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在五忌<Zaigoki> カンバン ニ イツワリ アリ
【終】おさななじみ その2(あとがきあり)
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風吹けば 沖つ白波 たつた山 夜半にや君が ひとり越ゆらむ
◇◇◇
俺たちは高校3年になった。
1年の4月からつき合い始めた竹美とは相変わらず。
去年すっぽかしてしまった記念日デートは、今年はきっちり敢行された。
というか、俺たちはお互いの家で、何なら家族ぐるみで接することが多かったので、外でのデートそのものが既にイベントじみていたのだが。
◇◇◇
水族館と、竹美が興味あるっぽい美術館の特別展と、パスタランチ。天気がよかったら公園でアイスクリームを食べる。
水族館の入場料が少し高かったものの、母親がニヤニヤしながら臨時の小遣いをくれた。しばらくは面倒くさいお使いを無茶ぶりされても断れないかな。
「今年は受験生だから、今のうち遊んでおいで」みたいに送り出された。
竹美はいつものようにフリフリのかわいいカッコしてて、薄く化粧をして、俺もそれなりに服装には気を使った。
“お出かけ”というのは、幾つになってもそこそこウキウキするものだ。
ペンギンがかわいいだの、あの絵のポストカードが売り切れで残念だっただの、誰に聞かれても問題のないような無難な会話を交わす。
というかつき合いが長いから、俺たちの間にあるのはそんな会話だけで十分なのだ。
午後4時頃、公園のベンチで竹美はストロベリーミルク、俺はカフェオレのアイスを食べた。
竹美には「“ジェラート”って言って!」と何回も修正されたっけ。
丸いディッシャーですくい取ったヤツじゃなくて、細長い山型に盛り付けたもので、意外とボリュームがあるし、味もいつものより濃厚でうまい。高くても納得だな。
「私、去年もこうして過ごしたんだよ」
「え?」
竹美が突然の告白を始めた。
「すっごく天気よくて、暑いくらいだったから、このジェラートもおいしかった」
「へ、え…」
俺は多分その頃、保田の家でせっせと励んでいたはず――などと思い出し、罪悪感が湧いた。
「有君が隣にいるていで行動してたから、ちょっと変な人に見えてたかも」などと、少し恥ずかしげに笑う竹美。
「でもね、実は去年は美術館改装中だったから、今年の方が当たりだったかも」
「来年は絶対理想どおりに過ごすんだって、また1年楽しみができたって考え直すことにして…」
「今頃有君はどうしているのかなって考えながら過ごすのも、結構楽しかったし…」
恥ずかしそうにしながらも、次々と舞台裏を明かす竹美。
これは何と表現すべきなんだ?
健気? いじらしい? かわいい? 愛おしい?
いや――俺は正直、怖いと思う。
かわいくて素直で恥ずかしがり。いいものをたくさん持っているコだ。
だから考えたこともなかったのだが、俺が「欲しい」のはこの子ではなかったみたいだ。
「そうか。今日は俺も楽しかったよ」
俺は本音を隠して、つまんないほどに無難なことを答えたが、その答えを聞くと、竹美の表情がなぜか一変した。
「だから――やっぱり許せなかったんだよね」
「え…?」
「有君は去年の記念日デートの日、同じクラスの保田さんと一緒だったんだよね?」
「あ…の…」
ここは焦りを押し殺して「何言ってんだよ、違うよ」って答えるべきだったんだと思う。
でも、俺は虚を突かれて取り繕うことができなかった。
いや、取り繕ってももう手遅れだったようだ。
「有君、私たちもう別れよう?」
「え、そんな…」
「私は有君のことが好きで、「つき合いたい」って言われてうれしかったけど、私たち、そういうんじゃなかったんだよね」
「…その…」
「さようなら!」
竹美はそう言うと走り去り、ちょうど公園近くのバス停に到着したバスに乗っていってしまった。
俺たちの家とは違う方向に向かうバスだが、竹美はたぶん何一つ確認せずに乗り込んだのだろう。
慌てて時刻表を確認すると、次のバスは、分岐ルートで全く違う通りに出てしまうようで、竹美の乗ったバスと同じ行先のものは、1時間待たないと来ない。
電話やメッセージを入れるが、どうやらスマホの電源は切ったようだ。
少し考えてから、とりあえず家に帰ることにした。
こんな時間に帰ったら、母親に突っ込まれるだろうな。「夕飯も外で食べる?」とか聞かれたし。
幼いころからのことを思い出しても、竹美と一緒に外に出て別々に家に帰るのは、ひょっとして初めてではないだろうか。
竹美の乗ったバスは、途中で乗り換えできるバス停もある。
土地勘が薄くても、乗り換えアプリでも使えば帰ってこられるだろう。
いくら頼りない子でも、もう高3だ。それくらいはできるはずだ。
「ちょっとあんた、帰り竹美ちゃんと一緒じゃなかったの?どういうこと?」
帰宅から1時間以上経った午後6時。
お隣さんと話していて食い違いでもあったのか、母が俺の部屋のドアをノックしながらそう言った。
竹美が「別の用事を思い出した」と言って、そこからは別行動だと説明した。
突然立ち去ってしまった理由の説明よりも、その方が理解しやすいのではと思ってついたウソ。
母親は、母親の勘か女の勘かは知らないが、いぶかしげな顔をしつつ、「そうなの?」とだけ言った。
(大丈夫だと思うが――せめて…無事帰ってくれ)
俺は無責任にそんなことを思うしかできない。
【『在五忌<Zaigoki> カンバン ニ イツワリ アリ』 了】
◆あとがき◆
高校時代、古典の教科書に載っていた『伊勢物語 「筒井筒」』のくだりは、今思い出しても納得のいかない点があります。
浮気亭主を笑顔で送り出し、化粧して、あまつさえ亭主の身を案じる女性って、重くない?
身分の高い女性が自分でご飯をよそった程度で失望されるって、いくらなんでもなあ…当時は「そういうもの」だったと思えと言われましても…
これは私の性別が女だからというより、単にこの感覚が自分には理解できないだけなのだと思いますが…。いや、やっぱり多少は性別も関係するのかな。
本日5月28日が、『伊勢物語』の主人公のモデルといわれる在原業平の命日なのだと知り、芋づる式にいろいろ思い出して、「お、これはひょっとして良いネタでは」とばかりに勢いで書きました。
個人の考え方やお気持ちでどうとでもなる「理不尽冷め」みたいな話、実は大好きなので、また書いてみたいと思います。
2023年5月28日
◇◇◇
俺たちは高校3年になった。
1年の4月からつき合い始めた竹美とは相変わらず。
去年すっぽかしてしまった記念日デートは、今年はきっちり敢行された。
というか、俺たちはお互いの家で、何なら家族ぐるみで接することが多かったので、外でのデートそのものが既にイベントじみていたのだが。
◇◇◇
水族館と、竹美が興味あるっぽい美術館の特別展と、パスタランチ。天気がよかったら公園でアイスクリームを食べる。
水族館の入場料が少し高かったものの、母親がニヤニヤしながら臨時の小遣いをくれた。しばらくは面倒くさいお使いを無茶ぶりされても断れないかな。
「今年は受験生だから、今のうち遊んでおいで」みたいに送り出された。
竹美はいつものようにフリフリのかわいいカッコしてて、薄く化粧をして、俺もそれなりに服装には気を使った。
“お出かけ”というのは、幾つになってもそこそこウキウキするものだ。
ペンギンがかわいいだの、あの絵のポストカードが売り切れで残念だっただの、誰に聞かれても問題のないような無難な会話を交わす。
というかつき合いが長いから、俺たちの間にあるのはそんな会話だけで十分なのだ。
午後4時頃、公園のベンチで竹美はストロベリーミルク、俺はカフェオレのアイスを食べた。
竹美には「“ジェラート”って言って!」と何回も修正されたっけ。
丸いディッシャーですくい取ったヤツじゃなくて、細長い山型に盛り付けたもので、意外とボリュームがあるし、味もいつものより濃厚でうまい。高くても納得だな。
「私、去年もこうして過ごしたんだよ」
「え?」
竹美が突然の告白を始めた。
「すっごく天気よくて、暑いくらいだったから、このジェラートもおいしかった」
「へ、え…」
俺は多分その頃、保田の家でせっせと励んでいたはず――などと思い出し、罪悪感が湧いた。
「有君が隣にいるていで行動してたから、ちょっと変な人に見えてたかも」などと、少し恥ずかしげに笑う竹美。
「でもね、実は去年は美術館改装中だったから、今年の方が当たりだったかも」
「来年は絶対理想どおりに過ごすんだって、また1年楽しみができたって考え直すことにして…」
「今頃有君はどうしているのかなって考えながら過ごすのも、結構楽しかったし…」
恥ずかしそうにしながらも、次々と舞台裏を明かす竹美。
これは何と表現すべきなんだ?
健気? いじらしい? かわいい? 愛おしい?
いや――俺は正直、怖いと思う。
かわいくて素直で恥ずかしがり。いいものをたくさん持っているコだ。
だから考えたこともなかったのだが、俺が「欲しい」のはこの子ではなかったみたいだ。
「そうか。今日は俺も楽しかったよ」
俺は本音を隠して、つまんないほどに無難なことを答えたが、その答えを聞くと、竹美の表情がなぜか一変した。
「だから――やっぱり許せなかったんだよね」
「え…?」
「有君は去年の記念日デートの日、同じクラスの保田さんと一緒だったんだよね?」
「あ…の…」
ここは焦りを押し殺して「何言ってんだよ、違うよ」って答えるべきだったんだと思う。
でも、俺は虚を突かれて取り繕うことができなかった。
いや、取り繕ってももう手遅れだったようだ。
「有君、私たちもう別れよう?」
「え、そんな…」
「私は有君のことが好きで、「つき合いたい」って言われてうれしかったけど、私たち、そういうんじゃなかったんだよね」
「…その…」
「さようなら!」
竹美はそう言うと走り去り、ちょうど公園近くのバス停に到着したバスに乗っていってしまった。
俺たちの家とは違う方向に向かうバスだが、竹美はたぶん何一つ確認せずに乗り込んだのだろう。
慌てて時刻表を確認すると、次のバスは、分岐ルートで全く違う通りに出てしまうようで、竹美の乗ったバスと同じ行先のものは、1時間待たないと来ない。
電話やメッセージを入れるが、どうやらスマホの電源は切ったようだ。
少し考えてから、とりあえず家に帰ることにした。
こんな時間に帰ったら、母親に突っ込まれるだろうな。「夕飯も外で食べる?」とか聞かれたし。
幼いころからのことを思い出しても、竹美と一緒に外に出て別々に家に帰るのは、ひょっとして初めてではないだろうか。
竹美の乗ったバスは、途中で乗り換えできるバス停もある。
土地勘が薄くても、乗り換えアプリでも使えば帰ってこられるだろう。
いくら頼りない子でも、もう高3だ。それくらいはできるはずだ。
「ちょっとあんた、帰り竹美ちゃんと一緒じゃなかったの?どういうこと?」
帰宅から1時間以上経った午後6時。
お隣さんと話していて食い違いでもあったのか、母が俺の部屋のドアをノックしながらそう言った。
竹美が「別の用事を思い出した」と言って、そこからは別行動だと説明した。
突然立ち去ってしまった理由の説明よりも、その方が理解しやすいのではと思ってついたウソ。
母親は、母親の勘か女の勘かは知らないが、いぶかしげな顔をしつつ、「そうなの?」とだけ言った。
(大丈夫だと思うが――せめて…無事帰ってくれ)
俺は無責任にそんなことを思うしかできない。
【『在五忌<Zaigoki> カンバン ニ イツワリ アリ』 了】
◆あとがき◆
高校時代、古典の教科書に載っていた『伊勢物語 「筒井筒」』のくだりは、今思い出しても納得のいかない点があります。
浮気亭主を笑顔で送り出し、化粧して、あまつさえ亭主の身を案じる女性って、重くない?
身分の高い女性が自分でご飯をよそった程度で失望されるって、いくらなんでもなあ…当時は「そういうもの」だったと思えと言われましても…
これは私の性別が女だからというより、単にこの感覚が自分には理解できないだけなのだと思いますが…。いや、やっぱり多少は性別も関係するのかな。
本日5月28日が、『伊勢物語』の主人公のモデルといわれる在原業平の命日なのだと知り、芋づる式にいろいろ思い出して、「お、これはひょっとして良いネタでは」とばかりに勢いで書きました。
個人の考え方やお気持ちでどうとでもなる「理不尽冷め」みたいな話、実は大好きなので、また書いてみたいと思います。
2023年5月28日
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