短編集『サイテー彼氏』

あおみなみ

文字の大きさ
25 / 78
アネモネ TRICOLOR+「三者三様 それぞれ身勝手」

青――夫「あなたを信じて待つ」

しおりを挟む

「ねえ、覚えてる?私と初めて会ったときのこと」

 覚えている、なんてレベルではない。

 着ていた服、髪の長さ、飲んでいたオレンジジュースのグラス、コースターの模様、どんな笑顔だったか、何の話をしたか、何度髪をかき上げ、何度まばたきをしたか――までいくとさすがに盛り過ぎだが、くっきり脳裏に描き出せるレベルで覚えている。

 友達の彼女の友達、みたいなありがちな知り合い方だったけれど、一目ぼれだったんだからさ。

 なのに僕は照れ隠しで、「さあ、覚えていないな」だってさ。

 君はそれを聞いて急に泣き出し、「もう、いいわよ」と言った。
 何かよくないことが起こる予感がした。

◇◇◇

 気づけば君は僕を置いて、「中学時代好きだった人」とやらのところに行ってしまった。

 ある日、電気の消えた部屋に入ると、ダイニングテーブルの上に置かれた手紙には、「私は、最初の私を覚えていてくれた人と生きていきます」だってさ。

 あのときは半狂乱になって、友人知人の連絡先の分かるものを家じゅう探したけれど、何一つ見つからなかった。

 ふざけるな!

「セーラー服のスカーフの結び方がほかのコと少し違っていて、おでこのニキビを気にしている顔がかわいくて」なんて、20歳のとき君と知り合った僕だって、あてずっぽうで言える「印象」だよ?

◇◇◇

 あの不用意な一言で僕の人生から君がいなくなってしまった――わけではない。

 君の心はそいつと再会したとき、もう決まっていたんだろう?

 だったら言ってやるんだった。
 君がどんなにかわいくて、僕は一目で恋に落ちて、まだそのときの気持ちのままだよって。
 君が僕を捨てるのをためらうくらい、追い詰めるような胸のうちを「告白」してやればよかった。

 殺してやりたいほど憎らしい。君も、君の初恋の男も。

 でも、君たちに不幸になってほしいなんてとても思えない。

 こんなに未練たらしい、情けない僕の思いに報いるために、ぜひ幸せになってくれ。

◇◇◇

 …なんて、僕が言うと思う?

 3年の結婚生活を手紙1通で強制終了できると思っているような君を、僕が信用するわけないだろう?

 君は早晩、そいつとうまくいかなくなる。
 そして当然のような顔で、僕のもとに戻ってくるだろう。

 僕はこれ以上ない笑顔で、「おかえり。遅かったね」って迎えてやるんだ。

 たとえ君のことを信じられなくても、そのエンディングは信じているよ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

Husband's secret (夫の秘密)

設楽理沙
ライト文芸
果たして・・ 秘密などあったのだろうか! むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ  10秒~30秒?  何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。 ❦ イラストはAI生成画像 自作

課長と私のほのぼの婚

藤谷 郁
恋愛
冬美が結婚したのは十も離れた年上男性。 舘林陽一35歳。 仕事はできるが、ちょっと変わった人と噂される彼は他部署の課長さん。 ひょんなことから交際が始まり、5か月後の秋、気がつけば夫婦になっていた。 ※他サイトにも投稿。 ※一部写真は写真ACさまよりお借りしています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

✿ 私は彼のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい 

設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀ 結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。 結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。 それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて しなかった。 呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。 それなのに、私と別れたくないなんて信じられない 世迷言を言ってくる夫。 だめだめ、信用できないからね~。 さようなら。 *******.✿..✿.******* ◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才   会社員 ◇ 日比野ひまり 32才 ◇ 石田唯    29才          滉星の同僚 ◇新堂冬也    25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社) 2025.4.11 完結 25649字 

処理中です...