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8.その手を離さなければ・・・
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あの時、あなたの手をわたくしの方から離したりしなければ、わたくしは今幸せだったはずなのでしょうか?
あの時のわたくしは、あなたのくださる想いの尊さに、少しも気が付くことが出来ませんでした。
あんなにも、いつでも熱い眼差しをくださっていたというのに・・・。
どうしてあなたを手離してしまったのでしょうか。
それは、くだらない独占欲と劣等感からでした。
魅力的なあなたの周りに群がる美しいご令嬢方を見て、このような素晴らしい方たちに自分など、とても太刀打ちできるわけがないと思ったのです。
あなたがわたくしと居てくださる方が、きっと何かの間違いなのだと・・・。
そして、反射的にわたくしはあなたの手を自分から離してしまったのです。
あなたはとても誠実な方で、あれだけのご令嬢から思いを寄せられても、わたくし以外にはどなたにも目をくれることなど無かったというのに・・・。
わたくしはいつかあなたが、わたくし以外をご覧になる日が来るのではないかという不安が常にありました。
そして、結局その恐れに負けたのです。
わたくしは、あなたに「他に大切な方がいる」とお伝えしました。
もちろん嘘です。
それが、どれだけあなたをひどく傷つけるかということは、わかっていました。
けれど、あなたは優しい方です。
もし、わたくしに心が無いにも関わらず、今まで一緒に居てくださったのだとしたら、それを続けてくださるために、きっと生半可な理由では引き止められてしまうに違いないと思ったのです。
そして、そのように酷いことを申し上げたのです。
程無くして、わたくしは今の夫と婚約を結びました。
彼はあなたのように見目も麗しくなければ、気遣いも足りない人でしたが、劣っているわたくしにはこれくらいが相応しいに違いない、とどこかで思ったのです。
今思えば、彼に対しても失礼極まりなかったでしょう。
しかし、あの時のわたくしは自分のことしか考えることが出来なかったのです。
彼のことは大して好ましいとも思いませんでしたが、きっと努力をすれば『身の程をわきまえた普通の家庭』を築くことができるだろうと、甘く考えたのです。
あなたに一方的な嘘をついて棄てた上に、そんなろくでもないような都合の良い考えをしていた故に、天罰が下ったのでしょう。
今のわたくしは、すでに夫からはなき者のように扱われ、子爵夫人とは名ばかりの使用人のような生活を送っているのです。
時には、来客の女性と彼の愉しみの後片付けをさせられるといったような、屈辱的な扱いさえ受けているのです。
愛している人からの仕打ちであれば、葛藤しつつも受け入れることが出来たかもしれません。
自分が至らないからなのだ、と。
けれど、わたくしは夫を愛してはいないのです。
努力はしたつもりでしたが、結局愛すことはできなかったのです。
好いてもいない男ただ一人しか頼ることが許されないという状況でありながら、その男にすら、これだけ蔑ろにされるとは何とみじめで耐え難いことなのでしょう・・・。
けれど、きっとこれが非道なことを働きながらも、あなたから罰せられることのなかった、わたくしへの天からの罰なのでしょう。
きっと、仕方がないことなのです。
それでも、時折思うのです。
あの時、もしもあなたの手を離さなければ、今のわたくしは幸せだったのだろうか、と・・・。
こんなわたくしですが、陰ながらあなたの幸せを祈っております。
それが、きっと今のわたくしに出来る唯一つの償いでしょうから・・・。
fin.
あの時のわたくしは、あなたのくださる想いの尊さに、少しも気が付くことが出来ませんでした。
あんなにも、いつでも熱い眼差しをくださっていたというのに・・・。
どうしてあなたを手離してしまったのでしょうか。
それは、くだらない独占欲と劣等感からでした。
魅力的なあなたの周りに群がる美しいご令嬢方を見て、このような素晴らしい方たちに自分など、とても太刀打ちできるわけがないと思ったのです。
あなたがわたくしと居てくださる方が、きっと何かの間違いなのだと・・・。
そして、反射的にわたくしはあなたの手を自分から離してしまったのです。
あなたはとても誠実な方で、あれだけのご令嬢から思いを寄せられても、わたくし以外にはどなたにも目をくれることなど無かったというのに・・・。
わたくしはいつかあなたが、わたくし以外をご覧になる日が来るのではないかという不安が常にありました。
そして、結局その恐れに負けたのです。
わたくしは、あなたに「他に大切な方がいる」とお伝えしました。
もちろん嘘です。
それが、どれだけあなたをひどく傷つけるかということは、わかっていました。
けれど、あなたは優しい方です。
もし、わたくしに心が無いにも関わらず、今まで一緒に居てくださったのだとしたら、それを続けてくださるために、きっと生半可な理由では引き止められてしまうに違いないと思ったのです。
そして、そのように酷いことを申し上げたのです。
程無くして、わたくしは今の夫と婚約を結びました。
彼はあなたのように見目も麗しくなければ、気遣いも足りない人でしたが、劣っているわたくしにはこれくらいが相応しいに違いない、とどこかで思ったのです。
今思えば、彼に対しても失礼極まりなかったでしょう。
しかし、あの時のわたくしは自分のことしか考えることが出来なかったのです。
彼のことは大して好ましいとも思いませんでしたが、きっと努力をすれば『身の程をわきまえた普通の家庭』を築くことができるだろうと、甘く考えたのです。
あなたに一方的な嘘をついて棄てた上に、そんなろくでもないような都合の良い考えをしていた故に、天罰が下ったのでしょう。
今のわたくしは、すでに夫からはなき者のように扱われ、子爵夫人とは名ばかりの使用人のような生活を送っているのです。
時には、来客の女性と彼の愉しみの後片付けをさせられるといったような、屈辱的な扱いさえ受けているのです。
愛している人からの仕打ちであれば、葛藤しつつも受け入れることが出来たかもしれません。
自分が至らないからなのだ、と。
けれど、わたくしは夫を愛してはいないのです。
努力はしたつもりでしたが、結局愛すことはできなかったのです。
好いてもいない男ただ一人しか頼ることが許されないという状況でありながら、その男にすら、これだけ蔑ろにされるとは何とみじめで耐え難いことなのでしょう・・・。
けれど、きっとこれが非道なことを働きながらも、あなたから罰せられることのなかった、わたくしへの天からの罰なのでしょう。
きっと、仕方がないことなのです。
それでも、時折思うのです。
あの時、もしもあなたの手を離さなければ、今のわたくしは幸せだったのだろうか、と・・・。
こんなわたくしですが、陰ながらあなたの幸せを祈っております。
それが、きっと今のわたくしに出来る唯一つの償いでしょうから・・・。
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