その愛は毒だから~或る令嬢の日記~

天海月

文字の大きさ
8 / 16

8.その手を離さなければ・・・

しおりを挟む
あの時、あなたの手をわたくしの方から離したりしなければ、わたくしは今幸せだったはずなのでしょうか?

あの時のわたくしは、あなたのくださる想いの尊さに、少しも気が付くことが出来ませんでした。

あんなにも、いつでも熱い眼差しをくださっていたというのに・・・。


どうしてあなたを手離してしまったのでしょうか。

それは、くだらない独占欲と劣等感からでした。

魅力的なあなたの周りに群がる美しいご令嬢方を見て、このような素晴らしい方たちに自分など、とても太刀打ちできるわけがないと思ったのです。

あなたがわたくしと居てくださる方が、きっと何かの間違いなのだと・・・。

そして、反射的にわたくしはあなたの手を自分から離してしまったのです。


あなたはとても誠実な方で、あれだけのご令嬢から思いを寄せられても、わたくし以外にはどなたにも目をくれることなど無かったというのに・・・。

わたくしはいつかあなたが、わたくし以外をご覧になる日が来るのではないかという不安が常にありました。

そして、結局その恐れに負けたのです。


わたくしは、あなたに「他に大切な方がいる」とお伝えしました。

もちろん嘘です。

それが、どれだけあなたをひどく傷つけるかということは、わかっていました。


けれど、あなたは優しい方です。

もし、わたくしに心が無いにも関わらず、今まで一緒に居てくださったのだとしたら、それを続けてくださるために、きっと生半可な理由では引き止められてしまうに違いないと思ったのです。

そして、そのように酷いことを申し上げたのです。


程無くして、わたくしは今の夫と婚約を結びました。

彼はあなたのように見目も麗しくなければ、気遣いも足りない人でしたが、劣っているわたくしにはが相応しいに違いない、とどこかで思ったのです。

今思えば、彼に対しても失礼極まりなかったでしょう。

しかし、あの時のわたくしは自分のことしか考えることが出来なかったのです。

彼のことは大して好ましいとも思いませんでしたが、きっと努力をすれば『身の程をわきまえた普通の家庭』を築くことができるだろうと、甘く考えたのです。

あなたに一方的な嘘をついて棄てた上に、そんなろくでもないような都合の良い考えをしていた故に、天罰が下ったのでしょう。


今のわたくしは、すでに夫からはなき者のように扱われ、子爵夫人とは名ばかりの使用人のような生活を送っているのです。

時には、来客の女性と彼の愉しみの後片付けをさせられるといったような、屈辱的な扱いさえ受けているのです。


愛している人からの仕打ちであれば、葛藤しつつも受け入れることが出来たかもしれません。

自分が至らないからなのだ、と。

けれど、わたくしは夫を愛してはいないのです。

努力はしたつもりでしたが、結局愛すことはできなかったのです。

好いてもいない男ただ一人しか頼ることが許されないという状況でありながら、その男にすら、これだけ蔑ろにされるとは何とみじめで耐え難いことなのでしょう・・・。


けれど、きっとこれが非道なことを働きながらも、あなたから罰せられることのなかった、わたくしへの天からの罰なのでしょう。

きっと、仕方がないことなのです。

それでも、時折思うのです。

あの時、もしもあなたの手を離さなければ、今のわたくしは幸せだったのだろうか、と・・・。


こんなわたくしですが、陰ながらあなたの幸せを祈っております。

それが、きっと今のわたくしに出来る唯一つの償いでしょうから・・・。


fin.
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

強面夫の裏の顔は妻以外には見せられません!

ましろ
恋愛
「誰がこんなことをしろと言った?」 それは夫のいる騎士団へ差し入れを届けに行った私への彼からの冷たい言葉。 挙げ句の果てに、 「用が済んだなら早く帰れっ!」 と追い返されてしまいました。 そして夜、屋敷に戻って来た夫は─── ✻ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。

本を返すため婚約者の部屋へ向かったところ、女性を連れ込んでよく分からないことをしているところを目撃してしまいました。

四季
恋愛
本を返すため婚約者の部屋へ向かったところ、女性を連れ込んでよく分からないことをしているところを目撃してしまいました。

罠に嵌められたのは一体誰?

チカフジ ユキ
恋愛
卒業前夜祭とも言われる盛大なパーティーで、王太子の婚約者が多くの人の前で婚約破棄された。   誰もが冤罪だと思いながらも、破棄された令嬢は背筋を伸ばし、それを認め国を去ることを誓った。 そして、その一部始終すべてを見ていた僕もまた、その日に婚約が白紙になり、仕方がないかぁと思いながら、実家のある隣国へと帰って行った。 しかし帰宅した家で、なんと婚約破棄された元王太子殿下の婚約者様が僕を出迎えてた。

旦那様の愛が重い

おきょう
恋愛
マリーナの旦那様は愛情表現がはげしい。 毎朝毎晩「愛してる」と耳元でささやき、隣にいれば腰を抱き寄せてくる。 他人は大切にされていて羨ましいと言うけれど、マリーナには怖いばかり。 甘いばかりの言葉も、優しい視線も、どうにも嘘くさいと思ってしまう。 本心の分からない人の心を、一体どうやって信じればいいのだろう。

処理中です...