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最終章 再生産
2363年⑴
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「わたしのようなゲイが父親になって、まさかおじいちゃんになるとは思ってもみなかったわ、40年前はね。」
M次はP太の子、ζ太の頭を撫でながら言った。
15年前に遡るが、P太は結局、あれからE郎とは何もないまま連絡が取れなくなってしまい、一時は自暴自棄で二丁目で見境なく男性を見つけては一夜限りの関係を繰り返していた。そんなときに出会ったのが、行き付けのゲイバーと同じビルの上階にあるビアンバーの常連客であるη子である。
η子のことは、P太もエレベーターで何回も出くわして顔だけは知っていた。いつもノーメイクでアメカジ風の服を来て、やや太っている。
ある日、彼女はエレベーターに乗ってきたP太に言った。
「あなた、もっと自分をだいじにしなさい! こっちの店でも話題になってるわよ。毎回違う人とくっついてるって。」
P太も初めは「ほっといてよ!」と思ったのだが、η子がからかう様子でもなく、真剣な眼差しをしていたので話を聞く気になった。
「ここじゃ何だから、別のお店行こう?」
η子はエレベーターが1階に着くと、P太の腕を掴んで近くのミックスバーに入った。
「あれ、η子ちゃん、今日は女子とじゃなくて男子となのね。雨が降るわ。」
バーのママは女性より女性らしい女装子だった。年齢不詳。η子が話す。
「この男の子のことが見てられなくてね……あなた、このママは長く二丁目にいる人だから、何でも話したらいいよ。」
何でも話したらいい、と言われてすぐに話ができるP太ではなかったが、ポツリと言った。
「好きな人と連絡取れなくなっちゃった。だからヤケクソになってて。」
ママは言った。
「分かる、私も昔そんなことがあったわ。でもね、結局リストカットみたいな自傷行為と同じなの。やり過ぎるとお尻の穴がガバガバになるわよ? 友達にもそれでずっとオムツしてる子がいるけど、そんなふうになりたい??」
P太は、便が漏れやすくなってオムツを着用している自分の姿を想像して身震いした。
「でしょ。その前にやめときなさいってことよ。分かんないことがあったら私に聞きなさい。で、あんたたち何飲むの?」
η子はモヒートを、P太はカシスオレンジを頼んだ。酒を作るのはママの隣にいる、中性的な容姿でバーテンダーのユニフォームに身を包んだ人物だ。
「あのバーテンさん、かっこかわいくて素敵!」
P太の発言に、η子は笑った。
「あの人、身も心も女だよ。」
「えー、もったいない!」
「確かに、男性しか好きになれないところはもったいないね。」
当のバーテンダーは二人の会話が聞こえているのか、少し苦笑いしていた。
「あなた、まだ二十代前半でしょ? 私は三十過ぎちゃってるから、何か過去の自分と重ね合わてしまって。」
η子は恥ずかしそうに言った。
「余計なお世話ならごめんなさいね。本当に、ごめん。」
「いや、僕もどこかで誰かに止めて欲しかったのかもしれない。気にかけてくれてありがとう。」P太はη子にお礼を言った。
「モヒートにカシオレ。」
件のバーテンダーがカウンターに酒を置いた。バーテンダーの声は、P太が想像したよりも高く女性らしい声だった。
P太は尋ねた。
「彼女はいるの?」
「うん、もう五年くらい付き合ってる。でもあまり会えてない。霞ヶ関で働いてるんだ。」
「国家公務員なの?! すごい!」
P太は驚いた。前に公務員試験でも受けようと思って参考書を開けたら眠くなってしまったからだ。就職したい業界もない。だから、親のスネをかじって今も学生を続けている。
「うん、すごいんだ。高卒の私にはよく分からないけど、国のために残業して頑張ってる。だから会えない。」
P太は言った。
「それ、寂しくない?」
「寂しいからビアンバー通いするんじゃないの。」
η子は笑った。
「あ、言っとくけど浮気はしてないよ。ほら、これが彼女。」
η子がスマートフォンを取り出して立体画像のツーショットをP太に見せた。η子はのっぺりとした薄い顔立ちなのに比べ、その彼女は意思の強そうなキツめの美人だった。
「綺麗な人だね。」
P太が素直に感想を述べると、η子は「ありがとう。」と自分のことのように照れた。
「悪い虫がつかないか心配なんだ。」
「仕事が忙しかったら、そんな暇ないんじゃないの?」
η子は首を振った。
「職場に悪い虫がいっぱいいるもん。事実、セクハラしてくる偉いオッサンとかいるんだってさ。男は仕事とプライベートの区別がついてないからさ……あ、あなたも男だよね、ごめん。」
24世紀においても、まだセクハラは完全にはなくなっていなかった。直接体を触るようなセクハラは激減したが、打ち合わせと称して食事やホテルに誘うようなセクハラは起きていたのだ。そして、女性から男性へのセクハラ、同性間のセクハラはむしろ増えていた。
P太は言った。
「まあ、僕は女の子にセクハラしようという発想がそもそもないからね。」
「それはそうか。けど男にはセクハラするの?」
「まさか! まだ就職してないけど、多分職場では大人しくしてるよ。」
η子は目を丸くした。
「あなた、仕事してないの? 介護でいいなら紹介しようか?? 知り合いのいる介護ステーションが人足りてない。」
「いや、いい。」
P太は手を胸の前で振った。
「一応大学院通ってるんだ。」
「え、何だ、早く言ってよ。」
η子はP太の肩をたたいた。
「みんな勉強ができていいなあ。私なんか冴えない高卒介護士だよ。」
「いいじゃん、人のために働くってすごいよ。僕なんかまだこの先どうするか分からないし。ついでにいうと、あんまりいい大学でもないしね。」
その日はそんな感じで、二人は飲みながらグダグダと話をして、アイーンのIDを交換して別れた。
P太は、それ以降、二丁目に行くと、二回に一回は件のミックスバーへ行くようになった。
「あら、今日もボク一人なのね。」
ママが声をかけた。
「何だかここの雰囲気、気に入っちゃって。色んなセクシュアリティの人がいるって、自然だよね。」
ママは笑った。
「そうよ。ヤローが好きなヤローばっかりのところは不自然よ。」
「でも僕、ヤローが好きなヤローの家で育った、ヤローが好きなヤローだからね。それが普通だと思ってたんだ。」
ママは言う。
「性の多様化って言うけど個人の体験には限界があるわよね。Pちゃんもなるべく広い世界を経験しなきゃいけないわよ。」
ある日、いつものようにP太がミックスバーでカシスオレンジを飲んでいたら、店に一人でη子がやってきた。そしてP太に言った。
「私、彼女に振られちゃった。」
「え?」
「モヒートください、モヒート!」
η子はバーテンダーに注文した。
M次はP太の子、ζ太の頭を撫でながら言った。
15年前に遡るが、P太は結局、あれからE郎とは何もないまま連絡が取れなくなってしまい、一時は自暴自棄で二丁目で見境なく男性を見つけては一夜限りの関係を繰り返していた。そんなときに出会ったのが、行き付けのゲイバーと同じビルの上階にあるビアンバーの常連客であるη子である。
η子のことは、P太もエレベーターで何回も出くわして顔だけは知っていた。いつもノーメイクでアメカジ風の服を来て、やや太っている。
ある日、彼女はエレベーターに乗ってきたP太に言った。
「あなた、もっと自分をだいじにしなさい! こっちの店でも話題になってるわよ。毎回違う人とくっついてるって。」
P太も初めは「ほっといてよ!」と思ったのだが、η子がからかう様子でもなく、真剣な眼差しをしていたので話を聞く気になった。
「ここじゃ何だから、別のお店行こう?」
η子はエレベーターが1階に着くと、P太の腕を掴んで近くのミックスバーに入った。
「あれ、η子ちゃん、今日は女子とじゃなくて男子となのね。雨が降るわ。」
バーのママは女性より女性らしい女装子だった。年齢不詳。η子が話す。
「この男の子のことが見てられなくてね……あなた、このママは長く二丁目にいる人だから、何でも話したらいいよ。」
何でも話したらいい、と言われてすぐに話ができるP太ではなかったが、ポツリと言った。
「好きな人と連絡取れなくなっちゃった。だからヤケクソになってて。」
ママは言った。
「分かる、私も昔そんなことがあったわ。でもね、結局リストカットみたいな自傷行為と同じなの。やり過ぎるとお尻の穴がガバガバになるわよ? 友達にもそれでずっとオムツしてる子がいるけど、そんなふうになりたい??」
P太は、便が漏れやすくなってオムツを着用している自分の姿を想像して身震いした。
「でしょ。その前にやめときなさいってことよ。分かんないことがあったら私に聞きなさい。で、あんたたち何飲むの?」
η子はモヒートを、P太はカシスオレンジを頼んだ。酒を作るのはママの隣にいる、中性的な容姿でバーテンダーのユニフォームに身を包んだ人物だ。
「あのバーテンさん、かっこかわいくて素敵!」
P太の発言に、η子は笑った。
「あの人、身も心も女だよ。」
「えー、もったいない!」
「確かに、男性しか好きになれないところはもったいないね。」
当のバーテンダーは二人の会話が聞こえているのか、少し苦笑いしていた。
「あなた、まだ二十代前半でしょ? 私は三十過ぎちゃってるから、何か過去の自分と重ね合わてしまって。」
η子は恥ずかしそうに言った。
「余計なお世話ならごめんなさいね。本当に、ごめん。」
「いや、僕もどこかで誰かに止めて欲しかったのかもしれない。気にかけてくれてありがとう。」P太はη子にお礼を言った。
「モヒートにカシオレ。」
件のバーテンダーがカウンターに酒を置いた。バーテンダーの声は、P太が想像したよりも高く女性らしい声だった。
P太は尋ねた。
「彼女はいるの?」
「うん、もう五年くらい付き合ってる。でもあまり会えてない。霞ヶ関で働いてるんだ。」
「国家公務員なの?! すごい!」
P太は驚いた。前に公務員試験でも受けようと思って参考書を開けたら眠くなってしまったからだ。就職したい業界もない。だから、親のスネをかじって今も学生を続けている。
「うん、すごいんだ。高卒の私にはよく分からないけど、国のために残業して頑張ってる。だから会えない。」
P太は言った。
「それ、寂しくない?」
「寂しいからビアンバー通いするんじゃないの。」
η子は笑った。
「あ、言っとくけど浮気はしてないよ。ほら、これが彼女。」
η子がスマートフォンを取り出して立体画像のツーショットをP太に見せた。η子はのっぺりとした薄い顔立ちなのに比べ、その彼女は意思の強そうなキツめの美人だった。
「綺麗な人だね。」
P太が素直に感想を述べると、η子は「ありがとう。」と自分のことのように照れた。
「悪い虫がつかないか心配なんだ。」
「仕事が忙しかったら、そんな暇ないんじゃないの?」
η子は首を振った。
「職場に悪い虫がいっぱいいるもん。事実、セクハラしてくる偉いオッサンとかいるんだってさ。男は仕事とプライベートの区別がついてないからさ……あ、あなたも男だよね、ごめん。」
24世紀においても、まだセクハラは完全にはなくなっていなかった。直接体を触るようなセクハラは激減したが、打ち合わせと称して食事やホテルに誘うようなセクハラは起きていたのだ。そして、女性から男性へのセクハラ、同性間のセクハラはむしろ増えていた。
P太は言った。
「まあ、僕は女の子にセクハラしようという発想がそもそもないからね。」
「それはそうか。けど男にはセクハラするの?」
「まさか! まだ就職してないけど、多分職場では大人しくしてるよ。」
η子は目を丸くした。
「あなた、仕事してないの? 介護でいいなら紹介しようか?? 知り合いのいる介護ステーションが人足りてない。」
「いや、いい。」
P太は手を胸の前で振った。
「一応大学院通ってるんだ。」
「え、何だ、早く言ってよ。」
η子はP太の肩をたたいた。
「みんな勉強ができていいなあ。私なんか冴えない高卒介護士だよ。」
「いいじゃん、人のために働くってすごいよ。僕なんかまだこの先どうするか分からないし。ついでにいうと、あんまりいい大学でもないしね。」
その日はそんな感じで、二人は飲みながらグダグダと話をして、アイーンのIDを交換して別れた。
P太は、それ以降、二丁目に行くと、二回に一回は件のミックスバーへ行くようになった。
「あら、今日もボク一人なのね。」
ママが声をかけた。
「何だかここの雰囲気、気に入っちゃって。色んなセクシュアリティの人がいるって、自然だよね。」
ママは笑った。
「そうよ。ヤローが好きなヤローばっかりのところは不自然よ。」
「でも僕、ヤローが好きなヤローの家で育った、ヤローが好きなヤローだからね。それが普通だと思ってたんだ。」
ママは言う。
「性の多様化って言うけど個人の体験には限界があるわよね。Pちゃんもなるべく広い世界を経験しなきゃいけないわよ。」
ある日、いつものようにP太がミックスバーでカシスオレンジを飲んでいたら、店に一人でη子がやってきた。そしてP太に言った。
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