Lavender うっかり手に取ったノート

あおみなみ

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【番外編】“ともこ”と“ともか”

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今回のエピソードは、十三沢学の同級生「たかはしともこ」視点の話です。

◇◇◇

「月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。
 舟の上に生涯をうかべ馬の口とらえて老をむかふる物は、日々旅にして 、旅を栖とす。
 古人も多く旅に死せるあり。」

 朱夏学院中等部、北校舎2階の3年F組の教室には、十三沢学君が『奥の細道序文』を朗々と読み上げる声が響いていた。
 これ、実は古典じゃなくて現代文の授業。「『奥の細道』を読み解く」みたいなやつなんだ。

 ほかの学校に行った子の話を聞いたら、同じ教科書を使っているんだけど、先生の前で暗唱しなきゃいけないとかって聞いてびっくり。それに何の意味があるの?
 暗唱できるレベルで何度も読み込むのと、暗唱だけを目的とするのって違うと思う。
 そんなことより、十三沢君の朗読を聞いている方が勉強になるだろうな。
 十三沢君はすごく声がいいし、普段から言葉をとっても丁寧に話す人なので、聞いているだけで、日本語ってきれいだなって思えるんだ。

「草の戸も住替る代ぞひなの家  面八句を庵の柱に 懸け置く」

「はいっ、十三沢君ありがとう。完璧です」
 って、なに先生まで顔赤くしてるの?気持ちは分かるけど。

 十三沢君はいつものように、きちんと背筋を伸ばして授業を受けているけれど、かなり元気がなくなっているのは分かる。ケガで部活をやめたときよりも落ち込んでいるかも。
 原因は――うちのクラスの(十三沢君ファンの)女子と、C組の(十三沢君を気にしていた)女子なら知っている。
 C組にいた原口友香さんって子が、2学期になるタイミングで突然転校しちゃったせいだ。
 十三沢君は彼女といつもお昼を一緒に食べるくらい仲がよかったんだけど、どうやら転校を当日まで全く知らなかったらしい。

***

 私は原口さんのことはよく知らないけど、あんまりいい評判を聞かない人だった。

 目つき悪いとか、本ばっかり読んでてクラいとか、性格がきついとか。
 2年まではそうでもなかったらしいんだけど、3年生になってから、何となく人を寄せ付けない雰囲気になったって。
 聞いたうわさといえば、すごくやせてて、しょっちゅう貧血を起こして保健室で寝ていた、とか、プールの授業のとき「ブタ」って悪口言われた子がいるとか。
 どんなに評判が悪くても、あの十三沢君が親しくしている人なんだから、そんなに変な人には思えない。
 何にせよ、実際のところどういう関係かも分からないし、気になってしようがないことは確かだ。

 そんなふうに注目していたせいか、引きが強くなっちゃったみたいで、学校外でまで2人の姿を見てしまった。

***

 7月の最終土曜日、学校の補習授業もなかったので、私は友達の家に遊びにいった。
 T電鉄の郷ケ丘駅から歩いて10分のところに住んでいる子で、近くにスイーツ食べ放題のお店とか、すてきな雑貨屋さんとかがたくさんあるから、「こんなところにおうちがあってうらやましい。お散歩で来られちゃうんでしょ?」なんて言いながら、雑誌でもよく取り上げられるカフェでお茶してた。
 そうしたらそのお店に、男女の2人組が店に入ってきた。

 紺色のポロシャツにチノパンの男の人と、薄紫のワンピースを着た女の人。
 大学生ぐらいかな?かっこいいカップルだな、なんて思ってぼんやり見ていたら、それは十三沢君と原口さんだった。
 原口さんは少しお化粧しているみたい。もともと色白だから化粧映えするし、いつもよりも目元が優しく見えた。
 せめてもっと離れた席に座ってくれたらよかったんだけど、私の席から原口さんの顔と十三沢君の背中がしっかり見えちゃった。

 2人とも評判になっているフルーツティーを注文して、十三沢君なんかスマホで写真撮ってた。彼、あんなことするんだ!
 十三沢君の顔は全く見えないのに、原口さんの明るく柔らかく笑う顔を見ていたら、鏡を見ているみたいに表情が想像できる。
 私は2人の姿ばかり気になって、「ちょっと、トモちゃん、聞いてる?」なんて、友達に注意されちゃった。

 十三沢君が原口さんみたいな人と付き合うわけないじゃんって言ってた人もいたけれど、あんなの――でき過ぎじゃん。まるっきり恋人同士にしか見えないよ。
 私は何だかいたたまれなくなって、「ちょっと急に具合が悪くなって…」と、中座した。
 友達は心配していたけど、本当に具合が悪いのは体じゃなくて心の方だった。

 私は十三沢君のことが好きというよりも、憧れていた。
 ゆっくりお話してみたいなって思ったことはあるけれど、付き合いたいと思っていたわけじゃない。
 本当の本当に憧れだけだった――と思うんだけど、自分と同じ学校の、同じ学年の、違うクラスの評判の悪い女の子が、彼と恋人同士みたいに笑っているのを見て、ショックを受けずにはいられない。

 恋人同士なら、原口さんは「ともか」って呼ばれているのかな?
 私の名前は「たかはし・ともこ」だから、音だけなら一字違い。
 多分、姓の方だけでも覚えていてもらえてたら御の字だ。影が薄い自覚はある。
 「ともか」を妬むしかできない「ともこ」だ。

***

 ところで。

 うちのクラスの日直は、出席番号順に男女2人1組でやるんだけど、私は実は十三沢君とペアなんだ。
 同じクラスの役得。十三沢君はほかの男子と違って真面目だからうれしい。
 几帳面な字で日誌をまとめるところを、確認のためにじっと眺める。
 筋張った手と長い指が本当にかっこいい。

「高橋、内容を確認したら、ここにフルネームで記名してくれないか?」
「あ、うん…」
 姓ぐらいはさすがに覚えていてくれたか。
 私は「高橋朝子」と書き入れた。

「そうか。君の名前はその字で「ともこ」と読むんだったな?」
「え?知ってたの?」
「クラスメートだからな。読み方に特徴があると覚えやすい。ノーベル物理学賞の朝永ともなが振一郎しんいちろう博士とか、あとは戦国武将の名前などでもよく見る表記だ」

「覚えやすい?初見だとまず「あさこ」って間違われるのに」
「俺も“がく”だが、“まなぶ”と読まれることが圧倒的に多い。いちいち訂正するのは確かに面倒だが、おかげで逆に印象付けられると開き直っているよ」
「そうか――そうだよね。十三沢君はいいこと言うね」
「いや、別に普通だよ」

 十三沢君が、行きがかり上とはいえ私の名前を口に出して言ってくれた!
 私にとっては、手帳に記念日として残しておきたいぐらいの出来事だ。

***

【おまけ 十三沢学の心中】

 原口――友香が、1年の英語の授業で感じた疑問について話してくれたことがあったな。
 高橋もまた、“I am Tomoko.I am not Asako.”などと、友香に言わせると「意味のない」自己紹介をさせられたんだろうか。

 ともこ――か。
 “ともか”は今、どこで何をしているんだろう。
 せっかく俺の弁当を一緒に食べるようになってから、明るい笑顔を見せてくれるようになったのに。
 C組の女子たちとも親しく話すようになったと喜んでいたのに。

 せめて転校先で捨てばちになっていないことだけを祈る。
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