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第46話 妻の隠し事【夫】
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俺たちの寝室には、主に妻が使う机とデスクトップパソコンがある。
俺も仕事用にノートパソコンを持っているが、ちょっとした調べものは、妻のPCを借りることもある。
机は古くて大きな木製のもので、父方のお祖父さんが若い頃から使っていたので、大分年季が入っているようだ。
妻はそれを父親から譲られて、学生時代から勉強に使っていたらしい。
正確に言うと、その机が置かれていた部屋を、今の俺たちの寝室にしたのだ。
今は引き出しをうまく使い分け、書類や大切なものをそこに格納していた。
俺には関係のない私物も多少はあったようだが、きちんと整理整頓してあるので、例えば「印鑑証明どこだったけ?」などと聞けば、「2段目の引き出し。半透明でピンクのファスナーがついたケースに入ってるよ」と口頭の説明でもすぐ分かるようになっている。
俺は風呂上がりには晩酌を兼ねた晩飯を摂ることが多いので、妻は入浴中に大体セッティングをしてくれるのだが、妻もダイニングテーブルについて、お茶やビールを飲んでいることが多い。
流産――というか、死産のショックがあった後、妻とよく話をするようになった。
以前はテレビを見ながら食事することも多かったのだが、テレビを消して「今日は何か面白いことあった?」みたいなことを聞いたり聞かれたり。
「登校班の場所に行く途中で、金目銀目《オッドアイ》の猫を見た」
「この間、会社の試食会で食べた、クリームチーズの冷凍クレープはオススメ」
「職場でお土産にもらったお菓子がおいしかった」
「バスの中で面白い広告を見たが、実は何の広告かは分からなかった」
本当に些細なことだが、少しは気が紛れるのではないかと思う。
もちろん娘の話も多い。何だかんだ言って一番の共通の話題なのだ。
◇◇◇
ある日、食卓のセッティングはできていたが、妻がいなかった。
トイレ――にはいない。
外に出かける――なら、ひとこと言って出るだろう。
寝室だろうか?
心配というほどではないが、少し気になってドアを開けると、妻は机の前に腰かけていた。
「あ、なた」
振り返った妻は、少し焦っているように見えた。
「おっ、ここだったか。今日はもう寝るのか?」
「あ、ああ。今行くわ」
「うん…?」
妻が返事をしながら、慌てた様子で何かを引き出しにしまうのを、俺は見逃さなかった。
「慌てて仕舞った」とも「何かを隠した」とも表現できる、そんな様子だ。
◇◇◇
妻は大抵、俺の帰宅前に娘と一緒に風呂に入るのだが、ある日、娘が風邪気味だとかで、「今日は寝る前に入るね」と言った。
体がだんだん落ち着いてきたので、夜の営みも戻りつつある。
風呂上がりの彼女を抱くのが楽しみで、少しにやけてしまった。
俺も酒を早目に切り上げて「備えよう」と思った。
妻の入浴中、先にベッドに入っていようと思ったが、想定よりも風呂が長い。
というより、待っているからそう感じるのかもしれない。
ちょっと検索でもしようかとPCを立ち上げ――ようとしたが、数日前の妻の不審な行動を思い出し、一番上の引き出しを開けた。
積極的に探ろうと思ったわけではない。単に気になっただけだ。
小物が入った缶ケースが幾つか見えるだけだったが、その下に敷くように何か紙がある。
それは手紙だった。
彼女宛のものを読むのはよろしくないと分かっていたものの、つい開いて読んでしまった。
差出人は女性だったが、見覚えのない名前である。
当然、彼女との関係性もよく分からないまま読んでいくが、この一文はさすがに読み飛ばせなかった。
「忘れられない女というのは、きっとあなたのことだったのですね」
『同封の手紙』というのはこの無記名の封筒だろうと思い、それも開いてみたが、こちらにはさらに度肝を抜かれた。
「君と避妊具なしで“した”時期を考えると、あの子はひょっとして俺の子なのか?」
(娘を迎えにきた男って――こいつだったのか?)
あの日、学童クラブのスタッフが言った「親戚なのでお顔が似ている」という言葉がよみがえり、一直線につながってしまった。
(娘は――俺の子じゃないということか?)
入浴を終えた妻の足音が迫ってくる。
俺は慌てて手紙を戻し、ベッドに入った。
「お待たせ。ちょっと待っててね」
妻は机の前で化粧水を顔にたたき始めた。
俺は妻に背を向けていたが、音で何となく分かる。
風呂上がりの妻がまとう香りが鼻腔をくすぐる。
「んふっ」
妻が、下着をつけていない柔らかな乳房を押し付けるように、俺に抱き着いてきた。
いつもなら、それだけで反応してしまうのだが…。
「ごめん――今日はちょっと…その…疲れてて…」
「え――あ、そうなの?」
俺は「お休み」も言わず、そのまま意識的に寝息を立てたが、本当に眠れるかどうかは分からない。
俺も仕事用にノートパソコンを持っているが、ちょっとした調べものは、妻のPCを借りることもある。
机は古くて大きな木製のもので、父方のお祖父さんが若い頃から使っていたので、大分年季が入っているようだ。
妻はそれを父親から譲られて、学生時代から勉強に使っていたらしい。
正確に言うと、その机が置かれていた部屋を、今の俺たちの寝室にしたのだ。
今は引き出しをうまく使い分け、書類や大切なものをそこに格納していた。
俺には関係のない私物も多少はあったようだが、きちんと整理整頓してあるので、例えば「印鑑証明どこだったけ?」などと聞けば、「2段目の引き出し。半透明でピンクのファスナーがついたケースに入ってるよ」と口頭の説明でもすぐ分かるようになっている。
俺は風呂上がりには晩酌を兼ねた晩飯を摂ることが多いので、妻は入浴中に大体セッティングをしてくれるのだが、妻もダイニングテーブルについて、お茶やビールを飲んでいることが多い。
流産――というか、死産のショックがあった後、妻とよく話をするようになった。
以前はテレビを見ながら食事することも多かったのだが、テレビを消して「今日は何か面白いことあった?」みたいなことを聞いたり聞かれたり。
「登校班の場所に行く途中で、金目銀目《オッドアイ》の猫を見た」
「この間、会社の試食会で食べた、クリームチーズの冷凍クレープはオススメ」
「職場でお土産にもらったお菓子がおいしかった」
「バスの中で面白い広告を見たが、実は何の広告かは分からなかった」
本当に些細なことだが、少しは気が紛れるのではないかと思う。
もちろん娘の話も多い。何だかんだ言って一番の共通の話題なのだ。
◇◇◇
ある日、食卓のセッティングはできていたが、妻がいなかった。
トイレ――にはいない。
外に出かける――なら、ひとこと言って出るだろう。
寝室だろうか?
心配というほどではないが、少し気になってドアを開けると、妻は机の前に腰かけていた。
「あ、なた」
振り返った妻は、少し焦っているように見えた。
「おっ、ここだったか。今日はもう寝るのか?」
「あ、ああ。今行くわ」
「うん…?」
妻が返事をしながら、慌てた様子で何かを引き出しにしまうのを、俺は見逃さなかった。
「慌てて仕舞った」とも「何かを隠した」とも表現できる、そんな様子だ。
◇◇◇
妻は大抵、俺の帰宅前に娘と一緒に風呂に入るのだが、ある日、娘が風邪気味だとかで、「今日は寝る前に入るね」と言った。
体がだんだん落ち着いてきたので、夜の営みも戻りつつある。
風呂上がりの彼女を抱くのが楽しみで、少しにやけてしまった。
俺も酒を早目に切り上げて「備えよう」と思った。
妻の入浴中、先にベッドに入っていようと思ったが、想定よりも風呂が長い。
というより、待っているからそう感じるのかもしれない。
ちょっと検索でもしようかとPCを立ち上げ――ようとしたが、数日前の妻の不審な行動を思い出し、一番上の引き出しを開けた。
積極的に探ろうと思ったわけではない。単に気になっただけだ。
小物が入った缶ケースが幾つか見えるだけだったが、その下に敷くように何か紙がある。
それは手紙だった。
彼女宛のものを読むのはよろしくないと分かっていたものの、つい開いて読んでしまった。
差出人は女性だったが、見覚えのない名前である。
当然、彼女との関係性もよく分からないまま読んでいくが、この一文はさすがに読み飛ばせなかった。
「忘れられない女というのは、きっとあなたのことだったのですね」
『同封の手紙』というのはこの無記名の封筒だろうと思い、それも開いてみたが、こちらにはさらに度肝を抜かれた。
「君と避妊具なしで“した”時期を考えると、あの子はひょっとして俺の子なのか?」
(娘を迎えにきた男って――こいつだったのか?)
あの日、学童クラブのスタッフが言った「親戚なのでお顔が似ている」という言葉がよみがえり、一直線につながってしまった。
(娘は――俺の子じゃないということか?)
入浴を終えた妻の足音が迫ってくる。
俺は慌てて手紙を戻し、ベッドに入った。
「お待たせ。ちょっと待っててね」
妻は机の前で化粧水を顔にたたき始めた。
俺は妻に背を向けていたが、音で何となく分かる。
風呂上がりの妻がまとう香りが鼻腔をくすぐる。
「んふっ」
妻が、下着をつけていない柔らかな乳房を押し付けるように、俺に抱き着いてきた。
いつもなら、それだけで反応してしまうのだが…。
「ごめん――今日はちょっと…その…疲れてて…」
「え――あ、そうなの?」
俺は「お休み」も言わず、そのまま意識的に寝息を立てたが、本当に眠れるかどうかは分からない。
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