短編集「つばなれまえ」

あおみなみ

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ひよこのおかあさん

学校前で生き物をひさぐ者あり

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 今になって思い返せば、ほんとうに理不尽で不思議なことばかりだったが、私はあの頃、たしかにのお母さんだった。
 それは多分、ほんの短い間のことだったのだと思うが、永遠に続くように思われた。

◇◇◇

 1970年代半ばごろだった。

 当時は小学校の前で、下校する児童相手に堂々と商売をするおじさんというのが存在した。
 学用品、流行っていたスーパーボールや、パッチンガムのようなおもちゃなどはまだ分かるとして、昆虫、ひよこなどを売る人もいた。
 そもそもあそこまで堂々と商売ができていたことが解せないのだが、生き物となるとなお分からない。子供なので言語化ができなかったが、何となく「してはいけないこと」をしている人に見えたことは確かだ。

 しかし、そういうおじさんのうさんくささとは裏腹に、狭い箱にすし詰め状態にされ、ピヨピヨとさえずるクリーム色の毛玉たちは、それはそれはキュートだった。
 場所によってはカラーひよこを売っていることもあったようだが、私が見たことがあるのは、ごく普通のひよこたちだった。

 子供は普通、あまり余分なお金を学校に持っていくことを奨励されない。せいぜい電話をかけるための10円玉を、どこかに仕込んでいた程度だろう。
 しかし、たまたまひよこを売っているのを見かけた日、私はたまたま、購買部で買い物をしたおつりか何かを持っていたようだ。どういうわけで「余分なお金」が手元にあったのかは全く忘れてしまったが、「あの子が欲しい」と思い、何も考えずにおじさんの前に進み出たときのことは、鮮明に思い出せる。

◇◇◇

「嬢ちゃん、どれにする?」
「そのかわいいのください」
「みんなかわいいだろ?どれ?」
 おじさんは笑いながら、指を指して教えろと促した。
「この子がいいです」
 若干の思い出補正は否定しないのだが、その子の周りだけ、何かオーラ的なものが出ているのが私には見えたので、私はある個体の頭にちょんと指で触れた。
 金額は多分、100円もしなかったと思う。
「はい、ありがとね。かわいがってよ」
「はい」
 小さなケーキの化粧箱みたいなものに入れられたそれは、私の家に帰るまでの7分間、ぴいぴいと鳴き続けた。

◇◇◇

 さて、勘のいい読者諸氏には簡単に想像できると思うが、私は二つのことで家族に叱られる――いな、三つだ。

 まずは「おつりを勝手に使ったこと」だ。これはまあしょっちゅうやらかしているので、そこまできつくは言われなかった。

 そして、学校前のあやしげなおじさんから物を買ったこと。
 あやしげあやしげと、会ってもいない人のことを決めつけるのも感心しないが、多分祖父母や両親の想像は、そうはずれてもいないだろう。やや好意的にドラマチックに考えると、『男はつらいよ』の車寅次郎みたいなヒトだ。

 あとは何よりも、軽々しく生き物を買ったこと。これは一番強い口調で叱られた。
 こんな言い方も非人道的だが、捨て犬や捨て猫ならば、「元に戻してきな」という言い方もできる。しかし学校前で買ってきたひよこでは、「元に」戻すことは不可能だ。あのおじさんは明日は来ないだろう。

 私は軽はずみなことをしてしまったことを反省しつつ、ただひたすらおろおろした。すると、平生から私に甘い祖父が助け船を出してくれた。
「あずさ(私の名前)はしっかりしてるから、ちゃんと世話できるよな?」
「…うん!」
 正直、何をどうすれば「世話」になるのかは分からないが、そう聞かれたら「うん」と答えるしかない。「かわいかったから衝動買いしちゃいました~」で済むものでないことは、十分分かってはいた。ただなのだ。
 すると、笑顔の祖父のごつごつした大きな手が、私の頭の上にやんわりと乗った。
「いい子だ。じいちゃんも手伝うよ――ってことで、どうだ?」
 祖父は穏やかな人だったが、我が家の絶対的なおさだった。夫唱婦随を重んじる祖母も、娘に当たる母も、その「婿さん」だった父も、みんな「じいちゃんがそう言うなら」ということで、異議はなかった。

 しかし、祖父以外の大人たちはみんな、「どうせ明日の朝には呼吸していないだろうな」と高をくくっていたようだ。
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