愛しい僕のラシェール」「美しいラシェール」「愛しいラシェール」と連呼する。

ラシェールの意味するところは「恋人」「愛しい人」といったところか。絶世の美女であり美と愛の女神ラシェルメリア様の愛称『ラシェール』が語源の、男性が恋人や奥様、意中の人を呼ぶ時の一般的な呼称だ。この国の人なら誰だって一度や二度は耳にした事があるだろう。

だから、彼から初めてそう言われた時には嬉しくて、天にも昇る気持ちだった。

彼はこの国を動かす中枢に今にも食い込まんとする将来を有望視されるお方。伯爵位をお持ちで、容姿も美貌とまではいかないけれど優しげで、お人柄が溢れ出たような安心感を感じられた。

そもそもわたくしには、過ぎた方だったのだ。

ただ、わたくしがこの『ラシェール』という言葉を喜べないのには、理由がある。

簡単なことだ。

姉の名前が『ラシェール』だから。

生まれ落ちた時から輝くばかりの愛らしさで、驚きのあまりお父様が『ラシェール』と呟いてしまった事から名付けられたという、お姉様の名前。

もちろんお姉様は期待を裏切ることもなく、美しく優しく嫋やかに成長し、早々にこの国の将軍に見初められてそれはそれは華やかな婚儀が執り行なわれた。

今やラシェルメリア様の化身と言われる程の美貌は、遠く離れた国でも歌われるほどだ。

妹のわたくしがみても、目が潰れると思うほどなのだから、さもありなん、である。

その知名度。美しさ。人妻になってさらに増した艶やかさ。宮廷で催されるパーティーでは完全に主役を食う勢いのお姉様を、旦那様が知らない筈がない。

だからこそわたくしには、疑問があった。

彼の言う『ラシェール』は一般的な呼称なのか……それとも、本当はお姉様の事を指していたりはしないだろうか。

その答えは、結婚してすぐに思い知った。

「君の瞳は本当に美しい。麗しのラシェール嬢に瓜二つだ」

笑ってしまった。

なるほど、旦那様はわたくしに微かに残るお姉様の面影を見ているのだ。

「ありがとうございます。姉よりはちょっとだけ色が薄いんですの。姉の劣化品ですけれど……でも、この瞳は自分でも気に入っているんですわ」

「劣化品だなどと。君は充分に美しいよ、僕のラシェール」

ええ、そうですわね。

わたくしは充分に美しい。……姉の面影を追える程度には。
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