Lavender うっかり手に取ったノート

あおみなみ

文字の大きさ
24 / 25

ワンピースの行方

しおりを挟む
【松喜さん 学視点】

 街で突然、見知らぬ人物に親しげに声をかけられたとする。
 「見知らぬ」と言ったものの、実はその人物の顔には見覚えがあるはずだし、声にも覚えがある。
 それでも反射的に「この人は〇〇である」と即断できないということは、案外と多いのではないか。

 例えば、歯科医院の先生。
 いつもお世話になるときは、マスクで顔が半分隠れた状態だったりするので、なおのことだ。
 例えば、よく行くコンビニの従業員さん。
 私服だともうお手上げだったりする。

 そしてまさに本日、学校でそんなことがあった。

***

「十三沢君、ちょっといいかな?」
 廊下で40代ぐらいの女性に声をかけられた。
 学校にいるその年頃の女性というのは、教職員の誰かか、場合によっては保護者のどなたかだ。
 俺は確実にこの人を知っているはずなのだが――誰だっけ?

「友香ちゃんのことなんだけど…」
 友香というのは、1カ月前に何も言わずに転校してしまった原口友香のことか?
 彼女を“ちゃん”付けで呼ぶような間柄の人というと…

「あ、松喜さん」
「うん?変な間があったけど、私の名前忘れちゃってた?」
「いや、その…」
「まあいいわ。で、友香ちゃんのことでちょっと…」

 多分、友香が朱夏に在学中、唯一心を開いていた「大人」である図書室司書の松喜さんだった。
 常に図書室で会う人という認識だったため、バグってしまったようだ。

 聞けば松喜さんは、かなり前に友香と携帯の番号を交換していたのだが、立場上、あまり個人的なやりとりをすることははばかられた。
 「何かあったらすぐに連絡をちょうだい」とは言ったものの、こちらからの働きかけは控えていた。

 しかし、突然の転校という非常事態に驚き、それでも1カ月ほどは向こうからの連絡を待った。
 結果、何も知らせがなかったため、しびれを切らして3日前にショートメールを送ったのだが、その返信がいまだ来ない――ということだ。

「十三沢君は友香ちゃんから何か連絡をもらっていない?」
「いや――お互いの連絡先を交換していなかったので…」
「うそでしょ?何なら私、あなたたちは付き合っていると思っていたわよ?」
「いや、残念ながら…」

 カフェでフルーツティーの「バエる」写真を撮ったとき、それを彼女にシェアするために、連絡先を教えてもらおうと思っていたのだが、うっかり忘れてしまっていた。
(しかし自分で言うのも変だが、とても俺が話題にする内容ではないな、「バエ」とか何とか)
 その後友香は夏期講習をずっと休み、図書室の開放日にも来なかった。
 当然転校自体は決まっていたのだが、学校に願い出て直前まで伏せていたらしい。

「どうしているかなあ。心配よねえ」
「まったく、同感です」
「どうしたらいいかな…あ、そうか。私が友香ちゃんの番号、十三沢君に教えればいいんだわ」
「え?」
「本当は人の番号を勝手に教えちゃいけないけど、十三沢君なら許してくれるわよね?」
「いや、その…」

 相変わらず松喜さんの優等生・十三沢学への熱い信頼は揺るがないようだ。
 一応学校内でのモバイル使用は禁止されているので、図書室に来てくれればメモを渡そうと言われた。

 俺は浅ましくも、その日の放課後に図書室に取りに行った。

◇◇◇

【転校1カ月 友香視点】

 新しい学校に転校してから1カ月が経つ。
 おばあちゃんちから歩いて15分の公立中に転校した。
 制服は前の学校のままでいいと言われた。公立校はこういうところが私立校よりも柔軟らしい。
 もし2年生より下だったら、おっかない先輩に「あんた、何でそんなの着てんのよ!」とか呼び出されるのかもしれないけど、最上級生だから、先生から許可が出ている以上、文句を言われる筋合いもない。
 ひょっとしたら、今後嫌なことを言う人も出てくるかもしれないけれど、今のところ特に何も言われない。

 中途半端な時期の東京の私立からの転校生ってことで、興味津々でいろいろ質問してくる子もいる。
 答えられることには誠実に正直に事実だけを伝え、答えたくないことには「ごめん、答えられない」と言う。
 たったそれだけのことで、その後付き合っていける人かどうかが自ずと分かってくるのだ。
 最近は特に仲のいい子が2、3人いる。
 今度は一緒にカラオケに行こうねって約束しているから、今から楽しみなんだ。
 はやりの歌はよく知らないけど、おばあちゃんの持っているCDで予習していこうかな。歌えなくても、少しはノレるようにならなきゃね。

 新しい学校で、私が自分でも驚くほど自然体でいられるのは、きっと学のおかげだ。
 私がえげつないことを殴り書きし、図書室に忘れちゃったノートを、学が私に届けて(多分内容は全部読んでると思う)、その上で「友達にならないか」と言ってくれて、私の話を何でも「それはよかったな」「面白いな」って、淡々とした様子で聞いてくれていた。
 7月の最後の土曜日に2人でお出かけ(デートっていってもいいんだけど、ちょっと恥ずかしい)して、すごく楽しかったな。

 その後は引っ越しやら手続きで忙しくなったし、8月の下旬の頭くらいにはもうおばあちゃんちでの生活が始まったけれど、学校には2学期になるまで転校を公表しないように頼んだから、みんなには、夏期講習をずっとサボっていると思われたろう。
 学、どうしてるかなあ。フルーツティーの写真をもらう約束してたのに、ケー番もアドレスもLINEも交換するの忘れちゃった。本当にそれだけが心残り。

 3日前に松喜さんからショートメールが来たので、ついでに学の連絡先を教えてくれるように伝えてもらえないかな…さすがにずうずうしいかな…なんて悩んでいるうちに、返事が出せずに日だけ経ってしまった。

◇◇◇

【口実 学視点】

 さて、携帯番号だけとはいえ、念願の友香の連絡先を入手したが――これをどう使ったらいいだろう。
 俺の番号は知らないわけだから、突然そんな番号から来た電話を取ってくれるかどうか。
 となるとショートメールだろうが――いざとなると、文面が浮かばないものだ。
 「元気か?」では平凡過ぎて、逆に迷惑メールみたいに思われて、読んでもらえないかもしれない。
 できれば、開いて一目で俺だと分かるものがいいだろう。

 あれこれ思いめぐらせていたら、姉貴が「学、帰ってくるよね?」と部屋の外から声をかけてきた。
「ああ、姉さん。どうした?」
「あの友香ちゃんに貸したワンピースのことなんだけど…」
「あ、そうか。うっかりしてた。実は…」

 俺があわてて状況を説明すると、姉は意外なことを言った。

「あ、返せっていうんじゃなくて、逆、逆。あげちゃおうと思っていたのを言い忘れていたから」
「分かった。伝えておくよ」

 さて、(今の今まで忘れていた)ワンピース問題はいちおう解決したが、同時に「あ、そうか」と気付いたことがある。

 おかげで友香に送るショートメールの文面が決まった。

◇◇◇

【くつろぎ中… 友香視点】

 火曜の夜。
 おばあちゃんはリビングで好きなタレントの出ているバラエティーを見ながら、私に「スマホもいいけど、おばあちゃんとおしゃべりしない?」って声をかけた。
 そう言いつつ、テレビを消す気はなさそうだし、「スマホしててもおばあちゃんの話は聞いてるよ」って言ったら、それ以上何も言わなかった。
 ママとは絶対できなかった、ぬるくて家族っぽいやりとりにもすっかり慣れた。

 タレントさんの毒舌、スタッフ笑い、おばあちゃんの(少しツボのずれた)笑い声、私はYou Tubeのお勧め動画――この部屋にはいろいろな音が少しずつ、いっぱい流れている。何かかこういうの、いいなあ。

 などと思っていたら、SMSの着信通知が来た。
(あ、松喜さんに返事忘れてた…)と思ったら、松喜さんのじゃない、全く知らない番号。
 迷惑メールから何かかかな?って思いつつ開いたら、突然こんな一文が目に飛び込んできた。

「見つけたぞ。ワンピース返せ、友香。」

 え、え、え~?

 私はおばあちゃんに「眠くなっちゃったから、部屋に戻るね。お休み」と一言言って、なぜかスマホのディスプレーを隠すように持って自分の部屋に急いだ。
 部屋に帰ってから、「見えるわけないじゃん!」って自分に突っ込んじゃうぐらい、滑稽なことをしたことに気付いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

みんなの女神サマは最強ヤンキーに甘く壊される

けるたん
青春
「ほんと胸がニセモノで良かったな。貧乳バンザイ!」 「離して洋子! じゃなきゃあのバカの頭をかち割れないっ!」 「お、落ちついてメイちゃんっ!? そんなバットで殴ったら死んじゃう!? オオカミくんが死んじゃうよ!?」 県立森実高校には2人の美の「女神」がいる。 頭脳明晰、容姿端麗、誰に対しても優しい聖女のような性格に、誰もが憧れる生徒会長と、天は二物を与えずという言葉に真正面から喧嘩を売って完膚なきまでに完勝している完全無敵の双子姉妹。 その名も『古羊姉妹』 本来であれば彼女の視界にすら入らないはずの少年Bである大神士狼のようなロマンティックゲス野郎とは、縁もゆかりもない女の子のはずだった。 ――士狼が彼女たちを不審者から助ける、その日までは。 そして『その日』は突然やってきた。 ある日、夜遊びで帰りが遅くなった士狼が急いで家へ帰ろうとすると、古羊姉妹がナイフを持った不審者に襲われている場面に遭遇したのだ。 助け出そうと駆け出すも、古羊姉妹の妹君である『古羊洋子』は助けることに成功したが、姉君であり『古羊芽衣』は不審者に胸元をザックリ斬りつけられてしまう。 何とか不審者を撃退し、急いで応急処置をしようと士狼は芽衣の身体を抱き上げた……その時だった! ――彼女の胸元から冗談みたいにバカデカい胸パッドが転げ落ちたのは。 そう、彼女は嘘で塗り固められた虚乳(きょにゅう)の持ち主だったのだ! 意識を取り戻した芽衣(Aカップ)は【乙女の秘密】を知られたことに発狂し、士狼を亡き者にするべく、その場で士狼に襲い掛かる。 士狼は洋子の協力もあり、何とか逃げることには成功するが翌日、芽衣の策略にハマり生徒会に強制入部させられる事に。 こうして古羊芽衣の無理難題を解決する大神士狼の受難の日々が始まった。 が、この時の古羊姉妹はまだ知らなかったのだ。 彼の蜂蜜のように甘い優しさが自分たち姉妹をどんどん狂わせていくことに。 ※【カクヨム】にて編掲載中。【ネオページ】にて序盤のみお試し掲載中。【Nolaノベル】【Tales】にて完全版を公開中。 イラスト担当:さんさん

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...