男の妊娠。

ユンボイナ

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最終章 再生産

2353年⑶

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 「ねぇ、死体が焼けるところ見せてくれませんか?」
F実が火葬場職員に言った。
「一般公開はしてないんですけど……」
F実と同い年くらいの女性職員は困ったような顔で答える。
「ここ、民間の火葬場でしょ? 心付けはずむから見せてくださいよ。」
F実は職員と交渉を始めた。
「5000円。」
「それはちょっと……。」
「1万円!」
「いやいや。」
「1万5000円!」
「うーん、もうひとこえ。」
「2万円!」
「分かりました、内緒ですよ?」
 職員は案外現金な人物だった。F実が財布から一万円札二枚を出すと、それを自分の制服のポケットに押し込んだ。
「たまたま、今日は炉の管理をしているのが私一人なので、普段だったら絶対に見られないと思ってください。何なら、そっちのお母さんも入りますか?」
U子は首を激しく振って拒絶した。
F実と職員が炉の制御室に入ると、職員はF実に二つあるうちの一つの椅子を勧めた。
「今日はそこの席の者が休みなんです。」
「なるほど。」
二人の目の前には大きなモニターがあり、炉内の様子が映っている。
「じゃあ、点火しますよ。」
職員が赤いボタンを押すと、D夫の棺は炎に包まれた。
「何でご遺体が焼けるところなんか見たいんです?」
職員の質問に、F実は答えた。
「奴が死んで灰になったという実感が欲しいんです。」
「よっぽど嫌いなんですね。私には分かりませんが。」
木製の棺が焼けてなくなってしまうと、今度はD夫の遺体が燃えていた。青白い火が出てすぐに頭蓋骨が露出する。
「ヒーッ、ほんとに燃えてやんの!」
F実は棺を落としたときと同じように笑い出したが、職員は何も言わなかった。
そのうちに、遺体が「人の形をした燃える物体」のようになったが、いきなりその物体が上体を起こした。
「何、生き返ったの?!」
「違います、熱で筋肉が収縮して起きる現象です。スルメや肉を炙ると反るでしょ? あれと同じです。」
「ヒーッ、スルメ!」
またF実は笑い出した。職員は静かに言った。
「あんまり騒ぐと外に聞こえます。」
「ごめんなさい。」
人型の物体はやがて綺麗に骨となりつつあった。
「ちょっとお腹のところが焼き足りませんね。念入りに焼きましょう。」
職員はスイッチを操作して温度を上げた。
 F実は尋ねた。
「一つ聞いていいですか? 毎日こうやって、遺体を焼いてて何か思うところはありますか??」
「あー、初めてのときは怖かったですけど、今はいかに綺麗に焼くかしか考えてません。もう五年もやってますからね。」
女性職員は化粧っ気がないが、よく見ると色白で整った顔立ちをしている。さらにF実は質問した。
「仕事の後、焼肉食べられますか?」
「あー、よく聞かれるんですけど、私は平気です。人の肉と牛や豚の肉は別だし、こんな焼き方しないですから。」
職員がニコリともしないで答える様子を見て、F実は、「この人は半分心を殺している」と思った。
「あ、ほぼ焼き上がりですね。この方、ガリガリだったから結構速く焼けました。念の為もう一二分焼いておきます。」
職員がそう言うので、F実は「ありがとうございます。」と礼を述べた。
「それと、本当にいいものを見せてもらって。」
「絶対に内緒ですよ。バレたら私の首が飛びます。お母様にもそのようにお伝えください。」
職員が念押しした。

 遺体が焼き上がると、F実は制御室を出てU子が待つ控え室に行った。
「すごかったよ。人は死んだらあんなふうになるんだーって。」
U子はそのことには触れず、「これから骨上げね。」と言った。
控え室から炉の前に行くと、さっきの職員が炉から遺骨を出していた。
「これからお骨を骨壷に入れていくんですけど、お二人で足のほうから順番に入れてくださいね。」
職員は長い菜箸のようなものを一組ずつ二人に渡し、自分は大きな骨をコテ状のものでサクサク分割していた。
 何度かF実とU子がD夫の骨を箸で骨壷まで運んだとき、F実は言った。
「二人なんでもう面倒くさいから、そのコテでガサッて入れちゃっていいですか?」
職員は注意した。
「さすがにこれは儀式みたいなものなので省略しないでください。」
「はーい。」
しばらくF実とU子が骨を拾って、ほとんどなくなったときに職員が言った。
「これが喉仏なのでラストです。」
二人はD夫の喉仏の骨を骨壷に運ぶと、職員が骨壷の蓋を閉めた。
「じゃあこれ、埋葬許可証です。」
職員は「火葬済」のスタンプが押された書面をU子に手渡した。U子はそれを丁寧に二つ折りにしてカバンにしまった。
 職員は最後にF実にこう言った。
「お骨をその辺に捨てたり、電車内にわざと置き忘れたりしないでくださいね。刑法190条、死体遺棄で捕まります。」

 二人は火葬場からはスカイタクシーでマンションへ戻った。車内では、U子は骨壷を抱いて下を向き、何も話さなかった。F実は窓から東京の街をずっと眺めていた。
マンションに着くと、二人は火葬場でもらったお清めの塩をお互いにふりかけて部屋に入った。F実はさっそく喪服を脱いで私服に着替えると、喪服を丁寧に畳んで袋に詰め、さらにスーツケースに入れた。
「ばあちゃん、私、もう帰るね。」
U子は驚いた。
「え、こんな早くに?」
「あいつが骨になったの見て気が済んだよ。それに私にだって向こうでの生活があるもん。」
F実はアイーンの、長男からのメッセージをU子に見せた。
「ママ、パパが作ったオムライスのライスがびみょうです。早く帰ってきてー。」
「ママ、パパがさがしものをしていて、『ない、ない』ってこまってます。いつ帰ってくるの?」
U子はため息をついた。
「そうか、寂しいけど仕方ないね。孫たちもあなたがいなくて寂しいものね。」
F実は真面目な顔で言った。
「それに、あいつが死んだことについての感覚が違い過ぎて、ばあちゃんとは気持ちを共有できないもの。お互い別々に感情を整理したほうがいいよ。」

 F実はタクシーで羽田空港へ行き、新千歳行きの飛行機に乗った。新千歳空港では、夫のT文と子どもたちが迎えに来てくれていた。下の子はまだ三歳、「ママおかえりなさい!」と言うとF実の腰にしがみついた。T文はただ、「お疲れ様。」と言った。
 F実は、改めてT文と子どもたちを見て、自分や家族を脅かしかねない存在が消えた安心感、満足感でいっぱいになって、こう宣言した。
「よし、今夜はみんなで焼肉行こう!」
子どもたちは歓声を上げた。
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