Lavender うっかり手に取ったノート

あおみなみ

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うっかり手に取ったノート

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 百瀬が部室で1人で着替えていると、ドアが開く音がした。
 誰かが入ってきたのだろうが、気にもとめないでいたら、「ねえ」と、なぜか女の声がした。
 え?と思ってドアの方を見たら、後ろ手に鍵を閉めながら、「お姉さんといいコトしようよ」と言い、声の主が近づいてきた。3年C組の学年章と組章を付けていて、知らない女子だった。

 びっくりして、「何スかアンタは!」と言ったら、「あんた、2年の百瀬でしょ?シたこと、ある?」と言いいながら、股間を触ってきた。

「…悪いが、俺にはお前が何を言っているのかわからん」
「俺もっスよ!でも本当なんス!」

***

 百瀬は手を振り払って身体を離したが、女子は長椅子に座りながら、
「手か口で抜く?普通にセックスがいい?選ばせたげるよ」
 と言った。
「それで、その…気が付いたら…」
 ムラッと来た百瀬は女子を長椅子に押し付けて、キスしていた。
 以前こっそり見たエロいDVDで、そんなふうにしていたのを思い出したのだそうだ。

 百瀬はバカだが素直だし悪いやつではない。その分、うそをついてもすぐバレるタイプだ。
 その百瀬が、こんな10秒で考えたAVみたいな話を、かなり本気で俺にしている。
 これは「10秒で考えたAV」という方を支持するべきか、それとも「本気で話している」という方を重視すべきか?

「センパイも見てたんスよね?俺があの女にキスするとこ!」
「まあ、見たが…無抵抗だったな、そういえば」
「でしょ?だからつまり俺が襲われたんスよ、あの女に」
「あの状況で、その言い方はさすがに通らないと思うが…」

「だって俺、あんなの全然タイプじゃないし!」
「タイプの女子だったら自分から襲ったというのか?それはそれでどうかと思うが」
「いや、その…」
「結果論になってしまうが、1人でカーテンを引かず、施錠もせずに着替えていたのもよくなかったのではないか?」
「まあ、それは…そうなんスけど…」

 時々運動部室でよからぬコトをやっているやつがいるという話は聞くが、大抵の場合、3年生の立場のそこそこ強い者が、たぶん合意の上で女子を連れ込むという形で、下級生が意見できないのをいいことに、好き放題やっているイメージだった。
 そいつが内輪で自慢げにそういう話をして、時々「〇〇部の△△が…」の〇〇や△△の部分が間違って伝わったりしながら、こそこそ話で伝わっていく。そういうことに興味津々なお年頃なので、伝播も速そうだ。

 女子は女子で、お目当ての部活のメンバーに自らアピールする者までいるらしいし、こちらはこちらで「あいつなら頼めばヤらしてくれるらしい」という形で情報として共有される。

 お互いがお互いの需要と供給という形で、うまくマッチングすればXX(自主規制)というわけだ。

 俺はあくまでうわさを耳にする程度だが、この手の話は尾ひれはひれがくっつきがちだ。実際、そんなに件数は多くないのではとにらんでいる。
 それはそれとして、百瀬のように、無防備なところを女子に急襲される例も結構あるものなのだろうか。
 どちらにしろ、「ムラムラして自分から押し倒した」というのは、百瀬自身が告白しているところだから、これで「襲われた」と言い張るのは通らないだろう。
 先ほどの女子が学校に言い付ければ、百瀬自身が追い込まれる。何しろ目撃者の俺ですら、「キスする百瀬、される女子」という位置関係しか把握していないのだ。

 間島と相談し、「外部の者が侵入したり、盗難なども心配なので、部室の管理をもう少し工夫した方がいいのでは」などと、それっぽいことを提案しようとした矢先の、俺のケガ騒動だった。
 この件は後日、(百瀬のことは一応伏せて)「バド部にはいないと思うが、部室を“悪用”する話もよく聞くし…」という理由も付け、岡田に伝えておいたので、間島や副部長の白瀬しらせにも伝わっていると思う。

 学校側にもいろいろな事情はあるのだろうが、室内競技の部室が外のプレハブ小屋の一角だったり、わざとらしいほどに大きく、すりガラスでもない窓がついているのも疑問なのだが、逆に中が丸見えなのは、ある意味防犯にはいいのかもしれない。何しろ俺が、百瀬の件を未遂で終わらせることができたのだから。

***

 俺がしばらく休むと挨拶に行ったときや、退部の手続をしたとき、あのお調子者の百瀬も、じっと俺の顔を見ていただけだった。
 退部後、廊下でたまたますれ違ったことがあったが、軽く会釈しただけだった――と思ったら、引き返してきて俺の左ひじをつかんだ(一応、右は避けたらしい)。

「あの…部に遊びにきてくださいとは言いませんけど…その…」
 俺より10センチほど背の低い百瀬が、少し顔を上に向け、困ったような表情でそんなことを言った。
「LINE、部活のグループは抜けたが個人的には遠慮なくよこせ」
 と言ったら、「はいっ」と目を細めた。

 試合には出られなかったかもしれないが、このかわいい後輩と、苦労をともにしてきた連中と、やっぱり続けたかった。
 その一方で、コートという場所にトラウマを感じるようになってしまったし、うまく言えないが、気力的なものが湧いてこないのも事実だ。

「プレーしたいが、やろうと思うと足が止まる」

 そんな状態だったと思う。

***

 俺は部活をやめた後、前よりも足繁く図書室に通うようになった。

 本を読むのはもともと好きだし、俺にとって自然なことだったので、何も考えずに特定の作家全集の読破を目指したり、目についたものを片っ端から読んだりしようと思った。

 それでも783の「スポーツ・体育▼球技」のコーナーは、何となく避けてしまう、というか足が向かない。
 俺はスポーツでも何でも理論面を掘っていくのが割と好きなので、このコーナーには以前からお世話になっていたのだが、今は少し辛い。

 気を取り直して。
 まずは無難に文学系でもと思い、とりあえずジュブナイル小説で肩慣らししようと思ったら、書架から一番近い閲覧席で、1人の女子が熱心に本を読んでいた。

(あれ…?どこかで…?)

 胸には3年C組の組章を付けている。
 眼鏡をかけているが、髪の長さや全体的な雰囲気が、あのとき部室にいた女子に似ている気がした。
 ついじっと見つめてしまったら、ふとした拍子に目が合ったのだが、俺だと分かると慌てて立ち去ってしまった。
 司書の松喜まつきさんと親しいのか、「あら、友香ともかちゃん、どうしたの?」と声をかけられていたが、軽く会釈だけして行った。

 女子が座っていた場所に、花柄の表紙の本が置きっ放しだったので、書架に戻そうと手をとったら、それは本ではなかった。
 中には(内容まではじっくり見なかったが)手書きの乱雑な文字がおどっている。日記かメモ帳か…。
 本を借り出すとき、松喜さんに「これ忘れ物みたいです」と届けたら、それは原口はらぐち友香という生徒のものだと言われた。
「名前書いてないみたいですけど、分かるんですか?」
「ええ。友香ちゃんは本を読みながら、いつもそれに何か書きつけているのよ。読書メモだと思う。間違いないわ」
「はあ…」

「十三沢君は友香ちゃんと面識は…」
「――ありません」
「そうか。クラスも違うみたいだしねえ…」
 俺がその場を適当に去ろうとしたら、松喜さんは少し考えてから、
「悪いんだけど、彼女にそれを届けてくれないかな?C組の原口友香ちゃんね」
「えっ」
「あ、一応中は見ないでね。プライバシーにかかわることだし。十三沢君なら、こんなこと言わなくても大丈夫だと思うけど」
「はあ…」

 これは面倒なことになってしまった。
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