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最終章 再生産
2353年⑵
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F実は、約束通り翌朝8時に喪服を着てU子のマンションへ行った。早々にU子には注意された。
「あなた、酒臭いわよ。」
昨夜、F実は予め買い込んでいたビール二缶では足りず、さらに缶チューハイ二本を買い足して飲んだ。そのせいか、F実は二日酔いで頭が痛い。
「ばあちゃん、あいつ、焼いたらどうすんの?」
F実はD夫が安置されている部屋のほうを指さした。U子は言った。
「私は遠くに墓参りには行けそうにないから、手元供養にしようかと思うんだけど。」
「待って、じゃあ、ばあちゃんが死んだらあいつの骨はどうしたらいいのよ。」
F実は反論した。
「そのときはそのときじゃないの。一緒にどこかのお墓に入れてくれてもいいし、散骨でも……」
「ばあちゃんの骨はちゃんと供養するつもりだけど、あいつの骨は知らないよ? ゴミの日に出すわけにもいかないでしょ。」
U子は嫌な顔をした。
「F実ったら本当に酷いことを言うのね。確かに、あの子が悪かったけど、もう死んだら仏様じゃないの。」
「断言する! あいつは仏様にはなれない。地獄で延々と鬼にいじめられてればいい。」
そうF実が言ったところで玄関のチャイムが鳴った。
「パペポ葬儀社です。」
「あら、早かったのね。」
U子が立とうとしたので、代わりにF実が玄関で出迎えた。
「あれ、あなたはU子さんの娘さん……いや、お孫さん?」
「孫です、故人の……一応娘です。」
葬儀社のメガネをかけた男性従業員は安心した表情になった。
「じゃあ、今から別の者が棺を持って来るんで、またドアを開けていただいてよろしいですか? で、こちらは死装束になりますので失礼します。」
メガネ男は手に提げていた紙袋を示した。
それからは早いもので、D夫は男の手によりさっさと死装束に着せ替えられてしまった。そして、他の従業員二人が担いできた棺の中に入れられた。
「一応サービスでお花持ってきましたんで、亡くなられた方の顔周りを飾ってあげてください。」
メガネ男は花の入った小さなカゴをF実に渡した。
「ばあちゃん、サービスだって! ほら、ばあちゃんがやっといて。」
F実は面倒くさそうにカゴをU子に渡した。U子はカゴを受け取ると、涙を流しながら「どうか成仏してちょうだいよ。」などと言って花をD夫の顔周りに飾った。
「あなたも一つくらい飾りなさいよ。」
U子は見ているだけのF実に振り向いてそう促したが、F実は苦笑いして言った。
「私がやったら、花をこいつの鼻に突っ込んでやるけど、いいの?」
「本当にもう。」
U子は仕方なく自分で全ての花を飾った。それを見てメガネ男は言った。
「そろそろ棺の蓋を閉めようと思うんですけど、最後のお別れに、何かありますか?」
U子は手を合わせている。F実は白けた顔をして、「私は特にないです。」と言った。メガネ男は、U子の様子を見て5分ほど待って、「じゃあそろそろ。」と言った。そうすると、空の棺を運んできた従業員が棺の蓋を閉め、金槌状のもので釘を打ち付けた。
メガネ男は言った。
「さて、今から出棺なんですが、ご遺族は女性二人ということで……弊社でお手伝いしますが、娘さん、運びますか?」
「ばあちゃんは腰にくるからやめといたほうがいい、私は力はあるから嫌だけど運ぶよ。」
F実がそう言ったので、U子は頷いた。
もっとも、エレベーターで階下に降りて霊柩車まで運ぶ途中のマンションの玄関ロビーで、F実は手を滑らせて棺を落としてしまった。ガツッと鈍い音がし、F実の笑い声がこだました。
「ヒーッ、落としちゃった!」
横にいたU子は呟いた。
「わざとじゃないでしょうね?」
「違うよ、二日酔いでクラッとして。アハハッ!」
葬儀社従業員三名はニコリともせずに真顔で再び棺を持ち上げ、そのまま霊柩車の後部に載せた。
「そうしましたらですね、大きめの車両をご用意しましたので助手席にお母様が乗っていただいて、後ろに娘さんと従業員二名が乗る形で。」
U子はよろよろしながら助手席に、F実は後部座席に乗り込んだ。
さて、24世紀の霊柩車は、後ろに神輿が付いているようなレトロな宮型霊柩車ではなく、ただのワゴン車である(スカイカーの普及のため、少し距離のある火葬場に運ぶときにはスカイカーの霊柩車を使う)。もっとも、霊柩車であると分からないと煽り運転をされる可能性もあることや、遺体が事故で転げ出たときに事件性が疑われることなどから、一目で分かるように大きく「霊」の字を書くよう法律で義務づけられた。
また、火葬場はハイテク化が進み、21世紀初めには遺体を焼くのに速くても一時間程度かかっていたのが、24世紀では30分から45分程度で済むようになった。あまり時間が短縮されていないように思われるかもしれないが、それには理由がある。つまり、人骨の主成分はリン酸カルシウムであるが、このリン酸カルシウムの融点が摂氏1670度であるため、これ以上高い温度で焼くと骨が残らなくなってしまうからだ。
そして、21世紀では「炉を傷める」という理由で遺体を摂氏1200度未満で焼いていたが、炉の素材を融点の高い金属にすることにより、摂氏1600度弱で焼くようになったのだ。もちろん、温度はコンピュータ制御されている。
出棺から三十分程度でF実たちは火葬場に着いた。霊柩車から棺が運ばれ、炉の中に入れられようとするとき、F実は言った。
「死体が燃える様子って観察できないんですか?」
「あなた、酒臭いわよ。」
昨夜、F実は予め買い込んでいたビール二缶では足りず、さらに缶チューハイ二本を買い足して飲んだ。そのせいか、F実は二日酔いで頭が痛い。
「ばあちゃん、あいつ、焼いたらどうすんの?」
F実はD夫が安置されている部屋のほうを指さした。U子は言った。
「私は遠くに墓参りには行けそうにないから、手元供養にしようかと思うんだけど。」
「待って、じゃあ、ばあちゃんが死んだらあいつの骨はどうしたらいいのよ。」
F実は反論した。
「そのときはそのときじゃないの。一緒にどこかのお墓に入れてくれてもいいし、散骨でも……」
「ばあちゃんの骨はちゃんと供養するつもりだけど、あいつの骨は知らないよ? ゴミの日に出すわけにもいかないでしょ。」
U子は嫌な顔をした。
「F実ったら本当に酷いことを言うのね。確かに、あの子が悪かったけど、もう死んだら仏様じゃないの。」
「断言する! あいつは仏様にはなれない。地獄で延々と鬼にいじめられてればいい。」
そうF実が言ったところで玄関のチャイムが鳴った。
「パペポ葬儀社です。」
「あら、早かったのね。」
U子が立とうとしたので、代わりにF実が玄関で出迎えた。
「あれ、あなたはU子さんの娘さん……いや、お孫さん?」
「孫です、故人の……一応娘です。」
葬儀社のメガネをかけた男性従業員は安心した表情になった。
「じゃあ、今から別の者が棺を持って来るんで、またドアを開けていただいてよろしいですか? で、こちらは死装束になりますので失礼します。」
メガネ男は手に提げていた紙袋を示した。
それからは早いもので、D夫は男の手によりさっさと死装束に着せ替えられてしまった。そして、他の従業員二人が担いできた棺の中に入れられた。
「一応サービスでお花持ってきましたんで、亡くなられた方の顔周りを飾ってあげてください。」
メガネ男は花の入った小さなカゴをF実に渡した。
「ばあちゃん、サービスだって! ほら、ばあちゃんがやっといて。」
F実は面倒くさそうにカゴをU子に渡した。U子はカゴを受け取ると、涙を流しながら「どうか成仏してちょうだいよ。」などと言って花をD夫の顔周りに飾った。
「あなたも一つくらい飾りなさいよ。」
U子は見ているだけのF実に振り向いてそう促したが、F実は苦笑いして言った。
「私がやったら、花をこいつの鼻に突っ込んでやるけど、いいの?」
「本当にもう。」
U子は仕方なく自分で全ての花を飾った。それを見てメガネ男は言った。
「そろそろ棺の蓋を閉めようと思うんですけど、最後のお別れに、何かありますか?」
U子は手を合わせている。F実は白けた顔をして、「私は特にないです。」と言った。メガネ男は、U子の様子を見て5分ほど待って、「じゃあそろそろ。」と言った。そうすると、空の棺を運んできた従業員が棺の蓋を閉め、金槌状のもので釘を打ち付けた。
メガネ男は言った。
「さて、今から出棺なんですが、ご遺族は女性二人ということで……弊社でお手伝いしますが、娘さん、運びますか?」
「ばあちゃんは腰にくるからやめといたほうがいい、私は力はあるから嫌だけど運ぶよ。」
F実がそう言ったので、U子は頷いた。
もっとも、エレベーターで階下に降りて霊柩車まで運ぶ途中のマンションの玄関ロビーで、F実は手を滑らせて棺を落としてしまった。ガツッと鈍い音がし、F実の笑い声がこだました。
「ヒーッ、落としちゃった!」
横にいたU子は呟いた。
「わざとじゃないでしょうね?」
「違うよ、二日酔いでクラッとして。アハハッ!」
葬儀社従業員三名はニコリともせずに真顔で再び棺を持ち上げ、そのまま霊柩車の後部に載せた。
「そうしましたらですね、大きめの車両をご用意しましたので助手席にお母様が乗っていただいて、後ろに娘さんと従業員二名が乗る形で。」
U子はよろよろしながら助手席に、F実は後部座席に乗り込んだ。
さて、24世紀の霊柩車は、後ろに神輿が付いているようなレトロな宮型霊柩車ではなく、ただのワゴン車である(スカイカーの普及のため、少し距離のある火葬場に運ぶときにはスカイカーの霊柩車を使う)。もっとも、霊柩車であると分からないと煽り運転をされる可能性もあることや、遺体が事故で転げ出たときに事件性が疑われることなどから、一目で分かるように大きく「霊」の字を書くよう法律で義務づけられた。
また、火葬場はハイテク化が進み、21世紀初めには遺体を焼くのに速くても一時間程度かかっていたのが、24世紀では30分から45分程度で済むようになった。あまり時間が短縮されていないように思われるかもしれないが、それには理由がある。つまり、人骨の主成分はリン酸カルシウムであるが、このリン酸カルシウムの融点が摂氏1670度であるため、これ以上高い温度で焼くと骨が残らなくなってしまうからだ。
そして、21世紀では「炉を傷める」という理由で遺体を摂氏1200度未満で焼いていたが、炉の素材を融点の高い金属にすることにより、摂氏1600度弱で焼くようになったのだ。もちろん、温度はコンピュータ制御されている。
出棺から三十分程度でF実たちは火葬場に着いた。霊柩車から棺が運ばれ、炉の中に入れられようとするとき、F実は言った。
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