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ここからが本番【1】
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例の広報が各家庭に配布されたのは、どの地域でも前月の末から当月の初めだろうから、配られてから2週間ほどは経った頃だったと思う。
私の家に、聞いたことのない姓を名乗る男から電話が来た。
声の感じからでは年齢までは分からないが、オトナの人ではありそうだ。
その電話はたまたま私が取った。
実は私の当時の姓は、市内には2軒か3軒しかないマイナーなものだったので、「家の電話を取っても向こうが名乗るまでは名乗らない」というルールがあった。
万が一間違い電話を受けてしまった後、印象に残る姓をこちらから名乗ると、次回からは意識的にいたずら電話をかけられるかもしれない――という、分かるような分からないような懸念に基づいて作られた決まりごとだ。
この対策に効果があったかどうかは分からないが、むしろプライバシー保護に敏感な現代のほうがまだ理解してもらえるやり方だろう。
当時は人に話すと、「そんな電話の出方はマナー違反では?」とたしなめられることも、なくはなかった。
だからまあ、こんな感じのやり取りだった。
「もしもし。どちら様ですか?」
『○○さんのお宅ですか?』
「はい、そうです」
名指しされたら否定するわけにもいかない。
『おたくに△△中に通っている、××子ちゃんっていますか?』
「はい、私ですが……」
『あ、そうなんだ。詩読んだよ。上手だったよね』
「え?あ、あの……」
「あんなに上手に書けるなら、国語とか得意なんだね。勉強もできるのかな?□□女子高とか受けるの?」
「いえ、まだ……その……」
『そっか、そうだよね、ハハ』
私、なに律儀に答えてんだよ。のんき過ぎるだろう。
□□女子高は、その地区の女子にとって最難関の公立高校で、私はこの電話を受けた頃は受験を漠然と考えていたが、いろいろあってワンランク落として受験することとなる(この電話のせいではないが)。
私の様子がいつにもましておどおどしており、さらに口の利き方からして友達でもなさそうだと感づいた父が、私から受話器を奪い取った。
そして「男」に名前、年齢、住んでいるところ、そして「用件」を淡々と尋ねた。
父の話によると。
先方は市内東部に住む「M田」という男で、年齢は31歳。趣味で文芸活動をしているらしい。
何の用だったかといえば、こんな感じだった。
「たまたま広報で見た私の詩に感心した。
珍しい姓だし、通っている中学校で住所も絞れたので、
ハローページで番号を調べて電話をした。少しだが話せてよかった」
父は「礼儀正しい(かなあ……?)し、悪い人間ではないかもしれないが、気をつけたほうがいい」と言った。
母はお決まりの「浮ついてスキがあると、変な男に目をつけられる」的な注意を垂れた(うるせぇよ……)。
授業でテキトーに書いて提出した詩、希望もしていないのにコンクール出品した教師、断れない取材に顔写真。
さて、私の落ち度はどこだったのか。
それらがきっかけであっても、本当に私の「スキ」とやらがとくだん問題にされなければならないのか。
考えたり反論したりが面倒だった私は素直に「分かった。気をつける」とだけ返事した。
私たちが住む市は東西にも南北にも結構広い。何しろ東京23区よりも広いのだ。
東部エリアというと、自分たちの生活圏からははるか遠く、別の市ぐらいの感覚もあった。
少なくとも、電話の主と偶然顔を合わせるようなことはないだろうと、私(たち)は高をくくっていた。
一つ盲点があるとすれば、私は電話の主の顔を知らないが、向こうは知っていたということだ。
そして、こういう状況はどれだけ「まずい」か、体験してみないと分からない。
私の家に、聞いたことのない姓を名乗る男から電話が来た。
声の感じからでは年齢までは分からないが、オトナの人ではありそうだ。
その電話はたまたま私が取った。
実は私の当時の姓は、市内には2軒か3軒しかないマイナーなものだったので、「家の電話を取っても向こうが名乗るまでは名乗らない」というルールがあった。
万が一間違い電話を受けてしまった後、印象に残る姓をこちらから名乗ると、次回からは意識的にいたずら電話をかけられるかもしれない――という、分かるような分からないような懸念に基づいて作られた決まりごとだ。
この対策に効果があったかどうかは分からないが、むしろプライバシー保護に敏感な現代のほうがまだ理解してもらえるやり方だろう。
当時は人に話すと、「そんな電話の出方はマナー違反では?」とたしなめられることも、なくはなかった。
だからまあ、こんな感じのやり取りだった。
「もしもし。どちら様ですか?」
『○○さんのお宅ですか?』
「はい、そうです」
名指しされたら否定するわけにもいかない。
『おたくに△△中に通っている、××子ちゃんっていますか?』
「はい、私ですが……」
『あ、そうなんだ。詩読んだよ。上手だったよね』
「え?あ、あの……」
「あんなに上手に書けるなら、国語とか得意なんだね。勉強もできるのかな?□□女子高とか受けるの?」
「いえ、まだ……その……」
『そっか、そうだよね、ハハ』
私、なに律儀に答えてんだよ。のんき過ぎるだろう。
□□女子高は、その地区の女子にとって最難関の公立高校で、私はこの電話を受けた頃は受験を漠然と考えていたが、いろいろあってワンランク落として受験することとなる(この電話のせいではないが)。
私の様子がいつにもましておどおどしており、さらに口の利き方からして友達でもなさそうだと感づいた父が、私から受話器を奪い取った。
そして「男」に名前、年齢、住んでいるところ、そして「用件」を淡々と尋ねた。
父の話によると。
先方は市内東部に住む「M田」という男で、年齢は31歳。趣味で文芸活動をしているらしい。
何の用だったかといえば、こんな感じだった。
「たまたま広報で見た私の詩に感心した。
珍しい姓だし、通っている中学校で住所も絞れたので、
ハローページで番号を調べて電話をした。少しだが話せてよかった」
父は「礼儀正しい(かなあ……?)し、悪い人間ではないかもしれないが、気をつけたほうがいい」と言った。
母はお決まりの「浮ついてスキがあると、変な男に目をつけられる」的な注意を垂れた(うるせぇよ……)。
授業でテキトーに書いて提出した詩、希望もしていないのにコンクール出品した教師、断れない取材に顔写真。
さて、私の落ち度はどこだったのか。
それらがきっかけであっても、本当に私の「スキ」とやらがとくだん問題にされなければならないのか。
考えたり反論したりが面倒だった私は素直に「分かった。気をつける」とだけ返事した。
私たちが住む市は東西にも南北にも結構広い。何しろ東京23区よりも広いのだ。
東部エリアというと、自分たちの生活圏からははるか遠く、別の市ぐらいの感覚もあった。
少なくとも、電話の主と偶然顔を合わせるようなことはないだろうと、私(たち)は高をくくっていた。
一つ盲点があるとすれば、私は電話の主の顔を知らないが、向こうは知っていたということだ。
そして、こういう状況はどれだけ「まずい」か、体験してみないと分からない。
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