Lavender うっかり手に取ったノート

あおみなみ

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彼女と話したい

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 松喜さんは人柄がよく頼もしい司書さんだが、いかんせん詰めが甘い。
 俺が優等生(タイプ)だからといって、油断しすぎではないだろうか。
 こんな面白そうなものを預けられて、読まないわけがない。

 帰りの電車の中で、俺は原口友香の忘れ物である例の日記のようなノートを開いた。
 そして4ページを読んだあたりで、開いたことを心から後悔した。
 読むべきでないことが分かっていても、これは最後まで読まなければ収まらないだろうと直感したからだ。

◇◇◇

 字は乱雑で誤字も多く、文法も当然のようにめちゃくちゃ。
 文句ばかり言って、人を見下して、そのくせ自己嫌悪に陥って――と、情動が実にせわしない。
 もちろん言いたいことは十分分かるのだが、俺はそもそもこういう「10代の本音」的なものが少し苦手なのだ。
 痛いところを突かれる感覚が嫌だったり、思慮が浅くて身勝手に怒っているばかりだと感じたり、独特のいたたまれなさがある。

 そんな中でも、精神的に安定しているときに書いたのかなとか、背筋を伸ばしてきちんと書いたのだろうなと思われる日も少しだけあった。

 おばあちゃんのことが大好きらしい。前後から察するに、多分別居していて、父方のおばあちゃんなのだろう。
 母親との仲(嫁姑関係)はあまりよろしくないようだが、いがみ合いではなく、歩み寄る姑を嫁が蔑み、忌み嫌っているようだ。
 そして原口自身は「おばあちゃん」の方を支持している。
「おばあちゃんと話していると、ずっと笑っていられる。
 お料理だって、ママのよりおいしい。おばあちゃんが私のママだったらいいのに」
 幼稚っぽい文章だが、文字が安定しているし、「死ね」「くず」「クソ」「くたばれ」という罵倒を読ませ続けられるより(勝手に読んだのだが)何倍もましだ。

 背筋を伸ばして書いたようにきちんとした字の日には、
「私は汚い。もう生きていてはいけない。どうしたらみっともなくなく死ねるだろうか」
 と書かれていた。

 日付は3月の末だった。原口はひょっとして、これを遺書に自殺を図ろうとしていたのではないか――と思うほど、意を決した感じの整い方をしていた。

 多分、その直前に書かれた「イトコのお兄さん」とやらが関係していると思われる。
 原口はどうやらこの人のことが好きだったようだが、彼との間で、何か死にたくなるような出来事があったのだろう。

 「死ぬ有気(勇気の間違い?)がなかったのか、実は生きていたかったのか」は、原口自身にも分からなかったらしいが、とにかく4月から先もちゃんと生きていて、3年生に進級し、図書室で読んだ本の感想を、周囲への悪口や自己否定の合間に書いている。

「私、デブス。この顔とおなかの肉何とかしたい。カレシとかできない▼カレシとか本当はいらない(どっちだよ!)」
「3キロ減った。でもなんか足だけなんか太いのみっともない」
「ごはん、たべたいのにのど通らない▼ママが「私の料理が気にいらないなら食べなくてけっこう」って捨てちゃう▼そういうことじゃないんだよ。呑み込めないの」
 形が少し怪しいが、多分「呑む」という字だろう。

 ちなみに部室で1人でいた百瀬を「襲った」と思われる日の書きぶりは、こんな感じだった。
「バド部の2年のモモセって子、かわいい▼私どーせもうバージンじゃないし、ああいう子とヤって上書きしたら気が晴れるかもって思ったけど、F組のトミサワに邪魔された▼あいつは気取ってて真面目くさくて苦手だ▼でもああいうカレシだったら多分自慢できるし優しくしてくれそう▼うそww」

 バージンじゃない?上書き?――何となく察してしまったが、深く追及しない方がよさそうだ。
 ちなみに、俺は女子と付き合ったことはないが、多分その子を傷つけないように心を砕くだろうから、原口は意外と見る目があるようだな。付き合いたいとは思わないが。

◇◇◇

 最後に書いたと思われる吉屋信子の小説(渋いの読んでるな…)の「こういう上品な話読んでると、ちょっときれいになれた気がする」という感想の前のページに、俺と岡田のやりとりを見た感想が書かれていた。そういえば岡田も原口と同じC組だったな。

「廊下でオカダがトミサワと話してた▼オカダはトミサワにバド部に戻ってほしいらしいけど、トミサワは笑ってるだけ▼あいつ部室のドアの前でぶつかったときも、「しつれい」とか言って笑ってた▼あきらめなよ。どうせトミサワの気持ちはトミサワ本人にもわかんないんだよ▼赤の他人のオカダになんか、もっとわかんないに決まってんじゃん」

 俺は原口の中に勝手に入り込み、原口の世界にしか存在しない不条理劇でも見せつけられたような気分だった。

 その中で俺も何か演じていたが、「どうせトミサワの気持ちは本人にも分からない」と、ばっさり切られてしまった。

 非常に奇妙なことだが、俺は最終的に、「原口という女子と、もっと話をしてみたい」と思うようになっていた。
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