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改めてスマホに視線を戻し、電話帳に自分だけの番号があることに満足する。真白に新規契約させたスマホは、未だに壁紙とアプリが初期設定のままだ。それで己の機嫌を取ろうとした。
今回の自分は中々最悪な彼氏だ。その自覚こそあった。なぜなら、あの朝日の電話番号まで削除しろと命令したのだから、真白に狭量な彼氏として思われたとしても反論できない。茜佑は相当の覚悟を持って真白に電話番号を変えさせた。
朝日という男の存在に囚われた、か弱き真白を救済するための、分別のある判断であった。
しかし、真白に束縛が強くて別れたいだなんて言われたら、自分が自分でなくなってしまいそうで、指先から血の気が失せていく。
「……朝日くんの番号は消したくなかったな」
真白の高くて細い声が心なしか沈んでいて、茜佑は思わず目をつぶった。後ろめたさから空いた手で自分の頭を掻く。
「悪い……」
茜佑は気を取り直そうと、指に付いたワックスで髪を整える。
昨日の朝、久しぶりに、正確に言えば五十四日ぶりに真白の口から朝日の名が漏れた。真白は、茜佑が朝日に嫉妬していることを知っている。真白の言動に制限を持たせる真似だけはしたくなかったのに、朝ご飯を食べながら、
――あっ、今日は朝日くんの誕生日だ。
と、真白が当然の顔で言った。
俺以外の男の誕生日を祝って何が面白い、と茜佑は怒りに駆られた。手当たり次第、目についた箸を折ったり食器を割ったりの大暴れをした。真白が焼いた卵焼きが床でひしゃげ、白飯も味噌汁が掛かってびしょびしょになった。真白からスマホを取り上げ、今すぐ朝日の連絡先を消せと詰め寄ったら、真白が奪い返そうとするので、反射的に壁に投げつけてしまう。そのあと、茜佑は床を拭き、割れた皿を捨てながら掌の小さな切り傷がひりついた。己の情けなさに悔し涙を零した。
「昨日は暴力を振るって悪かった」
「怪我をしていないから大丈夫だよ」
「そういう問題じゃない」
「……そうだね」
真白は続けた。
「これで最後にするから、朝日くんの話を聞いてよ」
「ああ、最後にしてくれ、そうでないと、俺さ、マジでもう、スマホを壊したくないから」
「うん、そうする」
茜佑が朝日の話を聞きたくないから、真白は同情心で従ったまでだ。真白の思考や記憶から朝日が消えることはない。自分にそんな芸当はできない。可能であるなら真白が自分だけを見るように洗脳したい。朝日の名を懐かしそうに呼ぶその口を糸で縫いたかった。
しかし、茜佑は首を横に振った。
「真白はあいつより俺を選んだんだし、もう好きにしろよ、あるよな、そういう気の間違いって」
ネチネチとうるさい。自分でも嫌になる。真白が自分以外の誰かに意識が向くといつもこうだ。真白の中にやましい思いがないと分かっていても、一度でも疑うと、下のほうに、ずっと底へと沈んでいってしまう。早く真白のいる地上へと戻りたかった。
ホームにアナウンスが鳴り響く。もうすぐ電車が到着するようだ。
「同期に新聞社と同じ名字の子がいたのは知っていたんだ」
茜佑はスマホを握り締めた。真白が茜佑以外の男、それも自分の次に信頼を寄せた朝日の話を始める。
「研修のディスカッションで新聞社の名を上げていきましょうって話になって、その子、朝日くんは困った顔をしていたのを僕は見ていたのに、深く考えずに第一声でその子の地雷を踏んだ」
真白は百貨店で接客の仕事をしている。それでも、研修の話は初耳だった。
「そんなの回避は無理だ、相変わらず真白は真面目ちゃんだな」
「でもさ、相手を平気で傷つけてしまう自分にムカつくんだ、失望って言うのかな」
天井の吹出口から涼しい風が流れてくる。普段から真白の声は細い。そのくせ真白はこちらを向いて話さない。いつも目を合わせるのを恥ずかしがる。人の目に疲れているのとは違う。こちらを意識しての視線の反らし方だ。
「……真白って、そういうところあるよな、悪い意味でさ、自分が何でもできると思ってる」
「悪い意味で、そうか、治したほうがいい?」
「勝手に失望してろよ、そういうのが真白らしいだろう、ほらっ」
手汗に濡れたスマホを真白に返す。
「ありがとう」
真白は受け取ったスマホを革製のショルダーバッグにしまう。昨年の冬、真白の誕生日に茜佑がプレゼントした茶色のバッグを変わらず使い続けてくれている。
今回の自分は中々最悪な彼氏だ。その自覚こそあった。なぜなら、あの朝日の電話番号まで削除しろと命令したのだから、真白に狭量な彼氏として思われたとしても反論できない。茜佑は相当の覚悟を持って真白に電話番号を変えさせた。
朝日という男の存在に囚われた、か弱き真白を救済するための、分別のある判断であった。
しかし、真白に束縛が強くて別れたいだなんて言われたら、自分が自分でなくなってしまいそうで、指先から血の気が失せていく。
「……朝日くんの番号は消したくなかったな」
真白の高くて細い声が心なしか沈んでいて、茜佑は思わず目をつぶった。後ろめたさから空いた手で自分の頭を掻く。
「悪い……」
茜佑は気を取り直そうと、指に付いたワックスで髪を整える。
昨日の朝、久しぶりに、正確に言えば五十四日ぶりに真白の口から朝日の名が漏れた。真白は、茜佑が朝日に嫉妬していることを知っている。真白の言動に制限を持たせる真似だけはしたくなかったのに、朝ご飯を食べながら、
――あっ、今日は朝日くんの誕生日だ。
と、真白が当然の顔で言った。
俺以外の男の誕生日を祝って何が面白い、と茜佑は怒りに駆られた。手当たり次第、目についた箸を折ったり食器を割ったりの大暴れをした。真白が焼いた卵焼きが床でひしゃげ、白飯も味噌汁が掛かってびしょびしょになった。真白からスマホを取り上げ、今すぐ朝日の連絡先を消せと詰め寄ったら、真白が奪い返そうとするので、反射的に壁に投げつけてしまう。そのあと、茜佑は床を拭き、割れた皿を捨てながら掌の小さな切り傷がひりついた。己の情けなさに悔し涙を零した。
「昨日は暴力を振るって悪かった」
「怪我をしていないから大丈夫だよ」
「そういう問題じゃない」
「……そうだね」
真白は続けた。
「これで最後にするから、朝日くんの話を聞いてよ」
「ああ、最後にしてくれ、そうでないと、俺さ、マジでもう、スマホを壊したくないから」
「うん、そうする」
茜佑が朝日の話を聞きたくないから、真白は同情心で従ったまでだ。真白の思考や記憶から朝日が消えることはない。自分にそんな芸当はできない。可能であるなら真白が自分だけを見るように洗脳したい。朝日の名を懐かしそうに呼ぶその口を糸で縫いたかった。
しかし、茜佑は首を横に振った。
「真白はあいつより俺を選んだんだし、もう好きにしろよ、あるよな、そういう気の間違いって」
ネチネチとうるさい。自分でも嫌になる。真白が自分以外の誰かに意識が向くといつもこうだ。真白の中にやましい思いがないと分かっていても、一度でも疑うと、下のほうに、ずっと底へと沈んでいってしまう。早く真白のいる地上へと戻りたかった。
ホームにアナウンスが鳴り響く。もうすぐ電車が到着するようだ。
「同期に新聞社と同じ名字の子がいたのは知っていたんだ」
茜佑はスマホを握り締めた。真白が茜佑以外の男、それも自分の次に信頼を寄せた朝日の話を始める。
「研修のディスカッションで新聞社の名を上げていきましょうって話になって、その子、朝日くんは困った顔をしていたのを僕は見ていたのに、深く考えずに第一声でその子の地雷を踏んだ」
真白は百貨店で接客の仕事をしている。それでも、研修の話は初耳だった。
「そんなの回避は無理だ、相変わらず真白は真面目ちゃんだな」
「でもさ、相手を平気で傷つけてしまう自分にムカつくんだ、失望って言うのかな」
天井の吹出口から涼しい風が流れてくる。普段から真白の声は細い。そのくせ真白はこちらを向いて話さない。いつも目を合わせるのを恥ずかしがる。人の目に疲れているのとは違う。こちらを意識しての視線の反らし方だ。
「……真白って、そういうところあるよな、悪い意味でさ、自分が何でもできると思ってる」
「悪い意味で、そうか、治したほうがいい?」
「勝手に失望してろよ、そういうのが真白らしいだろう、ほらっ」
手汗に濡れたスマホを真白に返す。
「ありがとう」
真白は受け取ったスマホを革製のショルダーバッグにしまう。昨年の冬、真白の誕生日に茜佑がプレゼントした茶色のバッグを変わらず使い続けてくれている。
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