短編集『サイテー彼氏』

あおみなみ

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タマゴな彼女

まだまだタマゴ

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 私の学校が春休みに入る頃には、彼も退院したらしく、そういうメッセージをよこした。
 私が返信しないままでいたら、今度は電話で『会ってゆっくり話したい』と言われた。
 テキトーに誤字があるテキトーなメッセージと違い、声を聞いちゃうとほだされる。

 結局、よく行くカフェで待ち合わせした。
 私は春休みだけど、特にバイトの予定とかはない。
 彼は少し遅れて初任者研修に参加しているので、平日は忙しい。
 だから土曜日の午後に合うことになった。

◇◇◇

「どうして返事くれなかったの?」
「そういう気になれなくて…」
「そういう気になれないって、どういうこと」
「何となくだよ。理由なんかないけど、何か気分じゃなかった」

 注文したブレンドとシナモンチャイを目の前に置いて、私たちは非生産的なことを話し合った。

「君はそういう子じゃないじゃない?理屈っぽいっていうか、だからだって話し方をするよね?」

 彼の言うことはもっともだ。確かに私は子だ。
 これではらちが明かないと思って、私は「坂本さん」への複雑な思いを全部明かした。

「何言ってるの?あのコは看護学生で、たまたま俺の担当で…」
「そんなこと分かってるけど!だから納得ってわけにはいかないの!嫌なものは嫌なの!」
「落ち着けよ。わけわかんないよ」

 ヒトはこういうとき、結局「自分が納得できる理由」を話さないと、わけわかんないとか言うのだ。

「別にあなたと坂本さんのことを疑ってるわけじゃなくて、嫌なものは嫌だったって言っただけだよ。何で分かんないの?」
「本当に分かんないんだよ。疑っていないなら怒る理由なんかないだろ?」

 なんか、もういいよ。

◇◇◇

 その後も彼からは「会って話したい」って言われたけど全部断って、最終的には「もう疲れた」という言葉とともに、向こうから別れを告げられた。

 そうか、私は「別れたい」なんて思っていなかったな――ということに気付いて、少し泣いた。

 いろいろなモヤモヤと、それを打ち明けても分かってくれないイライラを処理し切れなくて、ただただ避けていたけれど、別れたいとは思っていなかったし、お別れを言われるとも思っていなかった。

 やっぱり私、わがままな子供だなあ。

◇◇◇

 3年生に進級したけれど、クラスは持ち上がり。
 進路の見直しも漠然と考えながら、勉強に打ち込もうとしていたら、同じクラスの男の子から声をかけられた。

 結論からいうと、「きみのことが好きだから、できたら付き合ってほしい」というコトではあったけれど、最初は随分とぐちゃぐちゃした話から始められた。

「君はパパ活してるから無理って言われたんだけど、とてもそういう子だとは思えなくて…」

 どうやら年上の彼と一緒にいたところをそういうふうに勘違いした人たちに、不穏なうわさを流されていたらしい。
 何なら割り勘デートも結構あったくらいなのに、笑っちゃう。
 彼はいつもラフな服装だったけれど、そういう格好でも稼いでいる人はいるしなあ。
 あと、傍から見ると、意外と老け顔だったってことか。

 私はそれは笑って否定したけれど、彼からの告白も断った。
 好きも嫌いもない、「クラスメート」という以上の情報を持っていないほどの人だからだ。
 でも、それをきっかけに何となく話すようになったので、「悪い人ではない」という印象は抱くようになった。

◇◇◇

 あれからもう何年も経った。

 看護学生タマゴだった坂本さんは、無事ナースになったろうか。
 彼は今頃、結婚して子供の1人や2人いてもおかしくない年になっているはず。

 …なんてことを考えることすらない程度には、過去の出来事だ。

 私もそこそこいい年齢になった。
 ボカして言うけど、少なくとも、あの頃の彼より年上という年齢だ。
 仕事と趣味に生きがいを感じる、平凡で楽しい毎日を送っている。
 恋人はいないけれど、気の置けない飲み仲間みたいな人は男女何人かいて、高校時代に告白してくれた彼もその1人だ。

 職場には「結婚して初めて一人前教信者」みたいな人はまだまだいるが、たまに嫌味を言われる程度なので、気楽なものだ。
 この定義なら、私はまだ半人前――大人のタマゴってことかな?
 
 まだまだ可能性が無限大って言われているみたいで、いっそうれしくなってしまう。

【『タマゴな彼女』 了】
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