小手先の作業

あおみなみ

文字の大きさ
54 / 56

krtek 運命の分かれ道

しおりを挟む
 今から10年以上前に実際にあったことです。

 正直に言うと、具体的に何年だったかも思い出せます。「2010年」のことでした。震災の前年だったので、嫌でも覚えています。

 当時、駅前の8階建て商業施設の4階に、こぎれいな小間物屋さんがありました。
 当時小4だった娘と一緒でしたが、キレイでカワイイものに目がなかったので、「ココも見てみようよ!」と、私の手を引っ張りながら、勝手に足を踏み入れました。

 小さな小さなテナントで、おしゃれで少しお高めの文房具、ポーチ、バッグ類を主に扱っていました。

 そんなステキアイテムが並ぶ中、「あの子」がいたのです。
 黒いボディ、赤い鼻に、愛嬌たっぷりのどんぐりまなこで、いっちょ前にサロペットを着用しています。
 チェコの国民的キャラクター「もぐらのクルテク」のぬいぐるみでした。

 そもそもkrtekクルテクがチェコ語で「もぐら」の意味だそうで、屋上屋を架すネーミングになっているので、以下「クルテク」とだけ表記します。

 クルテクは、こぎれいな小間物屋さんの商品展列棚に、一つだけふんわりと座られていて、作業ズボン姿なのに、何だかおすまししているように見えました。
 タグには「Made in the Czech Republic」と入っていて、お値段3,000円。そう大きなものではありませんが、多分「こういう店で売っているこの手のもの」と考えると、まあまあ妥当な額なのでしょう。

 ここまでもったいつけて書いておいて何ですが、そこまで好きというわけではないので、買いはしませんでした。

◇◇◇

 それから何日――あるいは何週間か後、とあるリサイクルショップに行きました。
 入口を入ってすぐのところにワゴンが置かれ、ぬいぐるみが無造作に並べられていました。
「1個100円」と手書きされた上から「2個100円」と修正されていたので、もってけドロボー状態で投げ売りしていたようです。

 マスコットに毛が生えた程度のサイズ感で、企業ノベルティ風のもの、UFOキャッチャーの景品プライズらしきものなど、こう言っては何ですが、かわいらしさという点では微妙なものが多かったのですが、自分のお気に入りがいれば、かなりのお買い得です。何となく物色することにしました。

「あれ、これって…」
「だよね、やっぱそうだよね!」

 私は同行の娘と顔を見合わせました。

 少し前に、あの小間物屋さんにおすまし顔で座っていたもぐらくんが、その投げ売りワゴンの中にいました。ほんの少し使用感というか劣化感はあったものの、あのとき見たのと同じ服を着て、同じタグがついていました。

 にあったということは、これもまた2個100円ということなのでしょう、か。
 そのときも買わずに店を出ましたが、そのさらに少し後に訪店すると、ワゴンはもうありませんでした。

◇◇◇

 多分、どちらも同じように、チェコの工場でつくられたぬいぐみだったのでしょう。
 小間物屋さんの方は、バイヤーさんが仕入れてあそこにいたのだと思います。
 では、リサイクルショップの方はどうだったのか?

 例えば、東欧を旅行した親戚か誰かから、好みに合わないぬいぐるみをもらったひとがいて、捨てるのもあれだしという感じで、不用品買取に出した…とか。
 たまたま行ったバザーやフリマで安かったのでノリで買ったけれど、「何でこれ買ったんだっけ?」と思ってしまう程度の愛着しか持てず(以下略)、とか。

 いずれにしても、想像がつかないほど複雑な話ではない気がしますが、何らかの経済活動の中で移動があり、あそこにいるはずです。

 おしゃれな小間物屋さんで3,000円で売られていたものは、もし誰かに買われたとしたら、きっと大切にしてもらえるでしょう。ボロボロになっても汚れても、洗濯や繕いでリカバリしてもらえそうです。
 しかし、ワゴンで投げ売りの方は、そのビジョンが見えません。

 ひょんなことから生き別れになった兄弟(って、実際何体なんびきいるかわかりませんが)が、それぞれ全く違う人生を歩んでいるのを目の当たりにした気分です。

 ◇◇◇

 ごみステーションでぬいぐるみが45リットル袋にガサガサと入れられ、ぽんっと捨てられているのをたまに見かけます。
 この光景はどこか残酷なので、見るのが辛い――という人のためかどうかはともかく、もっと「人道的」な処理方法もあるようです。

「ぬいぐみ お焚き上げ」「人形供養」などで検索すると、なかなか興味深い情報が次々出てきます(ゲス笑い)。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...