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ここからが本番【2】
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M田からの電話の件は、学校で親しい友人にだけ話した。
当時はどんなふうに表現されていたか、いま一つ思い出せないが、今の女子中学生だったら「キモッ」「キショッ」の嵐だろう。
多分「よく分かんなくて、気持ち悪いね」「31歳って――あり得ない!」という感じだったと思う。
そして今の時代だったら、学校にもシェアすべき情報として伝えようという発想が出てくるかもしれないが、私はあくまで「個人的なこと」として留めておいた。
***
1学期が終わろうという頃のとある放課後、家の方向が同じクラスメートと歩調を合わせ、昇降口を出た。
生徒用昇降口の前には数段の石段があり、そこを下って公道に出るのだが、そこに、私たちを見上げる格好で見知らぬ中年の小男が立っており、私を見るなり名前を呼んだ。
「知ってる人?」
「ううん。全然知らない」
「でも名前呼んでるよ?」
「うん……ねえ……」
私は全くピンと来ていなかったので、ほぼ無視して通り過ぎようとしたら、男に腕をがしっと掴まれた。
「ちょっと、いきなり何ですか?」
「僕だよ?」
「知りませんって!」
「M田。この間電話で話したじゃない?」
「え……?」
そこで私の表情をうかがったらしいクラスメートは、「何だ、知り合いなんじゃないの」とでも思ったのか、「じゃ、お先に~」と、小走りで去っていった。
特に仲がいいわけでも、こちらの事情を熟知しているわけでもない子だから、こんなものだろう。
私は軽い恐怖と緊張を何とか隠して、M田に「……何の用ですか?」と尋ねた。
「キミに会いたくなっちゃって。ハローページに住所も書いてあったけど、
日中は学校だから、学校のほうが確実だと思ってこっちに来て正解だったよ」
「……そうなんですか」
「でも、キミって写真写り悪いんだね。実物のほうがずっと可愛いよ」
「……そんなこと……」
こんな非生産的な会話をしている間にも、下校の生徒たちはボチボチ下りてきた。
私たちを全く気にしない者も、ジロジロ見る者もいる。
それでも多分、単純に道でも聞かれているんだろうという判断らしい。
「僕、車で来ているから。これからどこか行かない」
「はっ?」
「ほら、すぐそこに駐めて……」
M田がそう言って、いったん離した手を再び私の腕に伸ばしたときだった。
「ちょっとあなた!」
昇降口から担任のW先生がそう叫びながら、あわてて下りてきた。
クラスメートは小走りで帰った――わけではなく、様子がおかしいのを察して、正面玄関のほうに回り、先生を呼びに行ってくれたようだ。
「いきなり腕をつかむような人、まともなわけないもんね」という、本当に洞察力と危機管理能力に富んだ判断には、感謝の言葉しかない。
***
M田が車をとめたというのは、公道を挟んだ向こう側にある、広い農家の庭だった。
塀や門扉はないが、立派な日本家屋のほかに蔵が二つもあり、当然、車が何台とまってもビクともしなそうなほど、ゆったりした庭もある。
実は私たちの中学校には、その2年前までプールがなかった。そこでその農家さんが田んぼを一つつぶしてプールを寄付してくださったのだ。
そんなすばらしい篤志家だけれど、女子中学生を連れ去ろうとする男の無断駐車には、当然の権利として腹を立てた(連れ去りは関係ないか)。
私がW先生に「話を聞かせてくれる?」と言われ、校舎に戻っている間に、農家のおじいさんの説教をたっぷり浴びることになったらしい。
私はW先生に、電話の件や先ほどまでのやりとりを話すと、「じゃ、先生の車で帰ろう」と申し出てくれた。
もともと穏やかで、生徒の話に真摯に耳を傾けるW先生のことは普通に信頼していたので、ありがたくお言葉に甘えた。
「今日のこと、親御さんとかに先生が話したほうがいいかな?」
「あの……こういうことがあると、母がすぐ「スキがあるから」って怒るので、あんまり……」
「あ……うん。じゃ、近くで下ろすね。でも、できるだけ話しておいたほうがいいよ?」
「ですよね……」
「詩の才能があって、かわいくて、アイドルのおっかけ感覚だったのかな?」
「え?」
「ああいうふうに好意を示すタイプって結構いるんだよね、残念ながら」
「……先生も経験あるんですか?」
「ふふふ、ご想像にオマカセシマス」
当時はどんなふうに表現されていたか、いま一つ思い出せないが、今の女子中学生だったら「キモッ」「キショッ」の嵐だろう。
多分「よく分かんなくて、気持ち悪いね」「31歳って――あり得ない!」という感じだったと思う。
そして今の時代だったら、学校にもシェアすべき情報として伝えようという発想が出てくるかもしれないが、私はあくまで「個人的なこと」として留めておいた。
***
1学期が終わろうという頃のとある放課後、家の方向が同じクラスメートと歩調を合わせ、昇降口を出た。
生徒用昇降口の前には数段の石段があり、そこを下って公道に出るのだが、そこに、私たちを見上げる格好で見知らぬ中年の小男が立っており、私を見るなり名前を呼んだ。
「知ってる人?」
「ううん。全然知らない」
「でも名前呼んでるよ?」
「うん……ねえ……」
私は全くピンと来ていなかったので、ほぼ無視して通り過ぎようとしたら、男に腕をがしっと掴まれた。
「ちょっと、いきなり何ですか?」
「僕だよ?」
「知りませんって!」
「M田。この間電話で話したじゃない?」
「え……?」
そこで私の表情をうかがったらしいクラスメートは、「何だ、知り合いなんじゃないの」とでも思ったのか、「じゃ、お先に~」と、小走りで去っていった。
特に仲がいいわけでも、こちらの事情を熟知しているわけでもない子だから、こんなものだろう。
私は軽い恐怖と緊張を何とか隠して、M田に「……何の用ですか?」と尋ねた。
「キミに会いたくなっちゃって。ハローページに住所も書いてあったけど、
日中は学校だから、学校のほうが確実だと思ってこっちに来て正解だったよ」
「……そうなんですか」
「でも、キミって写真写り悪いんだね。実物のほうがずっと可愛いよ」
「……そんなこと……」
こんな非生産的な会話をしている間にも、下校の生徒たちはボチボチ下りてきた。
私たちを全く気にしない者も、ジロジロ見る者もいる。
それでも多分、単純に道でも聞かれているんだろうという判断らしい。
「僕、車で来ているから。これからどこか行かない」
「はっ?」
「ほら、すぐそこに駐めて……」
M田がそう言って、いったん離した手を再び私の腕に伸ばしたときだった。
「ちょっとあなた!」
昇降口から担任のW先生がそう叫びながら、あわてて下りてきた。
クラスメートは小走りで帰った――わけではなく、様子がおかしいのを察して、正面玄関のほうに回り、先生を呼びに行ってくれたようだ。
「いきなり腕をつかむような人、まともなわけないもんね」という、本当に洞察力と危機管理能力に富んだ判断には、感謝の言葉しかない。
***
M田が車をとめたというのは、公道を挟んだ向こう側にある、広い農家の庭だった。
塀や門扉はないが、立派な日本家屋のほかに蔵が二つもあり、当然、車が何台とまってもビクともしなそうなほど、ゆったりした庭もある。
実は私たちの中学校には、その2年前までプールがなかった。そこでその農家さんが田んぼを一つつぶしてプールを寄付してくださったのだ。
そんなすばらしい篤志家だけれど、女子中学生を連れ去ろうとする男の無断駐車には、当然の権利として腹を立てた(連れ去りは関係ないか)。
私がW先生に「話を聞かせてくれる?」と言われ、校舎に戻っている間に、農家のおじいさんの説教をたっぷり浴びることになったらしい。
私はW先生に、電話の件や先ほどまでのやりとりを話すと、「じゃ、先生の車で帰ろう」と申し出てくれた。
もともと穏やかで、生徒の話に真摯に耳を傾けるW先生のことは普通に信頼していたので、ありがたくお言葉に甘えた。
「今日のこと、親御さんとかに先生が話したほうがいいかな?」
「あの……こういうことがあると、母がすぐ「スキがあるから」って怒るので、あんまり……」
「あ……うん。じゃ、近くで下ろすね。でも、できるだけ話しておいたほうがいいよ?」
「ですよね……」
「詩の才能があって、かわいくて、アイドルのおっかけ感覚だったのかな?」
「え?」
「ああいうふうに好意を示すタイプって結構いるんだよね、残念ながら」
「……先生も経験あるんですか?」
「ふふふ、ご想像にオマカセシマス」
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