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第12話 グローブを買いに【俺】
しおりを挟むどこへ行っても人々の注目を集めるかわいい妻
自慢でないわけがない! けれど…
◇◇◇
俺は大学を卒業後、食品卸の企業に就職した。
活動エリアはこの地方一円で、BtoBだけでなく、いわゆる業務スーパーみたいなBtoCの業態もあるし、名の通った大企業ではないが、なかなか堅い仕事だと思う。
業務用の冷凍揚げ物、顆粒だしなどを「試供品」として大量にもらい、自宅はもちろん自分や妻の実家への手土産にして持っていくと、「こういうのはいくらあってもいいわよね」と大好評だ。
給料もそう高くはないが、この地方としては悪くない額だし、福利厚生もまあまあしっかりしていると思う。
◇◇◇
年齢が若いこともあり、入社早々社内の野球チームに誘われた。
こういう付き合いもおろそかにしない方がいいし、スポーツはもともと嫌いではないので、喜んで参加した。
グローブだけは自前のを用意するように言われ、休日に妻と2人でスポーツショップに行くと、同期入社で同じく野球チームに入った“男A”がグローブを物色していた。
「おっ」
「君もグローブ買いにきたのか」
「やっぱココがこの辺じゃ一番品揃えいいからな」
向こうは連れは特にいないようだが、こちらは妻と一緒だ。どのタイミングであいさつすべきかと、一歩下がったところに妻がいて、様子を伺っている。
「その人は君の彼女さん?」
男Aが妻に気づき、そう言ったのをしおに、妻が前に出てきた。
「あ、ええと…つ…家内です」
妻、と言いかけて、より据わりがいいと思った方に言い直したらしい。
その初々しさには、俺も改めて惚れ直しそうだ。
「え、結婚していたの?」
「卒業してすぐだったし、式も挙げてないからね。会社でも知ってる人は少ないよ」
俺たちは大学卒業とほぼ同時、3月の末に既に婚姻届けを出し、一緒に暮らし始めていた。
まだ「ジミ婚」なんて言葉はなかったと思うが、届を出して、近距離に旅行に行って、記念写真を撮って、親類や知人に知らせただけだった。
「なるほどね…」
そう言いながらも、男Aの目は妻の顔ばかり見ている気がする。
無理もない。
妻とは高校時代からの付き合いだから、周囲の男のこういう反応には慣れていた。
俺の妻は、とにかく「かわいい」のだ。
毒々しい美人とか、モデル並みのスタイルというわけではない。むしろ小柄な方だ。
しかし均整の取れた体つきで(ムネは割とあるが)、小さな顔に選び抜かれたパーツが配置されていて、好みはあれど、大抵の男が「かわいい」と認識するだろう顔立ちである。
20代前半だから「若い」のは当たり前だが、それにしてもやや童顔なので、さらに若く見える。
「じゃ、また会社で」
「あ、ああ…」
険悪な仲でもないが、特に親しいわけでもない。
男Aとは適当にその場で別れた。
◇◇◇
使いやすそうな手頃な値段のグローブを選び、帰りはファミレスで遅い昼食を摂った。
「さっきの人も野球チーム?」
「うん」
「あなたが結婚していること、知らなかったのね」
「意外と話す機会ないからな…」
「独身のふりして女の子に声かけたりしてないよね?」
「信用ないな。そんなんじゃないよ」
「うそうそ、あなたのこと、信じてるもの」
こうして食後のアイスコーヒーを飲んでいる間ですら、他の男の視線が分かる。
妻は店舗の出入り口の方に向いた席に座っているので、入店して奥に案内される客が俺たちの席の脇を通るとき、(特にそれが男だと)必ず俺たちの席に一瞥をよこすのだ。
そんなに混む時間帯じゃなかったから、そこまで頻繁でもないが。
妻と2人でいるとき、いつもそんなことを意識していた。
よく、彼女や奥さんといても、たまたま見かけたよその女が美人だったりグラマーだったりすると、そちらに目を奪われて大喧嘩、なんて話を聞くのだが、ある意味、俺にとっては都市伝説並みに信じられない話だ。
いや、違うな。
視点は違うが、むしろ「あるある」を実感する話だ。
俺の妻は常に「見られる側」で、おれはそんな妻に気を取られる男を見て、悦に入ったり、ちょっと複雑な気になったりしている。
◇◇◇
まだ高校生の頃、妻と初めて旅行に行ったとき、友人(だった)カップルと一緒だったが、その元友人が妻のワンピース姿を見て、「かわいい…」とボソリ言ったことがあった。カノジョもいるやつが何言ってんだと思ったら、「アイドル見て反応するのと一緒だ」と弁解された。
その元友人は、高校卒業以来会っていないし、そこらで会っても多分無視をするだろう。
はっきりそう言ったわけではないが、俺の妻と寝た疑惑のある男にヘラヘラ挨拶できる自信はない。
元友人の当時のカノジョは妻の友人で、今でも時々連絡を取っている。
向こうはまだ独身だが、俺たちにはまだ子供もいないので、その子と夜飲みにいくのも容認している。
え?容認とか何様だって?
さっき言ったように、妻は大変人目を引く容姿の持ち主だ。
正直、妻の友人の方はどうでもいいが、妻が飲みの場でどこぞの男にナンパされないとも限らない。
しかし、俺だって友人と飲みにいくことぐらいあるのに、妻のそれを禁じるのは勝手過ぎると思っているから、しぶしぶ「容認」しているということだ。
ナンパの件をそれとなく聞いたら、「あー、たまにあるけど」とあっさり言われた。
「それで…?」
「それで、って?」
「まさか一緒に飲んだりとか…」
「するわけないでしょ。大体この指輪を見せれば解決するもの」
妻10号、俺19号。マリッジリングは金がないなりに、結構こだわって買った。
それを細い指に着けた妻が、嬉しそうに顔の前にかざして笑う。
「でも、「人妻がこんなところにいると、余計に物欲しげに見えるよ」とか、失礼しちゃうやつもいるけどね」
「ああ――まあ、そうか」
「あなたもそう思うの?なんだか心外だな」
「いや、思うっていうか、そういう発想するやつの気持ちは分かるってこと」
「それ、「そう思う」っていうのとどう違うの?」
「うまく説明できないんだけど…まあ俺は君を信じてるから」
「当たり前でしょ」
◇◇◇
妻がほかの男に関心を持たれたり、粉をかけられたりする話を聞くのは、実は嫌いではない。
童顔でかわいい系だけれどセクシーな妻を一目見て「抱きたい」と思う男は多いはずだ。
何ならソロプレイのお供にするやつもいるだろう。
しかし男たちはみんな、どんなに想像力を働かせても、妻の胸の柔らかさも、ウエストからヒップにかけてのラインの悩ましさも、うなじにあるほくろのことも、どんな声で鳴くかも知らない。
俺は五感をフルに使って妻を抱くことができる。
スポーツショップで同僚に会い、ファミレスやスーパーでの買い物中に男にチラ見されていた夜、寝る前に一緒に風呂に入り(風呂でも少しいちゃいちゃしたが、本番はなし)、俺は生理明けの妻のヴァギナをなめ回した。
クリトリスを指ではじいたり、息を吹きかけたりすると、「ふ…はん…」と、何とも言えないため息を漏らすのがいとおしい。
「あ、あ…ん…今日は…そこ…ばっか…だね…」
「久々だからね。気持ちいいだろ?」
「う…ん…私も…」
うん?ムスコさんをかわいがってくれるってか?
その細長い指と、可憐な口を使って?
それはひどく魅力的だけど…
「今日は…俺に身を任せて…」
「あ…ん…もう…あの…」
「…欲しいか?」
「うん」
「行くよ…」
「あっ…ん」
まず、正常位で紅潮した顔を見下ろす。
正直、その顔を見ているだけで「出そう」になるので、すぐに上半身を倒して妻を抱きしめるが、それはそれで柔肌を上半身で感じるに過ぎないから、やっぱり――イキそうになる。
◇◇◇
妻はまだ仕事を続けたいから、子供は2、3年は要らないと言い、俺も同意見だったので、いつもコンドームをつけてはいるが、本当は生でヤリたい。
新婚旅行の夜、一度だけ生で中に出した。
あれはお互いの合意の上だったし、儀式のようなものだった。
コトを終えた後、妻はごく普通に「よかったよ」と言ったが、俺はまさに心臓が止まるかと思った。
その結果、妊娠はしたものの、流産してしまった。
『これもめぐり合わせ』だと何とか乗り越え、きちんと話し合った上で、しばらくは2人の生活を楽しむという結論になったのだ。
俺は妻の腕を軽くつかみ、起き上がるように促して、座位に持ち込んだ。
刺激を受けて少し涙目になっている妻が、とろけそうな顔で「キスして」と言い、俺はそれに応えた。
「座位…好き」
「そう…か?」
「このままイッちゃったら、どうしよう…」
「遠慮なく…イケよ」
俺も座位は好きだ。あの愛らしい顔が、一番よく見える。
妻にしてみると、この体位が最もクリトリスへの刺激が感じやすいかららしい。
(ほかに、脚を閉じた状態でペニスを挿入する正常位のときも「ゾクゾクする」と言っていた)
妻は――最高に美味い。
俺は妻の魅力におぼれながらも、脳のある部分では、別なことを考えていた。
(こいつをこんなふうに好きにできるのは、世界中で俺だけなんだ…)
2人で選んだダブルベッド。シーツも掛布も、妻の好きな色を選んだ。
この最高に安らげる空間で、その日妻に見とれた男、関心を持ったらしい男たちに優越感を覚え、後背位に切り替えて、まるいすべすべのヒップにぱんばんと打ち付けながら果てた。
(これが本当のマウンティング…)
などと、くだらない冗談は口には出さないが、いつだったか動物園で見たボスザルみたいな気持ちになってしまう。
歪んでいるとか、奥さんに失礼だとか、言いたいやつは言ってろ。
こればかりは俺の妻と付き合うか結婚するかしないと理解してもらえない気持ちだと思う。
かわいい、愛しいという純粋な気持ち、「やりたい」という劣情。
そして――「俺のもとを去っていったらどうしよう」という怯えや怖れ。
妻は今は俺を立て、大事にしてくれている。
しかし、妻に関心を示す男は多分大勢いる。
妻がそういう男たちに、一生無関心でいる保証はどこにもないのだ。
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